無邪気なサキュバス、馬から吸ってしまう
美しきトラブルメーカーを加えて物語はどう動くのでしょう?
エラも同じ宿に部屋を取ることになり、その日は部屋に帰って休んだ。部屋に帰る途中の廊下で、メイドたちがひそひそ話している会話が耳に入った。すごい魔物が現れたけれど、勇者のようなお方が簡単に片付けてくれたとか。誰だ、その勇者ってのは?
次の日、王都で行動できる最終日だ。エラも一緒だ、何か今後の為に役立つことはできないものだろうか?
「エラさんはなぜ王都へいらっしゃったんですか?」彼女に興味を抱いた俺は当たり障りのない質問をした。
「100年前にヴァンパイアに捕らえられていたけど、親切な人たちに助けてもらったの。その人たちの村でお店を開いて楽しく暮らしていたけど、人間って早く死んじゃうじゃない?親しい人たちもいなくなったので、つまらなくなって出てきちゃった。」
え?100年前?ヴァンパイア?じゃあこの人はひょっとして...
「あのお、つかぬ事をお伺いしますが、エラさんは人間ではないのですか?その...100年前に助けられたとおっしゃっていたので。」
「そうよ、私はサキュバス、よろしくね♡」エラは屈託のない笑顔で答えた。
「良かったですね、旦那。こんな別嬪さんの道連れができて。」メフィストは嬉しそうに笑った。いや、嬉しいのはおまえだろ?だってサキュバスってどっちかというと悪魔の仲間じゃないか。
「ああ、そうだな。」俺はこわばった笑顔で答えた。
「ところで、メフィストさん、あなた昨日ずいぶんとお手柄だったみたいね?」エラはすべてお見通しだという目でメフィストを見た。
「さて、何のことでしょう?私は手柄など立てる役柄ではありませんが。」メフィストはこれ以上ないような白々しい顔で答えた。
「まあ良いわ。あなたがいれば安心ということがわかって良かったわ。」
「さて、エラさん、俺たちは明日出版社へ行って原稿が採用されるのか不採用なのかを確認するまでは何の予定もありません。なので、エラさんに付き合いますから、何かやりたいことがあればどうぞおっしゃってください。」
「そうね、プリモくん、もう敬語はいらないわ。エラって呼んで。私もプリモって呼ぶから。良いでしょ?」
「はい、喜んで、エラ。」俺はなぜか頬を染めて答えた。なんだ、これはサキュバスのスキルなのか?
「では私も...」とメフィストが割って入ろうとすると、「あなたはダメ。悪魔とタメ語で話すなんてイヤですー。こっちは敬語を使わないけど、あなたは最低限のマナーを守って。だって...悪魔って怖いんだも~ん。」エラは俺の腕に腕を絡めてすり寄ってきた。おい、ちょっと、お胸が、お胸が...
「ねえ、プリモ、どこか連れて行って!」エラはぐいぐい胸を押しつけながらわがままな恋人のように迫ってくる。人文知を極めた者としてこういう状況はあまり好ましくないのだが、なぜか顔がにやけるのを抑えきれない。
「いいよ。どこへ行きたい?」
「王都は初めてだから、そうね、お城に行ってみたい。」
「お城にこの人を連れて行くのですか?」メフィストは悪魔の嗅覚でなにかトラブルが起こるのではないかと察したのか、あるいは悪魔の嗅覚など使わなくてもエラを見ていれば天然のトラブルメーカーだとわかったのか。
「なあに、メフィスト、私が何かやらかすと思っているの?」エラは俺の腕組みしつつメフィストを睨んだ。完全に上下関係が決まったようだ。それはそれで便利だ。エラ経由でメフィストにいろいろさせられる。ふっふっふ、単に人文知を極めただけではなくて、俺ってひょっとして超絶モテ男のイケメンだったりして。
「いえ、別に。それではお城の観光に参りましょう。」
王城はなかなか豪華絢爛だ。どうやらこの国はこの異世界の中でも豊かな大国のようだ。番兵たちもキビキビ動いている。エラは暑いからとジャケットを脱いで、メフィストのアイテムボックスに入れた。入れてもらったではなく自分で入れた。どんな術を使えば他人のアイテムボックスにアクセスできるのか謎だ。ジャケットを脱いだことによって、さらにお胸がダイレクトに押しつけられる。なんだ、この天性のお色気攻撃は。俺はサキュバスの底知れなさを感じてゾクッとしつつも、顔はますますにやけた。
「はい、そこ。止まりなさい。」衛兵が俺たちを制した。「ここから先は象族のプライベート空間なので観光客の立ち入りは禁じられています。お戻りください。」
「あら、私、王様を見てみたい。」ずけずけとエラが言った。
「ダメですよ、エラさん、戻りましょう。」背後からメフィストが止める。
「エラ、帰ろう。怒られるよ.」俺も内心焦りながらエラを止めた。
そのとき衛兵が連れていた犬がすごい勢いでエラに吠えかかった。今にも飛びついて噛み殺そうという勢いだ。これはやばい。犬の嗅覚でサキュバスの邪悪な本質が嗅ぎ取られたのか。
「ノー、マイケル、シット、ダウン、ステイ!」衛兵は必死に犬をなだめようとしている。しかしマイケルと呼ばれた犬は吠えるのをやめず、衛兵が握るリードをもぎ取る勢いだ。
「いや~ん、怖い。もう良いわ。あっち行きましょ。」エラは俺に強く抱きつきながら踵を返した。俺はホッとした。Good Job Michael!
その場を離れて城門広場に来ると、騎乗衛兵の交代儀式が執り行われていた。一糸乱れぬ動きで馬上の衛兵が敬礼をかわしながら任務を交代する。現実世界ならみんなスマホを構えて写真を撮りまくるやつだ。
「あら、お馬さん、たくましいわね。」エラはうっとりとした目で馬の頑丈な筋肉を見つめた。サキュバスの欲望は種族を問わないのだろうか。そう思ってエラを見ると、心なしか瞳が紅く輝いている。そしてその瞬間、馬の動きに変化が起きた。精彩を欠くというか元気を失ったというか、そう精気を失ったように首をうなだれたのだ。メフィストは、あ~あ、やっちまったよ、という顔でエラを見ていた。
儀式の途中なので馬上の衛兵も何もできない。少しうなだれ気味の馬を促して滞りなく儀式を続けるしかなかった。一方エラは、かなり満足した様子で「ふう」と吐息を漏らした。間違いない、馬の精気を吸ったに違いない。節操のない奴だ。そのとき観光客の間で歓声が起こった。みんな上を見ている。上を見ると謁見用のベランダで王様と王妃が手を振っている。観光客へのサービスだ。平和で余裕がある国のようで何よりだ。
「あ、見て見て、王様だよ♡」エラが無邪気に手を振る。「王様―、こっちこっち、エラだよー、エラが会いに来ましたよー!」
「おい、ちょ、ちょっとやめろ。みんなが見てるだろ!」俺は必死にエラを止めた。しかし周囲からはただのバカップルにしか見えなかっただろう。俺は...俺は人文知を極めた者なのに...いや、もう良い、異世界に飛ばされたのと同じように、これも受け入れなければならない現実というやつだ。現実の前に人文知は無力だ...。
エラの無邪気はやばい。そのうち大事件になりそう。読者の皆さんも期待してるんでしょう、エラがやらかすイヤ~ンなことを。