王都でコンカフェ計画
やはり有名作家たる者、王都に居を構えなければだね。
俺たちは迷っていた。王都を出て元の町へ帰るべきか、それとも王都に留まってここを本拠地とするべきか。元の町と言っても住居があるわけではないし、たまたま転生した場所に近かったというだけで、故郷でも何でもない。今後の生活を考えれば、チャンスがゴロゴロ転がっている王都に留まるほうが圧倒的に有利だろう。ただ、気がかりなのはモフ子とその家族だ。あの町は獣人差別が酷い。王都では...いや王都にはそもそも獣人がいない。これは政策的な配置なのか。獣人の居住は地方都市に限定しているのか。そのあたりのことは追々調べてみよう。
「おい、メフィスト。おまえとの契約はいつまでだ?」
「あと1年弱です。まだ召喚されてから4日しか経っていませんから。」
「そうか、まだそんなにあるのか。ならせいぜい励めよ。」と言いつつ、俺は心の中で舌を出した。ふふふ、おまえの命運はあと3日だ。契約不履行でシャッテンディーナーを頂くからな。
「ねえ、プリモ。まさか王都を出て田舎へ行くなんて言わないわよね。」エラが心配そうに尋ねた。どうやら田舎は嫌いなようだ。
「そうだな、田舎は嫌いなのか?」
「100年前に救い出されたときは、助けてくれた人たちが村に住んでいたので仕方なく付いて行ったけど....正直、田舎は苦手ね。精気を集めるのも一苦労で、自由に吸っていたらすぐに怒られるし。」
「私も田舎に行きたくない!」なぜかメロも強く同意した。理由はなんとなく察せられる。
「そうか、ではしばらく王都に留まろう。」
メフィストフェレス以外はみんな喜んだ。だがメフィストフェレスは、悪魔の予見が発動するのか、あまり同意したくない雰囲気だ。
「この王都は悪しきものを呼び寄せる傾向があるようです。平和に暮らすにはあまりふさわしくない場所かも知れません。」
「そのときは、あなた、高位の悪魔なんだから、その悪しきものをやっつけてよ。命をかけて私たちを守りなさい。」エラが有無を言わさぬ貫禄で命令した。そして「そうだ、そうだ!」とメロが手を叩いた。なんだ、この茶番は?
「まあ、王都には騎士団もいるし、王宮警察の質と量も田舎町とは比べものにならない。いざとなったら権力に頼るのも悪くないさ。それでも手に負えそうもなくなったときは、メフィスト、期待させてもらうぞ。」
「了解しました、旦那。」メフィストは力強く頷いた。自らに責任のない契約不履行を前にしてけなげなものだ。悪魔を出し抜く快感に俺は心の中でニンマリした。
「じゃあ王都に留まるということで、私のコンカフェが入る物件を捜したい。」エラが前のめり気味に提案した。
「私もスタッフとしてお手伝いするよ。コンカフェの成否はスタッフのかわいさにかかっているからね。」メロはやる気満々だ。
「コンカフェ、コンカフェと言ってるけど、コンセプト・カフェだからな、どんなコンセプトでやるのか決めておかないと先に進めないぞ。」俺は当然の前提を言った。
「そうねえ、私たちが簡単に始められるのは、コスプレね。擬態を解いて素の姿になって接客する。こっちも楽だし、お客は本物のサキュバスを目にできるから大喜び。どうかしら?」エラは簡単なようでなかなか思いつかない答えにすぐにたどり着いた。
「おい、メフィスト。召喚主として頼みたいのだが、悪魔財布からコンカフェ計画に出資してくれないか?利息は月に7%でどうだ?」本当はもっと高くても、どうせ貸方が消えるのでどうでも良いのだが、不自然な利息の提案をすると怪しまれるので、相手が素直に喜ぶギリギリの線を言ってみた。
「ほう、なかなかの好条件ですね。良いでしょう、出資しますよ。おいくら必要なんですか?」
「王都だから、それなりの立地の物件だとそこそこするだろうな。とりあえず調査して相場がどれくらいなのかわかってから頼むよ。」
