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呪い合っていこうぜ

作者: 中川 篤






 では、私の話をしましょー。


 2025年の夏でした。私が宿をとっていたホテルはどうも外国人でいっぱいで、この時期が一年のうちで一番、国外からの客で混むんだということが一目で分かったものです。

 労働、いやですねー。はたらきたくないですねえ。

 しかし私も私で、じつは今日の講義を終えたら、もうどこへ身を落ち着けていいのかわからない状況だったので、あまり人のことは言えません。世間では院を出た学生が就職難民になったり、悲惨な境遇に陥るニュースに事欠かないので私も正直怖いところです。

 ホンマ、いややわー。

 すなわち私にとって重要なのは、当面のところ、食うもん! 住居! 衣服! だったので、あとはそれと頭の中の考えをちょっと片づけることが出来たら、もう申し分ない状況だったと言えるのです。

 ちなみに私の専門は動物行動学で、より詳しく言えば、カモメです。

 というわけで今回このホテルにお呼ばれして、軽く話をしてきたんだけど、そもそもカモメって冬の鳥。渡り鳥なんですよ、みなさん。だから夏に見かけるのはカモメではなくウミネコです。ミャアミャア鳴くのはウミネコだは、ブチャラティです、はい、覚えましたね?

 とこんな話をしているうちに、おや、向かいの銀行員風の男が荷物を置いてどこかへ行くじゃない。危ないなあ。犯罪をするほど貧窮はしてないけど、そそのかされてるような気分にはなった。ひったくり……金がなくなったらなくなった時に考えようか。金で煩うなんて……。

 労働って、したくないものですねえ。



 と、そのときです! こちらを黙ってみていた画学生風の女の子と目がかちりと遭いました。

 ひらちゃんです。

 おそらく昔の私でしたら、少しばかり自意識高めにできていたので、はは~ん……みたいな謎のムーブをさっそく発動させたことでしょうが、いまは腐っても研究職。私はこの路傍の石の裏側をひっくり返して眺めてみたい衝動にかられました。

 向こうも何か思うところがあったのか、私のこの子の間に一瞬の間、ちょっとして協調・同族意識の芽生えのようなものが生まれたのを感じます。

 彼女は顔立ちがよくって、身振りが幾分奇矯でした。丘の下の海の波で濡れたのかTシャツはずぶ濡れ、泥んこ、こんなホテルのロビーには似つかわしくないカッコをしているのですが、それでも堂々としていました。私はそこに野性味をちょっと感じ、ああいいな、と思います。野性味のある子が私は好きなのです。

 女の子はさっきからこちらをずっと見ていました。私の職業に興味があるのかもしれませんし、すかんぴんの私を助けてくれる天使かもしれませんでした。それから電話から戻ってきた銀行員風の男性が奥さんらしきアーティストっぽい女性を引き連れて戻ってきました。


 私が、動物を研究して、生計を立てられると思っていなかった頃の話です。



     ――――――――



 ところでひらちゃんとは誰なのでしょう。話は少し前にさかのぼります。

私は三浦海岸沿いをその日、朝早く、陽に当たりに来ていました。ホテルの中にずっといたので、太陽の光に飢えていたのです。

 燦燦と輝く空。

 謎のオブジェ。

 美術家が市と提携して何か企画を催しているようでした。そのことを私はホテルの中で聴いたラジオ日本で知ったのです。

 ひらちゃんはまさしく前述の画学生でした。手が絵具で汚れていたし、顔も浜辺で見た時と同じでしたから。浜辺に画架を立てかけて一枚千円で似顔絵を描いているところだったのです。

 よくこんな暑いのにと私はつい感心してしまいます。

 


 さあここからが本題です。ひらちゃんを観察していると、男女のペアが彼女の元に近づいてきました。このカップルを一言で表現するなら「呪い合っていこうぜ」です。なぜ一緒になっているのか不思議なくらいです。

 女の子の方が実体のない眼で彼を見て、絵をかいてもらうか判断を彼に委ねます。男の方は女の子が何も決められない――優柔不断とも違う――性分なことにきっと不満なのでしょう。それでも強く言ってしまうと――というか、強く言って怒るような相手でないことが悩みなのだと思われます

 「どうする?」

 みたいな判断を彼女に促すような発言を男がしました。女の子は、

 「え、どうしましょうか?」

 と、ぼそぼそッとした声で返します。いちおう丁寧ではありますねえ。

 「やめとく?」

 「はい……」

 私は、日本の将来も暗いな、これでは介護だなと思ったのです。海には若者の影は少なく、なぜなら心ある若者は皆、鎌倉の方に向かっていたからです。その時、私は見ました。男の方がひらちゃんのほうをかわいいなー彼女になってくれないかなーと愁派を送ろうとして、自分がどうしようもない落とし穴にはまって、抜け出せなくなっていることを。


 男はさみしそうに女の子の方から目をそらして、離れたところにいるカップルを見ました。

 いかにも健康そうで、幸せいっぱい。

 自分がこれから手にする可能性がなくなったものばかりです。私はちょっとばかし疑問を持ったので、それから一人になった男を捕まえて、色々聞きだしました。


 「あんたに何が分かるんだ!」

 突っつきまくると、男は憤慨して言いました。

 「僕だって何とかしたいとは思ってるよ。でも、病気になるようなことばかり選んでするんだ! なんだだよ! いったいぜんたいどうすりゃいいんだよ!」


 どうやら思ったより男の方に覚悟が足りないようですね。私からは以上です。観察終わり。アデュー。


2025・6・11


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