フレイヤの思い出作り
また作家として格が上がった(ように見せようと腐心する)プリモは、クエスト攻略トリロジーを受注した。3日で書き上げると豪語しているが。
クエストから帰り、開店準備をしていると、扉が開いて客が来た。「すみません、まだ...」とエラが言いかけると、それを制してその客は、俺に向かって、「プリモ先生、出版について相談がありますので、ちょっとご足労願えませんか?」と言った。
「エラ、すまない。後は頼む。」そう言い残して俺はJK2号を伴って出版社へ向かった。
別に伴う必要はなかったのだが、JKというこの世界では奇妙な恰好で目立つ女を秘書のように連れ歩くと、ファンタジー作家としての格が上がるのではないかというあきれた目論見があったのだ。JK2号は事情も知らず、静かに歩調を合わせている。まさか自分が「異世界ファッション秘書」枠として利用されているとは露ほども思っていない。
編集室に入ると、編集長が満面の笑みで俺たちを迎えた。
「プリモ先生、ようこそ。こちらは秘書の方ですか。すばらしい。異世界にふさわしい出で立ちです。」
「出版の話でしょうか?」俺は単刀直入に切り出した。
「はい、先生が地方の町で地域限定ブックレットとして売り出した物語、とても素晴らしいと噂に聞きまして、社員を出張させて調査したのです。地元の書店から1000部限定で売り出され、あっという間に完売したという話でした。ですので、それにさらに魔王城攻略の話も加えて、クエスト攻略トリロジーとして売り出したいのです。フィクションとノンフィクションの狭間に実る果実を先生の文章で拾い上げましょう。今回は強気に初刊5000部で行きます。価格は40ゴールド。こちらも強気です。」
「素晴らしい案ですね。ぜひやりましょう。登場人物から感動の一言がもらえるかも知れません。楽しみにしていてください。なーに、3日で書き上げますよ。」
JKは何の話か皆目見当が付かなかったが、笑顔を絶やさずに書類を鞄にしまった。うん、それで良い。
店に戻ると、ちょうど開店したところだった。きょうも順調に席が埋まってゆく。今日はちょうどJK姿なので、JK2号をキャストとして投入しよう。現実世界なら完全にアウトな絵柄だが、こっちの異世界では元ネタがわからないコスプレとして受け入れてもらえる。フレイヤは最後の夜ということで気合いが入っている。元の世界に戻る前に温泉&アイスという極楽セットを堪能させてあげたかった。王都に温泉がないのが辛い。もっと潤沢に資金が貯まったら王都に温泉スパを開業したい。
「なあ、エラ、王都に温泉があったら最高だと思わないか?」
「そりゃ最高よ。プファアしてから吸う精気は空きっ腹に染み渡って極上だし。」
創業400年ともなると、おっさんの彼方の境地に至るようだ。そんな艶っぽい顔してその台詞、聞きたくなかったぜ。メロがクエストでゲットしたアクセをジャラジャラ付けてパタパタ飛んできた。極上の貴族令嬢のつもりらしいが、そんなにジャラジャラ付けたら、下品というより哀れな雰囲気だ。店の品格にも影響するので俺は注意した。
「メロ、アクセはひとつひとつが芸術品だ。そんなにたくさん付けたらそれぞれの良さが埋もれて、カオスになる。考えてもみろ。絵の具を全部混ぜたらどうなる?形容できない醜い色になるだろ。それと同じだ。エラにコーディネートしてもらって、余分なものは部屋にしまっておけ。」
「わかったよ。首が重くてしんどかったんだ。」
「あ、翡翠さん。ちょっとお願いが...」
「何でしょう?」
「フレイヤが明日元の世界に帰るので、何かこの世界で思い出を作ってあげたい。」
「そうですね。私も戦闘で絆を深めましたし。」
「そこで相談なんだが、君の分身1名とJK1人で、王都で思い出作りができる場所を調査してきて欲しい。」
「なるほど、それでは早速手配しましょう。」
