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第3話 ローブの導きと新たな日々

 白いローブの人と手をつないで歩き出すとなんだか足取りが軽くなった気がした。


 彼はゆっくりと、でも迷うことなく森の奥へと進んでいく。

 私よりずっと背が高いから、彼のローブの裾がひらひらと揺れるのがなんだか面白い。


「なあ、お主、名前は何というんじゃ?」


 不意に白いローブの人が尋ねてきた。

 優しいお爺ちゃんみたいな声だ。


「えっと、ロザリア・ベルンシュタインです!ベルンシュタイン公爵家の!」


 私は元気いっぱいに答えた。


 公爵家の一員だって言ったらきっと驚く人もいるんだろうけど、このお爺ちゃんはどうだろう?


「ほう、ベルンシュタイン公爵家じゃと?あの名門の……。ふむ、なるほどな」


 お爺ちゃんは少しだけ考え込むような声を上げた。


 やっぱりちょっと驚いたみたい。

 でも嫌そうな顔はしてなかった。


 私は普段屋敷でどういう生活を送っているのかを話した。


 朝はみんなが食べた残り物をもらって、お姉様のお下がりのボロボロの服を着て、暖炉のそばも人がいっぱいだから、いつも薄暗い隅っこで過ごしていること。使用人の人たちも私が邪魔にならないようにっていつも気にかけてくれるから、みんな優しいんだって。


 私の話を聞いたリヒターお爺ちゃんはフードの奥の顔を少しだけ歪ませた。

 それは怒っているような、悲しんでいるような複雑な表情だった。

 何か言いたげに口を開きかけたけれど、結局何も言わずただ私をじっと見つめていた。


「ねぇ、おじいちゃんは一体何者なの?空から降りてきたし、魔物のことも詳しいし…」


 私が尋ねると、お爺ちゃんは立ち止まって私の方に体を向けた。

 フードの奥の顔はまだよく見えないけど、私を見つめる目がなんだかキラキラしているように見えた。


「わしか?わしはただの旅の魔術師じゃよ。この世界の真理を探求しておる、しがない老人じゃな。名は……そうじゃな、リヒターとでも呼ぶといいじゃろう」


 リヒターお爺ちゃんはそう言ってにこやかに笑った。


 しがない老人って言ってたけど、さっきの魔物を消しちゃった私の力のこと、ちゃんとわかってるみたいだし、ちっともしがない感じじゃない。


「リヒターお爺ちゃん!私のこの力、どうすればいいんですか?また急に、変なものが消えたりしちゃったら困っちゃうよ!」


 私は不安になってリヒターお爺ちゃんのローブの袖をぎゅっと掴んだ。


「ふむ、そうじゃな。お主の魔力は、言わば、まだ眠りから覚めたばかりの赤子のようなものじゃ。使い方を知らねば、時に暴れ、時に周囲を無差別に巻き込むこともあろう。じゃが心配ない。まずは安全な場所でゆっくりと休むとしよう」


 リヒターお爺ちゃんは私の頭をポンポンと優しく撫でてくれた。

 その手からはなんだか不思議な温かさが伝わってきた。


「本当ですか!?」


 私は嬉しくなった。

 この人なら私のこの不思議な体質を、ちゃんとしてくれるかもしれない。


「うむ。じゃが、まずはこの森を抜けねばならぬ。お主の魔力の影響で森の魔物たちが妙に活発になっておる。これ以上騒ぎを大きくせぬよう、静かに進むとするかのう」


 リヒターお爺ちゃんはそう言って再び歩き始めた。

 私も彼の隣を小さな足でぴょこぴょことついていく。


 森の中は相変わらず薄暗いし、やっぱり不思議なくらい何の動物の鳴き声も聞こえない。

 でも、リヒターお爺ちゃんが隣にいると、なんだかあんまり怖くない。

 むしろ新しい冒険みたいでちょっぴりドキドキする。


 しばらく歩くと森の空気が少し明るくなってきた。

 もうすぐ森の出口が見えてくるのかもしれない。


「リヒターお爺ちゃん、伯爵家のお使いは、どうなるんですか?」


 私は大事な包みをもう一度ぎゅっと握りしめて尋ねた。


 初めてのお仕事だもん、ちゃんと届けたい。


「ああ、そのことじゃな。お主が公爵家のお嬢様であることは分かった。伯爵家への届け物、わしが代わりに届けてやろう」


 リヒターお爺ちゃんはそう言って優しく微笑んだ。


「えっ、でも、私が届けなきゃいけないんじゃ…?」


 私は少し困った顔になった。


 せっかく任されたのに途中で投げ出すのはなんだか落ち着かない。


「ふむ、そう思うのは当然じゃな。じゃが、ロザリア。お主の体から溢れるこの大きな力は、まだお主自身もどうしたらいいか分からぬものじゃろう?そのままお屋敷へ戻ったとして、またあのようなことが起こったらどうする?グリムウルフやゴブリンが消えたことも、周囲が気づいたら大騒ぎになるじゃろうな。公爵家も、この異変の元がお主だと知ればきっと困惑するじゃろう」


 リヒターお爺ちゃんは少し真剣な顔で言った。


 私が魔物を消しちゃったことが公爵家にとって「困ること」だなんて考えてもなかった。

 でも、確かに私が急に凄い魔法を使えるようになったら、みんなびっくりするかもしれない。


「それにのう、ロザリア」


 リヒターお爺ちゃんは立ち止まって私の目を見つめた。


 フードの奥の瞳は、まるで全てを見透かすように、優しく、そして深い光を宿していた。


「お主は、その公爵家とやらで、本当に幸せじゃったかのう? わしには、お主がまるで花瓶の隅にひっそりと置かれた野花のように見えたが…」


 リヒターお爺ちゃんの言葉は私の心の奥の、今まで気づかなかった場所にそっと触れた。


 幸せかと言われると特に不満はなかったけど、とびきり楽しいことも、嬉しいことも、あんまりなかった。


 リヒターお爺ちゃんみたいに私の話を聞いてくれる人もいなかった。


「わしはお主のその力を、誰も傷つけず、お主自身も危険に晒さぬよう、ちゃんと制御できるようになるまで面倒を見てやろうと思っておる。お主が望むなら、わしが全て教えてやろう」


 リヒターお爺ちゃんの言葉は私の心をぐらぐら揺さぶった。


 伯爵家のお使いは大事だけど、この変な力がまた暴れたら……。


 それに、リヒターお爺ちゃんは私のことを「危ないぞ」って心配してくれている。

 こんなふうにちゃんと向き合って話してくれる人なんて、今までいなかった。


「……じゃあ、私、リヒターお爺ちゃんと一緒にいると、この力がどうなるのか、わかるようになるってことですか?」


 私が尋ねると、リヒターお爺ちゃんは深く頷いた。


「うむ。約束しよう。お主の人生はこれからもっと面白くなるじゃろうて」


 私は少し考えて、そして、嬉しくて思わず顔が綻んだ。。


 お屋敷に戻ればいつもの毎日が待っている。


 それはそれで悪くないけど、なんだかこのリヒターお爺ちゃんと一緒だったら、もっと新しい、楽しいことが始まる気がする。


「はい!お願いします!」


 私はリヒターお爺ちゃんの手をぎゅっと握りしめた。


 ひんやりしてたけど、どこか暖かさを感じる不思議な手だった。


 今日から私の新しい日々が始まるのかもしれない。


 そう思うと、なんだかすごくワクワクしてきた。



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