天使と翡翠の損傷
いきなり波乱の幕開けです。
「みんな、集まってくれ!」
クエストを終え、素材を換金したあと、俺はみんなを集めた。
「無事クエストも終わり、財政問題も解決した。感謝する。さて、俺のツケ問題だが、無制限に認めていると今回のような危機を招きかねない。そこで、各商店に次のように通達を出そうと思う。俺のツケで買えるのは最大3000ゴールドまで。それを超える買物は俺に相談してくれ。これが俺の誠意と甲斐性の合理的な兼ね合いだ。みんなは多くのクエストを通じてランクも上がり非常に強くなった。店の休日に自由にクエストを受注して稼ぐのも良いだろう。今回のクエストで世話になった薬屋でしっかり準備を整えて、安心安全な冒険者活動を楽しんでくれ。」
まばらな拍手があった。不満なのだろうか?3000ゴールドといえば30万円、たいていのチープなクレジットカードの上限額だ。俺は人文知を極めたからといって家計をないがしろにしない。
「そんなこと言ってもプリモを店まで連れて行けばたいていのものは買ってくれるよ。」
「見栄っ張りだからね。女子のおねだりを断れるとは思えない。」
ミナルナが鋭い分析を示した。
「見栄っ張りじゃなくてやさしいんだよ、お兄ちゃんは。」
モフ子が痛いところを突いてきた。
店の扉が開いてセレスとステラがボロボロになって戻ってきた。
「ただいま戻りました...」
「どうしたんだ、その姿?」
「クエストの敵が大軍で、倒しきれない敵に囲まれて...」
「何を相手にしたんだ?」
「光魔法に弱いアンデッドです。楽勝かと思ったのですが敵の数が多すぎて...」
「そんな無茶はしなくてもお金には困っていないんだろ?」
「ええ、でも目的があるので資金を貯めているのです。」
こんなにボロボロになるまで戦って、さぞかしたくさんの羽根をダンジョンに落としてきただろう。うう、拾いに行きたい。
「ダンジョンに潜るときは事前に薬屋で強化薬を用意すること、良いね?」
「セレスさん、ステラさん、はいヒール!」
モフ子がヒールをかけた。だが服や羽根のボロボロは治らなかった。
「今日はお店に出なくて良いからお部屋で休んでなさい。」
エラが店長命令で自室に下がらせた。あのボロボロになった服は初期装備の天使服だ。接客用のドレスは温存したのか。それにしても、ダンジョンでのバトルであの服装は不便だろう。イナンナも似たようなものだが彼女は女神だからな。クエスト用の防具を揃えてやるか。
その日の営業は、人気の昇天移動がないので、少し盛り上がりに欠けた。あれを目当てに来る固定客がたくさんいるからだ。The Jade もあの夜以降は登場していない。そもそも翡翠さんの姿が見えない。どこかに行ったのだろうか。まさか倒れていたりはしないだろうな?
「御巫翡翠...ただいま...帰還いたしました...」
なんと翡翠さんまでボロボロになって帰還するとは!...何があった?
「どうしたんだ、翡翠さん、そんな姿になって?」
「敵に囲まれて、迎撃に分身を出しましたが、次々とやられ、出せる分身のすべてを殿にして敗走しました。霊力が切れそうです。」
翡翠さんは今にも倒れそうだ。
「エラでもメロでも良いから彼女を部屋まで運んで、着替えさせてポーションを飲ませてベッドに寝かせてくれ。」
天使たちといい翡翠さんといい、今日は何という日だ。そもそも俺たちから離れての単独行動が危険すぎる。人間は集団で強くなる生き物だ。明日になったらじっくり話し合おう。
翌朝、俺はセレスとステラ、そしてイナンナに声をかけた。
「エンジェルたちはもう大丈夫なのか?」
「はい、自分でヒールをかけましたから。」
「きょうは君たちの装備を調えようと思う。ダンジョンでドレス姿では動きづらいし、防御力がほぼゼロだ。昨日のようなことにならないよう、武器と防具を揃える。たとえ後衛だとしても敵が押し寄せてくることもある。近接武器は必要だ。イナンナは古代メソポタミアで戦車を駈って剣を振るっていたのだろう?」
「その通りじゃ。愛と豊穣の女神であると同時に戦争の女神でもあったからの。」
「セレス、ステラ、君たちが昨日敵に囲まれた戦場はどのあたりか覚えているか?」
「はい、もちろんです。」
「よし、それでは今日の予定を話そう。まず防具屋へ行って防具を調達する。3人ともだ。生身に布一枚で戦場に立たせるわけにはいかない。次に武器屋へ行って適当な近接武器を探そう。それが済んだら、天使たちが襲われた現場を検証する。護衛にはミナとルナを付ける。」
「こんにちは。防具屋パシオン王都店へようこそ。」
「きょうはこの3人だ。みんな翼があるので、場合によっては加工が必要になるかも知れない。」
「お任せを。」
「私は女王にして女神であるから、それなりの気品と威厳のある鎧でなければならん。」
「これなどはいかがでしょう?」
「おう、これはなかなか良い品じゃ。これにしよう。」
もちろん値段など訊くはずもない。
「さて、こちらの天使の方々には...」
「私たち、空を飛ばなければならないので、できるだけ軽いものを。」
「これなどはいかがですかな?」
「これは軽いわ。これにします。」セレスはわりと質素な防具を選んだ。
「これかわいい。これください。」ステラは見栄えで選んだ。
「よし、防具はこれで良いな。次は武器屋だ。」
「いらっしゃいませ。武器屋モデスト王都店へようこそ。」
「きょうはこの3人に近接武器と盾を。」
「いや、私は盾は持たない。」
イナンナが言った。
「戦車に乗っていたときの癖で左手はフリーにしておきたい。場合によっては三日月のロッドを使うかも知れないしの。」
「私たちは軽い剣と盾を。」
エンジェル隊は軽さが命のようだ。
「うん、良い感じ。」
「ねえセレス。あなたさっきまで下半身はショートパンツだったじゃない。なぜそんなギリギリを攻めるミニスカになったの?」
「通気性と見栄えのためね。」
「うむ、なかなか良い。」
防具を付けて武装したエンジェル隊。なんか強くなったみたい。




