魔王城の主
いよいよ魔王と対決です。持てる力を出し切りましょう。
さらに上の階へ進むと、廊下の色調はピンクになった。俺は何かイヤな予感がしたが、ここまでくれば進むしかない。翡翠さんの分身たちはもう収束して元素に戻っていた。次に現れるときは、また微妙に異なった姿の分身になるのだろう。
「我が鉄壁の守りであるガーディアンを倒して良くここまでたどり着いたな。」
突然、禍々しい声が響いた。魔王の声だろう。
「ここまでたどり着いたことは褒めてやろう。しかしここまでだ。これ以上進むと命はない。いや、死以上の咎めを与えてやろう。」
「黙れ!」フレイヤの凜とした声が魔王の言葉を遮った。「いたずらに死を口にするな。私は死と生を統べる女神にして戦乙女フレイヤ!邪悪な魔王にはヴァルハラどころかヘルハイムの扉も閉ざされよう。貴様が迷い込むのはニヴルヘルだ。日々ニーズヘッグにむさぼり食われ、夜を経て復活しまたむさぼり食われる、それが貴様の行く末だ。引導を渡してやるからそこで待つが良い!」
返事はなかった。フレイヤの貫禄勝ちなのだろうか?魔王ともあろう者がこんなに簡単に引き下がるのか?台詞の長さが半分以下じゃないか。
「ねえー、どうしたの、魔王さーん?」エラが気の抜けた声で呼びかける。
「何か言ってよー!間が持たないよー!」ミナルナが珍しくハーモニーで叫んだ。よほど暇なのだろう。
「恐れおののいておるか?小さき者どもよ。泣いて詫びるか?わしは魔王ではあるが慈悲深い。退却したいと言うなら許してやろう。疾くこの城を離れるのだな。そうだな、今から3分以内にじゃ。」
「誰が帰るか、クソ魔王が。帰るのはおまえの土手っ腹に風穴を開けて、それから身体の隅々から素材を回収してからだ。ヤンキー舐めんなよ!」エミリーは本場仕込みのヤンキー節を炸裂させた。もっとも正確には西部の女は本来のヤンキーにはカウントされない。アメリカ合衆国でヤンキーと呼ばれるのは、北東部のニューイングランド地方。ピューリタンの末裔で、どちらかというとお上品なアメリカ人だ。決してコンビニの前でウンコ座りなんかしない。
3分が経過した。何も起きない。どうやらこの階は魔王の居住空間で、魔物の類いは存在しないようだ。
「おーい、3分経ったよー!何もしないならここ燃やしちゃうよ~!」メロがチロチロ炎を出しながら叫んだ。やめろ!火事になったら俺たちも危ない。
「あ、あそこじゃないか?」フレイヤが指差す先にピンク色の装飾過多の扉があった。
「どうせ開けられないように閂とかかけてるんだろ。こいつでぶっ飛ばしてやるよ!」エミリーはガトリングガンを取り出した。
「おらおらおらぁああ!」数百発の弾丸が木造の扉にめり込み、扉は紙のように裂け飛んだ。硝煙の向こう側にうっすらと人影が見える。
「いや~ん!扉を壊すなんてひどーい!オーダーメイドなのよ!」
????な、ん、だ??? なんだ、こいつは!
「あー、こほん...扉を破壊してしまってすまなかったな。魔王を討伐に来たのでつい...」
「...しないで...」
「は?何と?」
「だから魔王を討伐しないでって言ってんの!」
「はいはーい、お嬢ちゃん、落ち着こうね。」みんなの沸点が近づいていることを察したエラが調停に入った。
「どうして魔王を討伐しちゃダメなのかな?魔王は悪者なんだよ。世界を滅ぼすかも知れないの。みんな困ってるのよ。」
「魔王だって困ってるもん。」
「え?」
「魔王も困ってるの!こんなところに連れてこられちゃって!」少女は半泣きだ。
連れてこられた、だと?まさか転生者?
