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「月が綺麗ですね」は告白では使えない。

作者: 前田奈穗
掲載日:2026/03/22

お読みくださりありがとうございます。

前田奈穗と申します。

お楽しみいただけますと幸いです。

「あっ、今日満月ですかね」


 彼女のその言葉に、男は自然と、ある言葉を思い浮かべてしまった。


 ──“月が綺麗ですね”


 この瞬間、ずっと考えないようにしていた感情を、自覚するしかなくなった。


 とうとう認めてしまった。


 自覚したところで、どこまでも純粋無垢な彼女相手に、何が変わるということもないのだが。


 彼女の横顔が、ただ真っ直ぐに夜空を見上げている。頭上にくっきりと輝く丸い月。


 ──死んでもいい。


 返事にその言葉を選ぶ人間の気持ちが、なんとなくわかってしまう気がして。


 静かに苦笑した。


 素直な彼女には、婉曲的すぎて似合わないそのやりとりを、月など興味もない自分が思い描いている。


 気がつけば、戻れないところまで来ていた。



 ──────────


「あっ、今日満月ですかね」


 頭上のまんまるな月を見て、女はぽんと口に出した。


 満月のときは、なんだか月がいつもより明るく見える。


 ──眩しいなあ。


 それからふと、ある言葉を思い出した。


 ──“月が綺麗ですね”


 初めて知った時には、大人な伝え方だな、なんてどこか他人事のように思ったけれど。


 今はなんだか、その気持ちがわかる気がする。


 好きな人と見る月は、一段と綺麗だった。


 斜め上、彼を見上げると、その横顔は同じように月を見上げている。


 彼はこの月を見て、何を考えているんだろう。


 ──月が綺麗ですね。


 もしも今そう言ったら、どんな顔をするだろう。


 その端正な横顔からは想像もつかなくて、だから少しだけ、言ってみたい気もするけれど。


 でもせっかくこの気持ちを伝えるなら、もっと真っ直ぐに伝えたいと思う。



 ──好きです。



 必ず言うから、待っていてください。


 夜空を見上げる彼の横顔に、女はそっと願った。



 ──────────


 一年後。


「起きていたのか」


「えへへ、もうちょっとお話したいなあと思って」


 男がシャワーから戻ると、彼女はまだ起きていて、おかえりなさい、と笑った。


 気怠そうな雰囲気を纏いつつも、やはりあどけないその姿。


 まだ見慣れなくて、隣に潜り込むのは勇気が要った。


 緊張を隠すように横になれば、彼女は無邪気に擦り寄ってくる。その頭を撫でれば、彼女は「頭撫でてもらうのすきです」なんて嬉しそうに言う。


 こんな風に過ごす夜はまだ数回目のはずなのに、自分よりずっとこの状況に適応している。


 ひたすら素直にそんな事ができてしまう彼女は、男にはいっそ恐ろしくもあった。


「あっ、今日満月ですかね」


 ふと、彼女が振り返って窓の外を見た。そこにはくっきりと輝く丸い月。


「ああ」


「あっ、そういえば」


 思い出したように、彼女が振り返る。


 自然と上目遣いになった透明な瞳と、目があった。



 “月が綺麗ですね”



 囁くような声が、男の耳を撫でていった。


 彼女は悪戯っぽくまた笑う。


 月明かりの下、いつもより緩慢な彼女の仕草は全て、どこか妖艶で。


「……本当は、前にも一回言ってみたくなったことがあるんです」


 でも、告白する前だったから、やめました。



 秘密を打ち明けるようなその口ぶりは、それでもやっぱりあどけなく、男はその緩急を、ただ見ていることしかできない。


「言ってみるとやっぱり、ちょっと恥ずかしいですね」


 彼女は結局、照れて俯いた。


「それに、好きですって言うほうが、やっぱり伝わる気がします」


 ……だから、あの。


 次に顔をあげた時にはもう、彼女はすっかり無邪気な顔で笑っていた。



「好きです」



 ──死んでもいい。


 今度こそ、男はそう思った。


 ──────────


 三年後。


 男がシャワーを浴びてから寝室に戻ると、彼女は今でも起きて待っている。


 先に寝ていろと言っているのに。


「おかえりなさい」


 いじらしく笑う彼女の隣に、すっと潜り込んだ。華奢な身体を抱き寄せると、彼女は嬉しそうに腕を回して男に擦り寄る。


「あったかい」


「……君も」


 嬉しそうに腕の中で揺れている彼女がかわいくて、しばらくそうしていると、ふと、彼女は振り返って窓の外を見た。


「あっ、今日満月ですかね」


 その言葉につられて、男も窓の外に目をやった。


 くっきりと輝く丸い月。


「やっぱりまるくて大きいからかなあ。満月って、他の月より眩しくないですか?」


 頭一つ下から、愛しい伸びやかな声がする。



「愛してる」



 途端、彼女がぱっと振り返った。


 きらきらと輝くうっすら潤んだ目。驚きと高揚で暗がりでも染まっているとわかる頬。


 そんなに見られるとやりづらい。


 男はもう一度、彼女を腕の中に閉じ込めた。


 柔らかい腕が、ぎゅうと応えるように抱きしめ返す。


「私もあいしてます」


 男は、吐息だけで笑った。


 ふと窓の外を見れば、夜空に浮かぶ月が綺麗だった。





お読みくださりありがとうございました。

評価、ご感想などいただけますと大変嬉しいです。


※作者は現在、長編も連載しています(2026/03/20ごろ完結)


『失恋を買わせてほしい。六百万で ――春な忘れそ――』

余命宣告を受けた少年と虐待される少女の物語。


https://ncode.syosetu.com/n9616lw/

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