第2話 森の異変と新たな出会い
「え、えええええええ!?」
私は思わず|間抜けな声を上げてしまった。
目の前にいたはずの大きないぬ(グリムウルフさん)が、本当にまるで魔法みたいに消えちゃったのだ。
足元からはまだゴゴゴゴって地面が震える音がするし、周りの木もバキバキと倒れていく。
なんだか私のお腹の中が、熱いものでいっぱいになっているような、変な感じがする。
手のひらから漏れる優しい光。
キラキラしていて、なんだか温かい。
これが、私がずっと「ない」って言われてた魔力なのかな?でも、魔力ってこんなにすごいものなのかな?グリムウルフを消しちゃうくらい?
「私、魔力なしじゃなかったのかな?」
頭の中がごちゃごちゃになって、何が何だか分からない。
だって、ずっとそう言われてきたんだもの。
でも、この光はなんだか私の一部みたいに感じる。不思議な気持ちだった。
私がぼうっとしていると、倒れた木々の向こうから何かがこちらへ向かってくる気配がした。
さっきの大きないぬ(グリムウルフさん)とは違う、もっと、カサカサと音がするような、たくさんの足音。
私は慌てて近くの大きな木の陰に隠れた。
心臓がドクドクと鳴っている。
また魔物かな?だったら今度はどんな魔物が出てくるんだろう?また、さっきみたいに私が死んじゃうって感じになるのかな?
木の陰からそっと覗くと、倒れた木の向こうからぞろぞろと現れたのは、小さな、けれど無数の緑色の小さい人たち(ゴブリンさんていうらしい)だった。
緑色の肌で、ぎょろりとした目。手にはサビた斧や棍棒を持っている。
みんな、さっき大きないぬ(グリムウルフさん)が消えた場所で何かを探し回っているみたいにきょろきょろしている。
「グルルル…」「ギィ、ギィ!」
緑色の小さい人たち(ゴブリンさん)が何を言っているのか私には分からないけれど、どうやらかなり興奮しているみたいだった。
「どうしよう……」
私はまた体の震えが止まらなくなった。
大きないぬ(グリムウルフさん)は一瞬で消えたけど、こんなにたくさんの緑色の小さい人たち(ゴブリンさん)が相手じゃどうすればいいんだろう。
私の中から出ていると「魔力」ってやつも、どう使えばいいのか全く分からない。
その時、緑色の小さい人たち(ゴブリンさん)の一匹が私の隠れている木の陰に向かってきた。
鋭く尖った鼻をひくひくさせて、私に気づいたようだった。
「ギギギィ!」
緑色の小さい人たち(ゴブリンさん)は棍棒を振り上げ、私のいる方に向かって突進してきた。
私は木陰に隠れたまま目をぎゅっと閉じ、また死を覚悟した。
「私、今日って厄日かなぁ……」
そんな場違いなことを考えた瞬間、体の中からまたあの熱い「何か」がドッと溢れ出した。
今度はもっと強く、もっと激しく!
私の足元から地面が勢いよく盛り上がり、大きな手のようになった土の塊が緑色の小さい人たち(ゴブリンさん)の足を掴んでは地面に引きずり込んでいった。
そしてあっという間にそこにいたはずの緑色の小さい人たち(ゴブリンさん)は、全員地面の下に消えてしまった。
あとには地面が大きく波打ったような跡が残っているだけ。
「え、ええええええええええええええええええええ!?」
今度はさっきよりも大きな声が出てしまった。
これ、本当に私がやったの?こんなこと、できるわけないじゃない!
すると突然、頭上から声が聞こえた。
「これは……まさか、創造魔法……?しかも、これほどの規模とは……」
私は驚いて空を見上げた。
そこには大きな鳥に乗った白いローブの人がいた。
その人は私の方をじっと見つめていて、その目には驚きと、それから、なんだかとても興味深そうな光が宿っていた。
「まさか、このような魔法をこんな場所で見ることになるとはのう……。くくくっ、長生きはするもんじゃ」
白いローブの人はゆっくりと鳥から降りてきた。
背が高くて顔はフードで隠れて見えない。
でも、その声はすごく優しくて、落ち着いているように聞こえた。
白いローブの人が鳥から降り立つと、その大きな鳥は彼の足元で軽く体を震わせた。
まるで役目を終えたかのように、ふわりと宙に舞い上がると、そのまま森の奥へと飛び去っていった。
「大丈夫かい、嬢ちゃん?」
白いローブの人が優しい声で尋ねてきた。
その声には怒っているような様子は全くない。
「だ、大丈夫じゃないです!おじいさんの御者さんに置いてかれちゃったし、変な犬みたいなのと、緑色の小さい人たちが急に消えちゃって……」
私は聞かれてもないことまで説明すると、白いローブの人は少し首を傾げた。
フードで顔はよく見えないけど、きっと困った顔をしているんだろうな。
「犬みたいなの、とはグリムウルフのことじゃな?そして、緑色の小さい人たち……それはゴブリンかのう?」
「えっと、ちょっと名前はわからないです……。そ、それで、急に消えちゃったんです!私、何もしてないのに!」
私が必死に訴えると、白いローブの人はふっと笑ったように見えた。
「何もしておらぬ、と?だが、今この森に起こっておる異変は、お主が発動させた魔力によるものじゃろう。かくも膨大な魔力……まさか、無自覚で発動させたというのか……」
そう言うと、白いローブの人は目を見開いて私を見つめている。
「ま、魔力……?私、魔力ゼロって言われてましたから、そんなの知りません!お腹の中が温かくなって、何だか大きなものが出てくるみたいな感じがして……。あ!もしかして、お腹の中に変なものが入っちゃったんですかね?持って来てたおやつとか!」
私が真剣な顔でおやつを心配すると、白いローブの人は今度ははっきりと笑い声を上げた。
「くくっ……おやつ、か。いやいや、それはお主自身の力じゃよ、嬢ちゃん。お主はとてつもない魔力を持っているようじゃな。じゃが、その力を無意識に使って森のバランスを崩しておる。このままだとお主自身も危ないぞ」
「ええーっ!?やっぱり全部私が原因なんですか?じゃあ、どうしたらいいんですか!?」
私の力がなんなのか分からない。でも、この人なんだか詳しいみたいだ。
白いローブの人は、私の目を見て、真剣な顔になった。
「この森はお主の覚醒したばかりの魔力に引き寄せられて、これからもっと危険な魔物たちが集まってくるじゃろう。ここに一人でいるのはあまりにも無謀じゃ。……もしよければ、わしと一緒に来るかい?ひとまず安全な場所へ連れて行ってやろう」
差し出された手はさっきよりもずっと力強く見えた。
知らない人だけど、なんだかこの人なら、私のぐちゃぐちゃになった「普通」を、また新しい「普通」にしてくれるんじゃないかって、そんな気がした。
でも……。
私は小さな包みをぎゅっと握りしめた。
伯爵家へのお使いはどうすればいいんだろう。
このままここにいてもまた何か変なことが起こるかもしれない。
どうしよう……。
「あの、私、お使いがあるんですけど……」
私がそう言いながらモジモジしていると、白いローブの人は優しく笑った。
「心配ない。そのお使いとやらもわしが何とかしよう。さあ、どうする?」
私は少し考えて、白いローブの人の手を取った。
その手はしわがいっぱい入ってたけど、大きくて、温かい手だった。
「はい!お願いします!」
今日から私の日常は少し違ったものになるのかもしれない。
そんなふうに感じて、わたしの心臓はいつもより速く音をたてていた。