「承知しました。」
「エラよ、おまえとメロだけで店を回すのは無理だぞ。スナックじゃないんだからな。カウンターとボックス席3つだとして、最低でも4人は必要だ。シフトを組むためには6人は欲しい。人材募集はどうする?」
「そうねえ、100年前の村で開店したときは知り合いの子が集まってくれたけど、こっちには誰も知り合いがいないから...」エラは腕組みをして考え込んだ。
「素の姿をコスプレということにして営業するんだろ?なら人外の者が最もふさわしいのではないか?」
「そうね、誰か知らない?」
誰か知らないと言われても、俺だって不本意な転生をさせられてまだ日が浅いんだ、知るわけがないだろう。いわんや人外だ、知っているほうがおかしい。
「いや、俺はこっちに来て日が浅いんだ。むしろ創業400年の老舗サキュバスであるおまえのほうが顔が広いんじゃないのか?」
「あ、そうだった。そうねえ、100年前のヴァンパイア事件のときは、エルフや人魚がいたわね。」
「人魚は迂闊に陸地へ上げられないから、エルフで行こう。連絡付くか?」
「無理ね。結界があって近づけない森の村に隠れ住んでいたから、普通は会いにすら行けないわ。」
「普通はということは、会いに行く手立てはあるんだろう?」
「花のお酒やお菓子をお土産に持って行けば、運が良ければ...」
「メフィストに気球で連れて行ってもらえ。酒やお菓子は、きっとメフィストが何とかしてくれるだろう。魔法のマントがあるようだし。」俺はメフィストのマントを引っ張った。
「承知しましたぜ、旦那。さあ、エラさん、一緒に行こう!」メフィストはマントを翻して気球を出現させ、エラを乗せて飛び去った。
さて、これでエルフが参加してくれるとしてもまだ足りないな。よし、転生者の特権を使って女神にお願いしてみよう。聞いてもらえるかな?何か女神の語りかけるのにふさわしい場所とかあるんじゃないか?異世界転生1週間未満だから情報不足すぎて困る。王立図書館へ行くか、それとも酒場で情報収集か...そういえば王都に教会があるはずだ、とりあえずそこを訪れてみよう。
「すみません。旅の吟遊詩人なのですが、女神に祈りを捧げたいので教会がどこにあるか教えて頂けますか?」俺は親切そうな通行人に尋ねた。
「ああ女神様ね。2種類あるんだけど、どっち?」
「え、女神が2柱?」
「うん、信者の数を競ってる教団が2つあるからね。」
「とりあえず両方行ってみます。」
俺は2つの教会の場所を教えてもらった。俺を転生させたあの小憎らしい女神はどっちなのだろう?
この教会にあの女神がいるのか?まあとりあえず入ってみようか。教会に入ると、ありがちな祭壇があり、女神の立像があった。大理石の立像では、あの小生意気な女神かどうか良くわからない。俺は立像に近づいて女神の顔を見上げた。ポフンッ!女神の口からマシュマロが吹き出され、「あっ」と言った俺の口にジャストミートした。うまい、じゃねーよ、なんだ、この仕掛けは?
「良くいらっしゃいました、悩める子リスよ。」奥から聖職者らしき女性が出てきて俺に声をかけた。
「はあ、子リスでございますか?」
「ええ、わが教団では信者をそのように呼んでおります。」
「信者ではないのですが、少し伺ってもよろしいですか?」
「はい、何なりと。」
「この女神様はどのような御利益を与えてくださるので?」
「ひたすらかわいがる、それに尽きます。」
「はあ....だから子リスなんですね?」
「そうです。衆生は寂しくてかわいがられたいものなのです。マシュマロ、甘かったですか?この甘みが女神の慈悲です。」
「はぁ、ありがとうございました。では失礼させていただきます。」
俺は教会を出た。こいつは違う。あの小生意気な女神が人を甘やかす存在であるはずがない。もうひとつの教会へ行こう。
コンカフェ、いざ作るとなったら、スタッフの確保が思いのほか大変。