理不尽な転生、腹立たしい女神
始まってしまいました。初めて書く異世界転生ものです。
なぜだ?なぜだ、なぜだ?何で俺が異世界に飛ばされなければならなかった?トラックに引かれたわけでも、ベランダから落下したわけでもないぞ。いつものようにカナディアンウィスキーを飲んで気持ちよく寝ていた。だが目を覚ましたらこんな場所に来ていた。夢かと思ったが夢じゃない。異世界に転生する奴って、だいたい社畜とかニートとか現実に不満を抱いている奴というのが相場だろ?俺は現実に不満なんかなかったよ。職業的にも安定していたし、やりがいもあった。それなりの名声も得ていた。とても異世界に転生する条件を満たしているとは思えない。おい、責任者、出てこいよ!いるんだろ、女神とかそういうの?出てきて説明責任果たせ!
「まあまあまあ、そう怒らないで。」にたにた笑いながら女神らしきものが出てきた。
「おい、説明してもらおうか。なんで俺が転生なんだよ。違うだろ!ふつうは社畜やニートが現実から逃れたいなと思っていたら、あらラッキー、転生しちゃって、俺TUeeeになるのがお約束なんじゃないの?」
「あー、まあそういうパターンもありますね。」
「もありますね、じゃないんだよ。現実に満足していた俺がこんなところに無理矢理連れてこられたら困るんだよ。戻せ、元の場所に帰せ!」
「えーと、起こってしまったことは巻き戻せないんですよ。あなただってそのくらいのことはわかっているでしょ。過去は過ぎ去ったもの。ならば現在を、今日を誠実に生きなさい。」
「なんだ、仏陀か?抹香臭いな。そんなことで説教されて従うと思ってるのか?甘いな。俺の脳みそは西洋式に作動する仕組みなんだよ。良いから過ちを認めて責任を取って原状回復に努めろ。これが法理の原則だ。」
「法理と言われてもここは異世界、いや現実と異世界の狭間の世界ですから、法律なんて効力はないのですよ。ほら、ひっくり返したら元に戻せないって...」
「覆水盆に返らずってか?あれはだな、捨てた旦那が出世したもんだから、よりを戻しにやってきた元妻に言った言葉だ。間違った引用で俺を説得しようとするな。」
「そうですね。あなたはそういうところだけは長けてらっしゃいますものね。でも、起こってしまったことは巻き戻せないというのも真理なのです。受け入れてください。その代わり、現実の世界で手に入れた知識や能力はそのまま持ち込めるように手配しますから。」
「それだけか?ここまでひどい目に遭わされて、異世界に現実の知識を持ち込めるだけか?そんなもん、役に立たない確率のほうが圧倒的に高いじゃないか。元に戻せないというなら、異世界で安心して生きていけるような何かを寄こせ。手を叩けば無限にカネが湧いてくるとか...」
「あなた、そんなに残念な人だったのですか?知性のかけらも感じられませんね。あなた本当に大...」
「そこまでだぜ、女神さん、そう簡単に現実の俺を引き合いに出すんじゃないよ。もう戻れないって言うんなら、異世界で困らないようにするのがあんたの義務じゃないか。どうしてくれる?」
「じゃあ逆に教えてくださいよ。現実のあなたはそもそも何が得意なのですか?」
「えーと、外国語がそこそこできるのと、哲学と文学と芸術の知識、そんなところだな。」俺は鼻高々に言ってやった。
「あー、そうなんですね。困ったな。それをベースにどんなブーストを掛ければ便利なスキルになるのか思いつかない。どうしましょ?」女神は小馬鹿にしたような顔で俺を見た。
「たとえばドン・ジュアン――バイロンのな、モリエールのじゃなくて――のようにモテモテになるとか?」
「だからあなたは本質的に最低の残念男ですね。さっきは黙ってカネがザクザクとか、今度は自動ハーレム構築とか、知性と品性の欠片も感じられませんよ。よくそんなもので現実世界を渡って来れましたね。信じられない。不祥事を起こす爆弾がよく爆発しませんでしたね。あ、そうか、わかった。不祥事爆弾の爆発を防ぐために転生させられたんですよ、きっと。」
「な、なんだとぉ!」俺は怒りのあまり拳を握った。女の姿をしていても殴るときは殴るぞ、俺は...たぶん...ひょっとしたら...はい、無理ですけど...
「良かったじゃないですか、現実世界で不名誉な事件を起こす前にこっちに逃げられて。危なかったですねー。」女神はまたもや小馬鹿にしたように俺を見た。
「うるせえわ、そんなヘマしねえわ。」
「さて、何かスキルを付与する話に戻りましょうか。そうですね、あなたは古今の書物を読んでこられたと?」
「そうだ、自慢じゃないが5000冊は下らない。」俺は自慢げに鼻をぴくつかせた。実は少し話を盛った。
「ならこうしましょう。読んだ書物の中から登場人物を召喚できる。ただし読んだ人物なのでそんなに長く実体化していられません。そうですね、1週間です。1週間したら消えます。で、消えたら次の登場人物を召喚できる。どうです?」
「その人物ってのは人間じゃなければならないのか?」
「いいえ、天使でも悪魔でも神でも大丈夫ですよ。」
「そうか。」俺は心の中だガッツポーズを決めた。これはすごいチート能力だ。ドラゴンをテイムできる能力より便利かも知れない。
「ただ、異世界にはインターネットもAIもありませんから、ご自分の知識だけが頼りですよ。検索できませんからね。」
「わかってるよ。バカにするな。知識で飯を食ってきたんだ。」
「ならば異世界に送りますけど、今のままの姿で大丈夫ですか?身体にけっこうガタが来ているみたいですけど。」
「あ、まあその、なんだ、若返れるならぜひ頼む。最近目が少し弱ってきて、それから脚力にも自信がない。」
「現実のあなたの若いころの姿で良いんですね?」
「あ、えーと、イケメンだからそれでもかまわないのだが、送られる先の異世界の人々はどんな感じ?東アジア人の姿だと浮かない?」
「ああ、送り先の異世界ですか。そうですね、ありがちな中世ヨーロッパ風というか、まあ中世ではないか、もう少し先の近世か近代の入り口くらいですか。住んでる人々はガチガチのヨーロッパ人というわけでもなくて、何か微妙にアニメを実写化したような人々ですよ。」
「じゃあ俺もそんな感じにしてくれ。悪目立ちしたくないからな。」
「何か細かい注文はありますか?髪の色とかいろいろ。」
「ない、お任せで良い。俺はあまり外見にこだわらないんだ。」
「じゃあ小太りでもよろしくて?」
「ダメに決まってるだろう。そんな主人公は見たことがない。」
「じゃああなたの脳内に残っている自己イメージから造形しますよ。」
「良いよ。昔の自分を心持ち西洋風にした姿だな。たぶんイケメンだろう。」
「何ですか、これは?加工して盛ったんですか?」
「いや、昔の写真をスマホで撮って、それをSoraを使って影を除去して輪郭を明瞭にしただけだよ。たぶんシャンゼリゼ補強が入ったためではないか?」
「まあ良いでしょう。じゃあこの外見で異世界へ飛ばします。行ってらっしゃ~~~い!」
もう少し女神と交渉したほうが良かったんじゃないですかね?そういうところよね、人文学の人の弱さって。