表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君がそばにいるのは偶然じゃない。だから俺は目を逸らした  作者: 東雲 明


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/3

第1話 孤独な日々に差し込んだ光

あさ孤児院こじいんは、いつもすこしだけ湿しめっぽい空気くうきただよっている。

ふる木造もくぞう建物たてもので、廊下ろうか床板ゆかいたあるくたびにちいさくきしおとがする。

まどから朝日あさひほこりかびがらせて、まるで時間じかんまったようなしずけさを演出えんしゅつする。

でも、そんなしずけさを一瞬いっしゅんでぶちこわ存在そんざいが、毎日決まった時間じかんあらわれる。


隼斗はやとおにぃ——! おはよぉ〜っ!」


玄関げんかんいきおいよくスライドして、あさひかり一緒いっしょ小学しょうがく六年生ろくねんせい新川あらかわ美奈みなんできた。

まだ制服せいふくのネクタイはがったまま、リボンのむす左右非対称さゆうひたいしょうで、かみ寝癖ねぐせでぴょこぴょこねている。

しろいブラウスにこんのセーラーふくスカート。膝上丈ひざうえだてすそすこれて、あさつめたい空気くうきれた太ももがほんのりあかくなっているのがえた。

それでもその笑顔えがおは、まるでなつ陽射ひざしみたいにまぶしくて、おれおもわずほそめた。


「……おはよう、美奈みな。 またそんないきおいでひらけたら、いつかこわれるぞ」


おれこえはいつもよりすこひくくなる。

自分じぶんでもづいている。美奈みなまえだと、無意識むいしき抑揚よくようえて、冷静れいせいよそおってしまう。


「えー、だって隼斗はやとおにぃがきてるかたしかめたかったんだもん!

