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巫女とサキュバスと異世界と、そして人文知は役立たず  作者: 青い水


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翡翠のマジ怖い本気、そして気絶

なんだか弱点のないモンスターのようですね。こんなの相手にして大丈夫なのでしょうか?

「もし敵が無呼吸のモンスターなら、液体窒素で酸素を奪っても何の効果もありません。氷結が溶ければ襲いかかってくるでしょう。その対策を考えておかなければ...」


 式神たちが戻ってきた。数が減っている。敵は式神を認知し攻撃できるのか。翡翠は念で式神から情報を取り出すと、分身たちに指示を出した。


「とりあえず液体窒素を試します。3時の方向に150メートル進んでから術式を展開。」



 進んだ先に開けた場所があった。ドラゴンの低い咆哮が聞こえる。


「七の原子、疾く集まりて結びつき、虚ろなる冷気、光を閉ざし、息を奪う。幽かなる凍り、死の吐息、此処に顕現せよ!急々如律令!」


 4人の術式が展開され、ジェムドラゴンの周囲に通常の4倍の液体窒素が集積した。周囲の大気は氷結し、しばらく近づくことはできない。ジェムドラゴンの咆哮は止んだ。


「しばらく様子を見ましょう。」翡翠さんは小太刀を抜いた。


 しばらくするとシュウウという蒸気の音とガタガタと何かが崩れる音がした。そして、ジェムドラゴンの怒りに満ちた咆哮が轟いた。良く聞くとそれは咆哮ではなく言葉だった。


「我が住処を凍らせたのは誰だ?痛くもかゆくもないが、無礼な振る舞いは腹立たしい。噛み砕いてやるのでそこになおれ!」地面を踏みならしながらジェムドラゴンがすごい勢いで近づいてくる。



「噛み砕くか...試してみましょう。壱と弐、体内にナノ分身を形成し、突撃して食い殺されると同時に敵の体内にナノ分身を展開なさい。」


「了解。突貫します!」


 分身の壱と弐は太刀を構えジェムドラゴンに突っ込んだ。もちろん斬撃はまったく通じず、またたくまに捕らえられて大きな口の中に運ばれ、咀嚼された。バリッボリッという骨が砕ける音がする。俺は吐きそうになった。


「いったん引きますよ。」


 翡翠さんはまるで重力を無視したように後方へ飛び、俺と分身参も続いた。分身壱と弐を飲み込んだジェムドラゴンは、満足したように息を吐き、俺たちを見据えた。


「俺たちも食われてしまうのか?」


「さあ、どうでしょう?」翡翠さんは無表情だ。


 ジェムドラゴンは俺たちを襲うために前に出た...が、その場で倒れた。大量の宝石が散らばった。


「成功したようです。」翡翠さんは淡々と宝石を拾いながら言った。


「一体何が?」俺は翡翠さんの顔を見上げて尋ねた。


「ドラゴンの体内に自己増殖型ナノ毒素を展開したのです。生物であるからには細胞構造で成り立っていますから、それを破壊したのです。」


 バンドの構成のときもそうだったが、翡翠さん、見た目を大きく超えて恐ろしい人だと実感した。分身はたしかに自分が発生させたものだが、自我はある。それをああも易々と犠牲にできるなんて。


「どうやら分身2体で敵を倒せるようです。この調子で行きますよ。天地に宿る森羅万象の理よ、光と影の狭間に姿を分かち、識の表裏より実と虚を現せ。今ここに、森羅万象より取り出されたる元素を用いて我が身を写し、我が心、我が力、我が形を三つ現出せしめよ。急々如律令!」


挿絵(By みてみん)


 突貫用に特化した分身が3人現れた。これで分身が4人になった。ジェムドラゴンをあと2体倒せる。しかし....翡翠さんの顔色が悪い。


「翡翠さん、大丈夫か?」


「分身や式神の発生に必要な霊力が枯渇したようです。このまま進むと敵に後れを取る可能性があります。残念ですが、今夜はここまで...」翡翠さんが意識を失って倒れた。


挿絵(By みてみん)


 翡翠さんが気絶すると同時に、分身たちも収束して消えた。このままでは、もしモンスターが出たら全滅するしかない。俺は翡翠さんを抱え上げて、一目散にダンジョンの出口まで走った。


挿絵(By みてみん)


 はあ、途中でモンスターに出会うこともなく無事に出られた。いちおう夜間受付に報告に行こう。


「こんばんは。無事に戻りました。」


「無事にだと?あんたら行くときは5人だったじゃないか。それが今、無事なのはあんたひとりで、その腕の中のお嬢ちゃんは倒れてる。」


「5人のうちの3人はこの人の分身です。この人はその...MPの枯渇で気を失っているだけです。」霊力などという概念を持ち出すと話が面倒になる。


「そうか。このクエストはジェムドラゴンが落とす宝石が報酬みたいなものなので、ここで出せるのは討伐達成証だけだ。そこの壁に貼っておくから、ちょっと待ってな。」


 受付は器用に俺と翡翠さんの似顔絵を描くと、壁に討伐達成の名誉の証を貼った。



 美少女をお姫様抱っこして町を歩くのはとてつもなく気まずい。道行く人がみんな俺を見てひそひそ話をしている。コンカフェの客もいて、「どうしたんだ?」と声をかけてきた。


「ダンジョンで気を失ったので、こうして抱っこして店まで運ばないといけないんだ。」俺は困った顔で彼に告げた。


「それは大変だ。良し、私が馬車で運んでやろう。翡翠さんに倒れられては大変だ。」


 男は辻馬車を捕まえて、俺たちを店まで運んでくれた。


「お大事にな!」



「まあ、お姫様抱っこ?」エラが出てきて驚いている。


「霊力を使い果たしたそうだ。部屋で休ませよう。」


 みんな心配して集まってきた。


「明日は臨時休業にしよう。」メロが提案した。


「静かに休ませてあげないといけませんね。」クラリモンドが心配そうに翡翠の顔をのぞき込んだ。


 俺も疲れた。あまりにも濃い1日だった。俺は泥のように眠った。眠っている間ぐらい楽しい夢が見られれば良いのに、俺は見た夢は、正座して翡翠さんに怒られている夢だった。



翡翠さん、分身に非情の犠牲突貫を命じる。「了解です。突貫します。」すみません。バンドのパートと壱、弐、参の関係がわからなくなってしまいました。分身って、無限に作れるわけではないのですね。

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