次の出番はJK3号だ。翡翠さんの分身にはナンバーが...あ、あったわ。壱、弐、参だ。ここは合わせて3号と参で出撃させたい。「おーい、翡翠さん、参でよろしく!」
ステージではミナルナとファザリナが人間離れしたアクロバットのショーを繰り広げていた。観客は大満足だ。一部の客がステージにコインを投げ込もうとしたので、エラとメロに空中に釣り上げられてボックス席に戻された。これはセレナもできるのではないだろうか。人間クレーン。
「ちょっとセレナ、今の見た?」
「はい、興奮しすぎたお客様を釣り上げて席に戻してクールダウン、とても理に適った良い動きだと思います。」
「君にもできるだろ?」
「あ、はい。そのくらいでしたら。」
「見かけたら頼むよ。」
これは良い。これは評判になる。天使に抱き抱えられて空中に運ばれる。天国行きの疑似体験だ。俺もやられてみたい。
「経営者として安全面の確認もしたいので、試しに俺を釣り上げてボックス席まで運んでくれないか?」
「承知しました。」
うわ、こりゃたまらん。まさしく昇天だ。チェキみたいな有料サービスにしたいが、さすがにそれは翡翠さんが許さないだろう。客はどうにかしてセレスに釣り上げられたくて仕方がない。だが、何をすれば釣り上げられるのかはわからない。ネット掲示板もないし、情報交換もできない。ともかく、セレス目当てで客が増えるのは間違いない。大成功だ。
そろそろ閉店時間が近づいてきた。エラはキャッシャーとお見送りで忙しい。メイドJKたちも、グラスを下げたり、調理場で洗い物をしたりとてんやわんやだ。そんななか、調査に出かけていたJK3号と分身参が戻ってきた。
「お帰り、どうだった?」
「はい、町外れにサウナ付きの居酒屋を発見しました。サウナで汗を流したあとでアイスやビールが楽しめます。」JK3号がハキハキと答えた。心なしか肌がテカっている。
「整いますね、サウナ。」つやつやした肌に上気した瞳の翡翠参が言った、いや言っちゃった。こいつらサウナに入ってきた。
「そうか。北欧と言えばサウナだ。フレイヤの最後の夜にふさわしい思い出作りができそうだ。」
「おう、ここだ、ここだ。北欧風サウナ。」俺は興奮した。
「さっそくみんなで楽しみましょう。」珍しく翡翠さんが大乗り気だ。フレイヤの思い出作りに思い込みがあるのだろう。
「これが北欧風サウナなのか?北欧出身の私も知らない設備だ。この熱風が心地よい。」
「フレイヤは北欧サウナに一番最初に入った北欧人になりますね。」
「ははは、違いない。名誉ある第1号だ。」
「これ、もう少しするとだんだん熱気が苦しくなりますよ。」
「いや、全然どうってことないな。」
「どっちが先にギブアップするでしょうね?」
「私は女神だぞ。負けるわけあるまい...」
10分後。
「あなたたち何やってんの?死ぬわよ!」エラとメロがやってきて失神している2人を抱き抱えて救出した。
「やれやれ、いつも冷静な2人が何やってるんだろうね?」メロがあきれた顔で言った。
「スーパーな存在だと自覚しているサウナ初心者が陥りやすい罠。私が負けるはずがないという。」エラはしたり顔で解説した。
サウナを十分堪能したエラとミロは、人目をはばかって人間モードになった。サウナを十分以上堪能して倒れた翡翠とフレイヤは、冷水に浸かって整え、通常モードになった。サウナのあとはもちろんビールだ。
「カンパーイ!」
ビールを飲み交わす女子会。俺はうらやましかったが、遠くから眺めていた。もちろんひとりぼっちで眺めていたわけではない。魔物なので人間界の常識を知らないJKたちに教育を施していた。サービスの基本とは、奉仕の心とは、そして癒やしの神髄とは。JKたちは覚えが早かった。俺はサービスを受けながら寝落ちしてしまった。
フレイヤとの別れの前夜、ようやく思い出作りができました。明日はさようならだよ。