まだ布団ふとんにくるまってたら、こしにっちゃうところだったよ?」


美奈みなはそうって、おれうでにぴたっとくっついてくる。

あまいシャンプーのにおい——フローラル系のやわらかいかおり——と、ほんのりあたたかい体温たいおん直撃ちょくげきした。

12さいにもなってこんな距離感きょりかん普通ふつうじゃないってわかってる。

まわりのになるし、なによりおれ心臓しんぞうたない。

なのに、どうしてもはなせない。


「ほら、はなれな。朝食ちょうしょくめるぞ」


「やだ。今日きょう隼斗はやとおにぃと一緒いっしょ登校とうこうするんだから、ずっとくっついててもいいよね?」


「……おまえ昨日きのう一昨日おとといおなじことってただろ」


「だって、隼斗はやとおにぃのとなり一番いちばんくんだもん」


その一言ひとことが、おれむねをずきりとした。

可愛かわいいとかじゃなくて、ずるい。

無自覚むじかくに、こんな言葉ことばをさらっとえる美奈みなが、時々こわくなる。

まるでおれこころ隙間すきまを、ぴったりとめにてるみたいで。


おれは4年前ねんまえ、12さいときにこの孤児院こじいんた。

両親りょうしん交通事故こうつうじこくなって、天涯孤独てんがいこどく

それまで家族かぞくというものがたりまえだったおれにとって、孤児院こじいん生活せいかつ味気あじけなくて、毎日まいにち灰色はいいろだった。

友達ともだちはできるけど、ふかいはけていた。

だれかとふかつながるのが、こわかったから。


そんなおれまえに、突然とつぜんあらわれたのが美奈みなだった。

当時とうじ8さいくらいのちいさなおんな

夜中よなかもんまえうずくまっていていて、職員しょくいんさんが保護ほごした。

最初さいしょおびえていて、だれにもなつかなかった。

でも、おれがたまたまちかくにすわってだまってほんんでいたら、

「……おにぃちゃん、こわくない?」


と、ふるえるこえはなしかけてきた。

それがはじまりだった。

つぎの日から、美奈みなおれうしろを子犬こいぬみたいについてまわるようになった。

隼斗はやとおにぃ」とはじめて、おれそでつかんではなさない。

おれ最初さいしょ面倒めんどうくさかった。

でも、美奈みな笑顔えがおるたび、むね灰色はいいろすこしずつうすれていくのを感じた。

づいたら、おれ日常にちじょう美奈みなかせなくなっていた。


いまでは美奈みな孤児院こじいんのアイドルだ。

みんなに可愛かわいがられて、職員しょくいんさんたちにも「美奈みなちゃんは天使てんし」とまでわれる。

でも、おれだけはっている。

美奈みなが「新川あらかわ」というあたらしいせい名乗なのるようになった理由りゆうを、だれらないということ。

4年前ねんまえ保護ほごされたときは「冬美ふゆみ」という名前なまえだった。

ある日突然とつぜん、「新川あらかわ美奈みなでいい?」として、職員しょくいんさんたちも戸惑とまどいながられた。

理由りゆうだれけなかった。

美奈みな時折ときおりせる、とおくをるようなさびしげなひとみも、だれれない。

おれだけが、そっと見守みまもっている。


隼斗はやとおにぃ? ぼーっとしてる」


美奈みなおれほお両手りょうてはさんで、かおのぞんでくる。

至近距離しきんきょり

ながいまつ毛がぱちぱちうごいて、ひとみがキラキラしてる。

いきまりそうになった。


「……なんでもない。

ほら、ネクタイなおしてやるから、じっとしてろ」


おれあわてて美奈みなのネクタイにばした。

でも、美奈みなは逆におれ胸元むねもとゆびばしてくる。


隼斗はやとおにぃのネクタイ、がってるよ。

わたしなおしたほう可愛かわいくなるもん」


ほそゆび器用きようにネクタイをむすなおしていく。

真剣しんけんかおおれ胸元むねもとつめる美奈みな

おれ視線しせんらした。

心臓しんぞうおとがうるさい。


「できた! ほら、完璧かんぺき!」


美奈みな満足まんぞくそうに一歩いっぽがって、ぱちぱちとたたく。

その仕草しぐさ子犬こいぬみたいで、おれ理性りせいがまたすこけずられる。


「……ありがと」


「えへへ、どういたしまして〜。

おれい今日きょうはお弁当べんとう一緒いっしょべよ?」


「いつも一緒いっしょべてるだろ」


「じゃあ今日きょう隼斗はやとおにぃのひざうえすわってべてもいい?」


却下きゃっか


「えー! なんでー!」


高校生こうこうせいがそんなことしたら、まわりがへんるからだよ……」


隼斗はやとおにぃはわたしのこと、へんてくれるの?」


「……てねぇよ!」


かおあつくなった。

美奈みなはきょとんとしたかおくびかたむげて、


「ふーん。じゃあ今日きょう普通ふつうとなりべるね。

でもおかず交換こうかん必須ひっすだよ!

