町で小金を稼ぐ、そしてラッキースケベ
飢え死に直前です。銭があまねく降り注げ、急々如律令!って、そんなものでカネが手に入るなら誰も苦労はしませんって。
さて、ありがちすぎる町の風景だな。アニメでは必ず出てくるファッハヴェルクハウス、日本語で何ていうんだ、この独特なファサードを持つ家?木組みの家?それじゃ説明であって訳語じゃないな。まあ良いだろう。挿絵を出せばみんなわかる。
こういうところに来たらまず何をするんだっけ?ファウストは何をした?えーと、あ、思い出した、グレートヒェンをスケコマシだ。だせえ。研究一筋で数十年、悪魔の力で若返って初めてやるのがスケコマシかよ。童貞を拗らせて魔法使いから大魔道にジョブチェンジした男の末路がそれですか?俺は絶対そんなことはしないからな。ともかく、まずは無一文の状態をどうにかしないと。
「おい、メフィスト、無一文じゃ飯も食えない。どうにかしてくれ。」
「かしこまりました。では少しばかり商いをすることにしましょう。」
商いか。順当な路線だね。冒険者ギルドに登録してクエストをこなすなんて無理ゲー過ぎる。計測してないけど戦闘力ゼロだろ、たぶん。古来中国には「文弱」という言葉があってだな、「知識人は柔弱で、ひ弱い」というのがお約束なんだ。
「では商人ギルドへ参りましょう。」
俺はメフィストに導かれるまま商人ギルドへやってきた。
「登録ですか?ではこちらにお名前と何を扱うかを書いてください。」
初めて異世界人が話すのを聞いた。もちろんふつうにわかるよ。だってそれが異世界もののお約束だからね。たまに異世界語がわからないという面倒くさい設定の作品もあるけどさ。
どれどれ、名前はプリモとメフィ...
「おい、おまえの名前はメフィストフェレスのままで良いのか?」
「あ、そうですね、その名は少しマズいでしょう。中世からずっと有名ですからな。そうですね...スレェフトスィフメ...」
「おい、ひっくり返すとか、しかもカタカナをひっくり返すとか、バカすぎて付いていけん。しかも舌を噛みそうだ。おまえの悪魔の本質を隠した名前が良いな。よし、人文知を極めた俺が名付けてやろう。ウ...」
「そこまでです、旦那、あなたには前科がありますからね。ふざけた名前は付けさせませんよ。私はシンプルにアルマーニと名乗ることにしましょう。」
シンプルだと?ヤンキーがグループ名を付けるときになんだか高級そうじゃね、と採用しそうな名前だな、おい。まあ良いか。プリモ&アルマーニっと。で、取り扱う商品か。
「おい、取り扱う商品はさっきの胡散臭いガラス玉で良いか?」
「いえいえ、ここは旦那の異世界、旦那の商品じゃなければ話になりません。」
「だって俺は何も持ってないよ。」
「旦那は人文知を極めたお方、文章があるじゃないですか、エクリチュールが!」
う、なんだか昔の古傷に触るようなフランス語を使いやがって。
「文章を売れというのか?売れる文章が完成する前に飢え死にしてしまうわ!」
「なあに、前に書き溜めたものを売れば良いだけですよ。いっぱい書いたでしょ?本業をおろそかにして。最下層のヴァンパイアとかヴァンパイアクイーンとか織田家の忍者とか...」
こいつ、何でも知ってやがる。さすが悪魔だ...
「わかったよ。それなら記憶からすぐ引き出せる。で、俺が紙に書いたらおまえが書籍にしてくれるのか?」
「はい、その通りでございます。」
「じゃあ、一番短い『ジョアンナ・ヴァン・ヘルシング ――The Vampire Queen』(https://ncode.syosetu.com/n5112kj/) 30エピソードあるので、まず10エピソードだけな。全部書いていたら飢え死にする。」
「かしこまりました。それにしても姑息にもなにやら文字列を書き加えましたな。」
「良いんだよ、これは布教だ、福音を世界に広める気高い活動だ。」
空腹を我慢しつつなんとか書き上げて本ができた。本が売れるまで腹の虫の鳴き声が止まらない。どこかに木の実か果物でもないかな?まあ、そう都合良くはいかないか...と思ったら、さすが異世界、ありましたわ、公園の樹木。果物がありそう。
「おい、メフィスト!あの木に登って果物を取ってこい。」
「いやですよ。悪魔はそんな使い魔みたいなことはしません。悪魔の誇りに掛けてお断りさせて頂きます。」
ちぇっ。しょうがない、自分で登るか...って登れないじゃないか!だから中国には文弱という言葉があってだな...
「お兄さん、木の上の果物が欲しいの?」
獣人の女の子が声を掛けてきた。ケモ耳、実物を見るのは初めてだ。
「うん、すごくお腹が空いているので、果物が欲しい。」
「じゃあ取ってきてあげるよ。」女の子はするすると木に登って黄色い果物を取ってきた。なんか既視感のある果物だ。
「ありがとう。お礼にこの本をあげるね。」
「いらない。私、字が読めないから。」
そう言って女の子は去って行った。俺は果物に齧りついた。うーん、ジューシー!甘酸っぱい香りが鼻腔を満たし、果肉と果汁が口の中で無慈悲に咀嚼される。
「さて、市場に着きました。あのあたりに露店を開きましょう。」
メフィストはテキパキとマントから露店用具一式を出して店が完成した。この界隈では書籍の露店は珍しいようですぐに客が集まってきた。なんか東京ビッグサイトのイベントを思い出した。行ったことはないのになぜか思い出した。本はあっというまに完売した。物語の続きもきっと売れるだろう。よし、これで普通に飯が食え宿屋に泊まれる。
宿屋に到着した。まず部屋を確保してそれから飯だ、飯と酒だ。悪魔と相部屋はイヤなので部屋は2つ。一番安い部屋をメフィストにと思ったが全部同じ料金だった。フロントは小部屋になっていて、そこから扉を開けると食堂に出る。やった、酒と飯だ。俺たちは席に着き、とりあえずビール。グビッグビッ...ああ、あまり冷えてないけど美味い。メフィストも気を緩めているようだ...
「きゃあっ!」ウェイトレスが悲鳴を上げて尻餅をついた。ふとメフィストを見ると、気が緩んだのか、角が顔を出しているではないか。「おい、角を引っ込めろ!」俺は小声で命じた。
「大丈夫?」俺はセルヴィエットを渡して尋ねた。角は幻影だと信じさせるためだ。
「ありがとうございます。」女性は濡れて透け透けになった胸を拭きながら、チラチラとメフィストフェレスを見ている。
「良かった。服が濡れただけで、怪我はないようだね。」
ウェイトレスはブラウスが透け透けになったことに気づいてぱっと顔を赤らめ、一礼して去って行った。これで胸が透け透けの記憶によって得体の知れない角の記憶は上書きされただろう。いや、ラッキースケベでラッキー♩とか思ってないからな。
無一文だと人の親切が身にしみますね。ケモ耳モフモフちゃん、ありがとう。モフ子って名前を付けたよ。タイトルに「ラッキースケベ」と書いて読者サービスにしようと思ったけど、書いているうちに忘れちゃって、無理して最後にくっつけました。