「なあ、君。詳しく話してくれないか?相談に乗れるかも知れない。」俺はできるだけイケメン風に話を切り出した。
「先月、東京からこっちに連れてこられたの。変な女神がいて...」
「そこだ。転生前の状況と女神との会話、できるだけ詳しく教えてくれ。」
「先月、友だちに彼氏を取られて超ブルーだったの。わかる?友だちと彼氏、両方失ったんだよ。それにほら、友だちから彼氏と付き合い始めたって言われたら、即修羅場とかダサいじゃん。だからクール系で決めて、良かったね、お幸せにって、思ってもいないこと言っちゃったし。で、私って本当は...」
長くなりそうだったので俺は話に割り込んだ。
「おう、それは不幸だったな。わかるぞ。良く耐えた。絶やさぬ笑顔は勇気の証だ。偉いぞ!ところで、その女神に会う直前はどうだったんだ?」
「ふつうに学校から帰るところだったよ。で、ふとした弾みに彼氏と友だちのことを思い出して、悔し涙と舌打ちが思わず出ちゃったら、襟首をグイって掴まれて、そのまま狭間の空間に連れて行かれたの。」
「ニタニタした腹立たしい女神だったか?」
「ううん、とても優しい女神で、何かというとすぐ口にマシュマロを入れてくれた。」
「マシュマロ?ひょっとして君のこと子リスって呼ばなかった?]
「呼んでた。私って猫系だと思ってたけど子リスも悪くないなと思ってすぐ受け入れたよ。」
「かわいがる、甘やかす、って言ってなかった?」
「言ってた。わあ、ウケる~!お兄さん知ってるの、甘やかす女神様?」
「いや、間接的にな。で、君はどんな加護を得たんだ?異世界で生きてゆくための加護。」
「好きなだけ魔物を手下にできるって。」
「それだ、だから魔王なんだ。」
「最初は魔物たちが森の中にお家を作ってくれたのでそこに住んでたんだけど、魔物たちが、魔王様はお城に住まなければと言いだして、ここに引っ越してきたの。」
「そうか。で、今はどう思ってる?元の世界に帰りたいか?」
「もちろん帰りたいよ。ここにはスマホもないしテレビもないしクレープもない。友だちもいない。学校へも行けない。」
「そうか。なら俺が別の女神に頼んでみよう。」
「ホント?」
「ああ、試練の女神といって、甘やかしはしないが芯のある良い女神様だ。」俺は女神に声が届くよう褒めちぎった。
「お兄さんへの試練は?」
「女を雑に扱わない、ガッカリさせない、誠意を持って接する、だ。」
「良い女神様ね。私も誠意を持って接して欲しい派だよ。」
「呼んだか、プリモよ?」
来た、来た来た来た!ニタニタ笑いの腹立つ女神。だけどきょうは少し雰囲気が違うな。ニタニタしていない。
「プリモよ、私にはわかる。その少女に誠意を尽くして相談に乗っていたのであろう?その成長や、良し」
「はい、この少女は甘やかしの女神によってこの世界に転生してきたのです。甘やかしの女神は、こともあろうに好きなだけ魔物を手下にできる能力をこの少女に授けたのです。魔王になる能力です。そんな甘やかしが許されるでしょうか?過ぎた甘やかしで子どもが道を踏み外して不良になる、良く耳にする話です。人間は甘やかされて育ってはならないのです。試練に耐えて自分を磨き上げることで人間は成長するのです。女神様も、甘やかし女神の暴挙によって魔王にまで堕ちたこの少女を必ずや哀れんでくださると信じております。試練の女神様、どうかこの少女にお言葉を。」
「うむ、少女よ。難儀なことであったな。この試練の女神が甘やかしの呪縛から救いだしてやろう。元の世界に戻ったら、試練を避けて安易に流れることのないように。約束できるな?」
「はい、女神様、元の世界に戻ったら、すごいイケメンと付き合って元彼と元友だちをギャフンと言わせ、いえ地団駄踏ませてやります。この試練に余裕で勝って、むしろこれを踏み台にして、勝ち女の栄華を世界に知らしめてやります。」
これで約束になるのか、試練を引き受けたことになるのか、ちょっとわからないが、女神は女子高校生の勢いに飲まれて大きく頷いていた。
「それでは女子よ、元の世界への送還には真名が必要だ。名前は何と申す?」
「天水美夜だよ、ちょっと古くさいけど気に入ってるんだ。」
「では天水美夜よ、位相の理に従い、かつての軸へ戻るが良い。」
天水美夜はこの世界から消えた。せっかくフルネームを与えられたのに、ほぼモブとして消えた。
爪が青い女子高生でしたが、校則は大丈夫なのでしょうか?そして本当に試練に耐える気があるのでしょうか?




