クラリモンドの不思議
タイトルに迷ったのですが、クラリモンド、どう捉えたら良いかわからないキャラクターなので、とりあえず「不思議」にしました。いつも冷静沈着な翡翠さんも、どこか調子が狂いそうです。
「あなたは、まさか...」翡翠は今にも小太刀を抜きそうな勢いでクラリモンドを見た。
そうだった。翡翠は『ヴァンパイアクイーン』(https://ncode.syosetu.com/n5112kj/)の世界から転生してきたのだった。ヴァン・ヘルシングをリーダーとするヴァンパイアを狩る一団――小説『ドラキュラ』からの出演――の協力者として、ヴァン・ヘルシングの妻だったクイーンの一団――文学世界から眷属にされた人々――と死闘を演じてきた魔を祓う巫女、それが翡翠のそもそもの姿だった。クラリモンドとの相性は最悪だ。
「初めまして。クラリモンドと申します。プリモさんに召喚されました。」
「翡翠、この子、これから1週間の枠でここで働くのよ。」エラが取りなしてくれた。
「この人、いえ、この方はヴァンパイアですよね。」翡翠はまだ警戒を解かない。
「ヴァンパイアだが、何も悪いことをしていない。愛を知らない男に愛と悦びを教えただけだ。そして愛と愉悦を抑圧する宗教の戒律によって罰せられた。」俺が説明した。
翡翠はそれを聞くと刀の柄から手を離し、少し落ち着いてクラリモンドをしげしげと見た。
「酷い目に合われたのですか?」
「いえ、覚悟の上でした。死んでいるのに生者の如く振る舞う、それは世界の理に反することです。滅する定めでした。ただ、私はあの方を愛したいと心の底から思ったのです。愛を知らないまま祈りと戒律の世界に入ろうとしているロミュアルドを。その瞬間、それまで幽玄の闇の世界に漂っていた私の魂にかりそめの肉体が宿ったのです。」
「あの場面は美しかった。」俺は回想した。彼女は若き神学生のロミュアルド、今まさに聖職叙任の儀式を行い俗世から身を引く運命の若者にこう言った。「もしあなたが私のものになりたいなら、私はあなたを天国の神ご自身よりも幸福にしてあげる。天使たちが嫉妬するほどに。 あなたが身を包もうとしているこの葬いの布を引き裂いて――私は美、私は若さ、私は生そのもの。 さあ私のもとへ。私たちは愛そのものとなるでしょう。 神ヤハウェが、これに比べて何を与えてくれるというの? 私たちの存在は夢のように流れ、ただひとつの永遠の口づけとなるのです。」
俺がつい口に出して朗読してしまった一節を聞いて、クラリモンドの白い肌はほんのりと桃色に染まった。
「ああ、恥ずかしい。あのときです。私の魂にかりそめの肉体が宿ったのは、あのときなのです。熱い血潮と脈打つ心臓、そしてそれをかろうじて維持する吸血の機構が私の特異な命を作り出しました。この身体があればあの方を幸せにできる、私は本気でそう信じました。」
生の官能と死の静謐の狭間に生まれた儚さの美、翡翠にとってはこれまでの人生において全く無縁の世界だった。ただ、その純粋な美、何の目的にも資さない美の魅力に翡翠は圧倒された。引き釣り込まれるような血のたぎりを身体の奥底に感じて翡翠は絶句した。クラリモンドが愛を捧げようとした、愛と幸福を与えようとした神学生を翡翠は自分に重ね合わせていた。愛と悦びを諦めて神に身と心を捧げる、それは巫女である自分にも当てはまることだった。これまで露ほども疑問に思ったことがない自分の境遇を改めて突きつけられて、翡翠は混乱した。
「翡翠さん、どうした?顔色が悪いぞ。」俺は固まってしまった翡翠を見て心配になった。クラリモンドの存在が翡翠に何か変化をもたらしたのだろうか?
「いえ、大丈夫です。あまりにも未知の世界だったものですから...」翡翠は何とか取り繕った。実存に触れる問題なので、防衛機制が働いて、それ以上の考察は翡翠の無意識が結界に閉じ込めた。
「そろそろみんなも戻ってくるころなので、開店の準備をしましょう。クラリモンドちゃんは奥のカウンターに入ってね。」エラが店長としてコンカフェ営業をスタートさせた。
「あれ~、新しい子が入ったんだ!」エルフ2人が戻ってきてクラリモンドに気づいた。「こんにちは、耳が長い2人だよ。私はエルフィーナ、こっちの髪が黒い子はフェリシア、よろしくね。」
「よろしくお願いします。きょう召喚されたクラリモンドと申します。」
「人間とは思えないほど綺麗ね。うらやましいわ。」
「いえいえ、お互い様ですわ。」微妙な会話を交わしている。
「ヤッホー、クエストからただいま帰還。お、新人さんだ!」ミナルナが開店時間ピッタリに戻ってきた。
「こんにちは、今日召喚されたクラリモンドです。よろしくお願いします。」
「よろしくね~!私たち、双子のアイドル、ミナとルナだよ!」うーむ、17世紀人とは思えないほど軽い。
それからファザリナやJK組も挨拶を交わして、コンカフェの営業が始まった。
「お、お姉さん、新人かい?」
「はい、今夜から1週間の予定で勤務します。よろしくお願いします。」
「いやあ、別嬪さんだねえ。どこから来たの?」
「こことは別の世界にあるパリという町からです。」
「歌ったり踊ったりはしないの?」
「できません。生きているふりをするだけで精一杯です。」
「そうなのか。なんか聞き間違いかもしれないが、とりあえずシャンパンでも飲みなよ。」
「はい、いただきます。できれば赤い色の。」
「おう、イキだねえ。ヴァン・ムスー・ルージュか。じゃあそれで乾杯しようじゃないか!」
「どうですか、うちの新人は?」エラが店長らしく客に声をかけた。
「すごい美人を発掘してきたね。お宅の店は美人揃いでパラダイスだ。」
「ありがとうございます。まだ不慣れな子なのでお手柔らかに。」
「ねえ、エラ~!ステラが呼んでるよ。」メロがパタパタやってきてエラを連れ出した。
「あら!」ステラを見てエラは思わず声を出した。
「うふふ、さっきなんだか知らないけれど治っちゃいました。神様の思し召しでしょうか。」
「良かったわね。なら、もうこのお店にいなくても大丈夫なんじゃない?」
「そうなんですけど、さっきセレスと話し合って、恩返しにもう少しここで働こうって。」
「まあ、うれしいわ。天使がいる店って、すごい評判ですもの。あの昇天体験も大評判。」
「私も両翼が揃ったので昇天体験、協力できますよ。」
これまで「翼の折れたエンジェル」だったので出番がなかったステラさん、なぜか復活しました。おめでとうございます。




