翡翠とアタランタ、王都を救う
またニタニタ女神と話をしに行くのか。気が重いな。しかしはっきりとさせておかなくては。
アタランタがこの世界にとどまれるのもあと3日か。日々が順調に過ぎてゆくと時間がたつのが早い。一週間限定で召喚したキャラクターは、元の世界に戻ってからこの世界の記憶を保持しているのだろうか、それとも消去されるのだろうか?もし残っているなら、メフィストがどんな手を使ってもここへ再臨し、借金の返済を要求するだろうなあ。面倒だし、今の資金じゃ返済は無理だ。どうしたものか?女神に聞いておくべきだった。翡翠さんの件もあるし、教会へ行って女神と話してみるか。
「こんにちは、試練の女神様、プリモです。お話しがあって参りました。」
「おや、何か悩み事でも?苦しゅうない、申してみよ。」うう、鼻持ちならない。
「はい、一週間限定の召喚ですが、期限が来て元の世界に戻った人は、この世界のことを忘れるのでしょうか、それとも記憶が保持されるのでしょうか?」
「ふむ、それはその人物のキャラ次第じゃな。戻った世界がその者にとって満足できるものであり、日々が充実しておれば、こちらの世界のことなどコロッと忘れてしまうだろう。しかし、戻った世界がこちらの世界より退屈ならば、充実していたこちらの世界の記憶が幸福な夢のように頭に蘇り、やがてそれは夢ではなかったという確信に変わる。」
「そうですか。だけど記憶が戻ったからといって、こちらの世界にやって来ることはできませんよね。」
「まあ、ふつうはそうじゃな。ふつうはな。」女神は歯にものが詰まったように言葉を濁した。
「もうひとつ聞きたいことがあります。御巫翡翠のことです。どうして無関係な彼女をこちらの世界へ転生させたのですか?彼女は混乱しています。」
「そりゃあ、プリモ、おまえのために決まっておる。好きなのだろう、あの女子?」
「え?だってあれはフィクションのキャラクターですよ。まあキャラクターにも好きや嫌いの感情は抱きますが、先ほどの言い方はまるで...」
「なあに、女神にはすべてお見通しだ。隠さなくても良い。恥ずかしがるタマでもあるまい。」女神は得意のニタニタ笑いをした。くそ、腹が立つ。
「わかりました。お気遣いありがとうございます。でも、もし彼女が元の世界に帰りたいと思っていたら、そのときは...」
「そうならないよう、一生懸命に尽くすことだな。女子は尽くされて誠意を感じるものだ。雑に扱われることを最も嫌う。良く覚えておくのだな。」
「はい...それでは失礼します。」俺は歯ぎしりがバレないように気をつけて教会を後にした。
店に戻るといつも以上に混雑していた。席が埋まっているので、新しく来た客にはお引き取り願っているようだった。弓矢を装備して狩人モードになったアタランタも、心配していた男嫌いを封印してにこやかに接客していた。
カウンターのエルフたちも人間離れした美貌で大人気だ。
俺は満足してカウンターの隅で白ワインをちびちび飲んでいた。すると入り口の扉が開き、エラが満員を告げようと応対に出たところ、王宮警察の制服を着た男性が3人、かなり慌てた様子でエラに告げた。
「た、大変です。ワイバーンが町を襲撃しています。空からの攻撃にわれわれでは対応できません。この店の主は賢者様とのこと、どうかお願いします。ワイバーンを追い払ってください。」
いかん、レッサーデーモンの身柄を引き渡すとき、つい見栄を張って自分を賢者だと偽ったことを忘れていた。今さらあれは嘘でしたというわけにもいかない。どうしよう?よし、ここは...
「やあ、王宮警察の皆さん、あの節はどうもお世話になりました。賢者のプリモでございます。ワイバーンの出現ですか。よろしい、我が配下の者を差し向けましょう。かわいらしいコンカフェを営業しておりますが、スタッフは一騎当千の強者揃い、ワイバーンごときに後れを取ることはございません。」そう言って警察官たちを制すると、俺は客たちにも聞こえるように大声で店内に呼びかけた。
「緊急事態発生!直ちに対応を求めます。王都がワイバーンの攻撃を受けています。被害が広がる前に、討伐するか撤退させなければなりません。志願者2名、直ちに進み出てください!」
いち早く手を挙げたのがアタランタと翡翠だった。出遅れたメロとミナルナは悔しそうに舌打ちした。
「おお、行ってくれるか?」
「はい、狩ってみたいと思っていた相手です。」アタランタの目が闘志に輝いた。
「僭越ながら、私、御巫翡翠、異世界の魔物と手合わせしたく存じます。」翡翠はいつもと変わらぬ調子で淡々と答えた。
「無理はするなよ。」俺はニタニタ女神の言葉を思い出しながら心配するふりをした。いや、こいつらが負けるはずはないのだが。
「いたわ!あそこよ。」飛龍を見つけた翡翠は幣を取り出して呪文を唱えた。
「壱の原子、八の原子、疾く集まりて結合し、凝固の理に従って氷塊を作り、その冷気、その質量、標的を貫き砕け!急々如律令!」
アタランタは矢をつがえて祈りをその矢に込めた。
「アルテミスに捧げし月光の矢よ、天を駆け、正しき裁きを下せ!」
無数の雹が突然空中に現れワイバーンに降り注いだ。円錐型の雹は容赦なくワイバーンの翼や身体に穴をうがち、ワイバーンは苦悶のうなり声とともに地上に落下した。そして落下地点でアタランタの放った矢がワイバーンの目を射貫き、おびただしい血が噴き出した。アタランタは二の矢、三の矢と立て続けに矢を放ち、針山のように無数の矢が突き刺さったワイバーンは無残に倒れた。
「やりました。」
「やったわ!」
翡翠とアタランタ、異能の巫女と狩人は、キャラに似合わないハイタッチをして仲良く帰路についた。
はい、奥歯をごっそりとやられてもうろうとしている青木じゃないよ青水です。久々の翡翠さんの戦闘、そして初めてのアタランタの戦闘、いやあ激アツでしたね。




