試練の女神
甘々の女神の次はどんな女神?
そのころ俺は、甘々女神の教会を出て、もうひとつの教会へ向かっていた。甘々女神と対立する女神なら渋々女神か?それはイヤだな。極辛女神?いや、勘弁してくれ。甘々の対極を考えながら歩いていたら、ろくでもない未来しか見えてこない。考えるのをやめよう....む、ここか!
教会の入り口に立つと中から聖職者らしい男が出てきた。
「よくぞ参られた、試練の教会へ。」
「え-と、試練の教会というのですか、ここは?」
「そうだ。試練の女神を称える試練の信徒の教会だ。」
「ここに入っちゃうと、そのー、試練を課せられちゃうんですか?」
「もちろん。そして試練に耐えれば褒美が与えられる。」
ここがあの性悪女神を信仰する教会なのか?試練というのがなんとなく地雷感があってイヤだが、ここで引くわけにはいかない。コンカフェのためには、どうしても女神を説得しなければならない。
「わかりました。試練に挑みましょう。」俺は俺らしくない潔さで聖職者に答えた。
「では中に進むが良い。なお、試練が終わるまでこの扉は施錠される。逃げ出すことはできない。健闘を祈っている。」
うわー、レベルに自信がないままダンジョンに挑むゲーマーの気分だ。デス・ペナルティは何ですか?いや、普通に死ぬだろ。試練って何かな?トイレに行くと言って、このまま帰っちゃおうかな。
「あのー...」俺は手を挙げた。「トイレに行きたくなったらどうするんで?」
「中にトイレはちゃんとついている。心配することはない。さあ、後がつかえている、さっさと入りなさい。」
誰も待ってる人はいないので後はつかえていないのだが、躊躇っていても仕方がない。バンジージャンプはさっさと飛ぶべきだ。後がつかえてるからな。俺は決心して教会の中へ進んだ。
「こんにちは、女神様、試練を受けに参りました。」
「あら、あなた、良くぞここまでたどり着きました。」
うわっ、出た!あの小馬鹿にした笑顔、むかつくという言葉を安易に使いたくはないが、この感情はむかつくという言葉以外では言い表せそうにない。
「良くたどり着いたとか、ラスボスみたいな台詞を吐いてるんじゃないよ。良いのか、教会内とはいえ、現世に顕現しちゃって?その姿で信者に試練を与えて....」俺は罵詈雑言を浴びせたくなったが、かろうじてここでこらえた。喧嘩をしてしまうと、ここに来た目的が果たせなくなる。戦いではなく説得だ。説得に長けな者は無駄な犠牲を出さずに済む。
「ええ、私は心が広いので、信者と生身で触れ合いますよ。ファンサならぬ信サですわね。」
「じゃあ、俺にももっとサービスしてくれよ。生身の触れ合いは、もう狭間の地で済ませてきたから、もっと温かみのあるサービスをしてくれよ。はい、してください。」
「まあ、女神に頭を撫でてもらいたいのかしら?かまわなくってよ。」女神は手を伸ばしてきた。
「いや、そういうのじゃなくって...」俺は身を守るために条件反射でスウェイバックした。
「あらあら、恥ずかしがり屋さんなのね。かわいいわ。」女神はニタニタ笑っている。なるほど、これは難易度が高い試練だ。
「女神様とのありがたい直接の会話が試練なのですね?」俺はできるだけ冷静に尋ねた。
「まさか!それはご褒美であって試練ではありません。私があなたに与える試練は、そうですね、教義を広めることです。ここで、私という女神がいかに尊いか、いかに美しいか、そしていかに信仰に値するか、読んだ者が納得し確信するような文を書くのです。私がそれを読んで判定します。この試練を乗り越えられたら、何か軽めの褒美を取らせましょう。」
軽めの褒美だと?勝負する前から自分に有利な設定を付けやがって。だがここは敵のフィールドだ。文句は言えない。良いだろう、書いてやるよ、嘘八百並べて女神の賛歌を。俺は、愛や美や麗や聖などの言葉をちりばめた胸くそ悪くなるような文を一気呵成に書き上げた。気分は最悪だ。これはまるで魂の売春だ。堕ちてしまった。穢れてしまった。
「書き上げましたね。さすがに書くのだけは早いですね。どれどれ...」女神は原稿を取り上げると読み始めた。
「良いでしょう、合格です。ご立派です。」女神は速攻で俺の頭を撫でた。女神なので神速の早業だった。避けることができず、俺はむざむざと頭を撫でられてしまった。
「では軽めの褒美をください。」
「良いでしょう。何が望みですか。」
「俺が書いた物語に出てきた人物を3人、現行の召喚枠とは別に召喚させてもらいたい。俺自身が造形した人物なので、期限を決めずにずっと活動させて欲しい。」
「あら?わりと控えめな要求でしたね。あなたのことだからもっと欲張りなことを言うかと思っていました。もちろんそのときは拒否するつもりでしたが。」
「はい、女神様の教えが骨髄まで染み渡り、慎みを美徳と考える人間になりました。」
「そうですか。それは良い傾向です。ではその願い、かなえて差し上げましょう。」女神はそう言うと、俺の手を取って口の中で何やら呟いた。「はい、これであなたは自分の物語から3人召喚できるようになりました。やり直しはできないので、良く考えて選ぶことです。」
そこで教会の扉が開き、女神は青い輝きとなって消えてしまった。良し、成功だ。魂を売り渡すという悲しい犠牲を伴ったが、欲しいものは手に入った。いやな記憶は忘れてしまおう。娼婦もそうやってたくましく生きている。残った結果だけをありがたく頂戴することにしよう。
俺は町に戻り、コンカフェを開店するのに適した物件を探すことにした。カウンターの他にボックス席が3つ、あまりぎゅうぎゅうに詰め込めると息苦しい。それにコンカフェなので舞台も欲しい。ファミレスとコンビニの中間ぐらいの広さがベストだ。果たして空いている物件はあるのだろうか?俺は不動産屋巡りをすることになった。連れはメロだ。放置してると何をやらかすかわからない。
「物件を探しに行くぞ、メロ。」
「はーい。かわいい物件があれば良いね。」
「物件にかわいいとかかわいくないとかあるのか?」
「あるよー、一瞬の第一印象で決まるの。私、わかるもん。」
やっと女神のの試練を突破して、今度は不動産物件を捜すのです。