隼斗はやとおにぃの卵焼たまごやき、今日きょうたのしみ〜」


と、勝手かって決定事項けっていじこうげていく。

おれはもう抵抗ていこうする気力きりょくすらうしなっていた。


登校とうこうちゅうもずっとうでからめてくる。

通学路つうがくろ桜並木さくらなみきで、いまはまだつぼみかたい。

はるかぜつめたくて、美奈みなかみおれほおをくすぐる。

信号待しんごうまちでまるたびに、


隼斗はやとおにぃの、あったかいね」


とか


今日きょう隼斗はやとおにぃのにおい、いつもよりちょっとき」


とか、さらっと地雷じらいんでくる。

おれ毎回まいかい「うるさい」「だまれ」「はなれろ」のどれかをかえすのが精一杯せいいっぱいだ。

でも、こころのどこかで、この時間じかんがずっとつづけばいいとおもっている自分じぶんがいる。


俺は高等部こうとうぶいて教室きょうしつはいると、いつもの喧騒けんそう

おれせき窓際まどぎわうしろから2番目ばんめ

美奈みな初等部しょとうぶのクラスだけど、やす時間じかんになるとかならおれ教室きょうしつかおを出す。

今日きょうも、チャイムがまえにやってきた。


「ねぇ隼斗はやとおにぃ、数学すうがく宿題しゅくだいせて〜」


美奈みなおれつくえ頬杖ほおづえをついて、あまえたこえってくる。

おれ解答かいとうのぞみながら、


「わぁ、きれい……さすが隼斗はやとおにぃ」


とかって、

無意識むいしきおれかたあたまあずけてくる。

クラスメイトの視線しせんいたい。

でも美奈みな本人ほんにんまったづいていないらしい。

天然てんねんすぎる。


昼休ひるやすみ。

約束やくそくどおり、屋上おくじょう二人ふたりでお弁当べんとう

屋上おくじょうかぜつよくて、制服せいふくのスカートがはためく。

美奈みなおれとなりにぴったりくっついてすわり、

唐揚からあげを「あーん」してくる。


「はい、隼斗はやとおにぃのぶん


「……自分じぶんえる」


「だーめ。今日きょうわたしべさせてあげる!」


仕方しかたなくくちひらけたら、

美奈みなきゅう真顔まじかおになって、


隼斗はやとおにぃって、こういうのきらい?」


いてきた。

きゅう不安ふあんそうなひとみつめられて、おれあわててくびる。


きらいじゃない……けど、ずかしい」


「……そっか。じゃあ、つぎからは隼斗はやとおにぃがわたしに『あーん』して?」


「それもずかしいだろ!」


美奈みなはくすくすわらって、

隼斗はやとおにぃのそういうかおきだよ」


と、また無自覚むじかく一撃いちげき

おれそら見上みあげて、ふかいため息をついた。

あおそらしろくもながれていく。

このまわされるのは、もう4年目ねんめだ。

そろそろれてもいいはずなのに、

毎日まいにち心臓しんぞうたない。

でも、このドキドキが、おれ日常にちじょういろづけているのも事実じじつだ。


放課後ほうかご

掃除当番そうじとうばんえて、校門こうもんる。

美奈みなはもうっていて、おれにぎってくる。

夕陽ゆうひ校舎こうしゃかげながばし、オレンジしょくひかり美奈みな横顔よこがおらす。

すこしだけ大人おとなびた表情ひょうじょうえて、むねけられる。


かえみち、いつもの桜並木さくらなみき

美奈みなきゅうまった。


「ねぇ、隼斗はやとおにぃ」


「ん?」


わたし、ずっと隼斗はやとおにぃのそばにいていい?」


唐突とうとつ質問しつもんに、おれ一瞬いっしゅん言葉ことばうしなう。

美奈みなすこしだけうつむいて、指先ゆびさきでスカートのすそにぎっていた。

かぜいて、かみれる。


「……たりまえだろ。

まえがいなくなったら、おれこまるし」


本音ほんねだった。

美奈みながいなくなったら、この灰色はいいろ世界せかいがまたもどってくる。

おれはもう、あの味気あじけない毎日まいにちもどりたくない。


美奈みなかおがぱっとあかくなった。

つぎ瞬間しゅんかんおれこしにぎゅっときついてくる。


「やったぁ! 約束やくそくだよ! ずっと一緒いっしょ!」


「……おもいって」


「いいじゃん、ちょっとくらい」


そうってはなれない。

夕陽ゆうひおれたちをながばして、

ふたつのかげかさなりって、ひとつになる。

なんだかすごく、しあわせな時間じかんだった。


でも、こころ奥底おくそこで、おれっている。

このしあわせが、いつまでもつづくわけじゃないってことを。

美奈みなかくしている何か——

夜中よなかにすすり理由りゆう左手ひだりてちいさな傷跡きずあと

そして「新川あらかわ」というせいえた本当ほんとう意味いみ

まだ、おれなにけていない。


それでもいまは、このあたたもりを、

この笑顔えがおを、この「隼斗はやとおにぃ」というごえを、 ただただ大切たいせつにしたいとおもった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
なるほど、読みたくなるツボを突いて来ますなぁ。 これは期待します。 …何故「時々」に(ときどき)が付いたのだろう?
2026/03/21 17:11 アノマロカリス
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