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「……貴方。今なんて言いましたか?」
「ん? だから、話し合いをしようって──」
「その後ですよ! 今……同棲って言いませんでしたか!?」
「うん。言ったけど」
さっぱりきっぱり答えると、アリスちゃんは一瞬愕然とし、焦ったように言った。
「無理です」
「え、なんで?」
「しませんよ! 当然です! 貴方と同棲なんて……死んでも嫌ですっ!」
「う~ん……まあ、お腹すいたし、とりあえず晩御飯でも食べながら話しようか」
そう言って僕はスマホでウーパーイーツを開いた。
アリスちゃんの国籍は原作では判明してないけど、『ブリテン』は英国っぽい世界観だったし、アリスちゃんもそうなのかもしれない。
英国料理ってどんなだ? フィッシュアンドチップス、スコーン……う~ん。しっくりこない。無難にパスタでいいか。
そう思って、カルボナーラとサラダを2人分注文した。
「…………」
「どう? おいしい?」
「……はい」
アリスちゃんは僕の問いに頷き、届いたパスタをもぐもぐと無言で食べていた。
わぁ~アリスちゃんが目の前で食事をしている。すっごく可愛い。
おいしいパスタ食ってるお前~家庭的な女がタイプな俺~一目惚れ~♪
「……なんですか?」
ずっと僕がガン見していたせいだろう。アリスちゃんが不審がるように問いかけてくる。
「いえいえお気になさらず」と返し、僕も「いただきます」と自分の分を食べ始める。
しかしやはり、チラチラと盗み見るのをやめられなかった。
ああ……僕だけが見れるアリスちゃんの新規カット……出来ることなら写真に撮って残したい。いや、動画がいいかも。
でも怪しまれてるこの状況で写真を撮るのはまずいことは、さすがの僕も分かっているので、自分の網膜に焼き付けることに留めるしかなかった。
アリスちゃんを盗み見る合間に食事を進めていると、彼女がはたとフォークを置く。そしてこちらをまっすぐ見て言った。
「それで、さっきの話なんですが」
「え、ごめん。なんだっけ?」
「さっき言ってたその……一緒に住むとかなんとか言う話です」
「ああ。同棲のことね!」
「同棲じゃないですっ!」
「同棲だよ!? アリスちゃんの事を好きな僕が、僕の事を好きなアリスちゃんと一緒に住むんだから同棲! 絶対同棲ーっ!」
「はぁ!? 私は貴方のことなんか好きじゃありません! 私にはもう心に決めた人がいるんですっ! 貴方のことはむしろ嫌いです! これだけ殴ったり蹴ったりされて、どうして分からないんですか!?」
「いやぁ~、へへ。ちょっと激しめの照れ隠しかなぁって」
「だからっ! ……はぁ」
アリスちゃんが呆れたようにため息をつく。
お? ついに 否定する事を諦めてくれたか?
「私は正直、この世界がどういう所かよく分かっていません。魔法が一切使えないなんて、私のいた世界とあまりに違いすぎますし……それに、さっき貴方が言ってた『私は架空の人物』というのも、未だに信じられなくて……」
「まあ、それはそうだろうね。僕だってある日突然『貴方は架空の人物』でした。なんて言われても信じられないと思うし」
あ、でも子供の頃、ここはゲームの世界で、神様っぽい誰かが僕を操作してて、僕はそれに従って動いてるだけに過ぎない。って信じてた頃があったな。
「そういえば、私はあにめ? というやつとか、コミックという本の登場人物って言ってましたよね? それってどこかで確認できますか?」
「ああ、もちろんありますよここにっ!」
そう言って僕はすかさずリビングの戸棚を開き、ブリリアンティーンの単行本をアリスちゃんに差し出す。
表紙を目にしたアリスちゃんが、慌てたように単行本を手にとって叫んだ。
「クリスくん!!」
「そうそう。ブリテンの主人公はクリスくんで、アリスちゃんはヒロインとして登場してるんだ」
「クリスくんが主人公で……私がヒロイン?」
アリスちゃんが次々とコミックを捲り、内容を凝視していく。そして驚いたように目を見開いた。
「ほ、本当です……今まであった出来事が……ここに描いてあります」
「でしょ? でも今ここにいるアリスちゃんは『アニメのアリスちゃん』だから、少しだけ見た目が違うんだ。こっちを見たほうがより信憑性が増すかも」
そう言って僕はテレビをつけ、ブリテンのブルーレイをセットする。
本編が再生されると、アリスちゃんは文字通り口をあんぐりと開いたまま固まってしまっていた。
「どうかな? これで信じてもらえた?」
「そんな……私……なんで……どうして?」
「で、これからどうするかって話なんだけど。アリスちゃんは僕達と違って、見た目が完全にアニメ調なんだよね。そんな姿で外に出たら絶対目立つし、最悪の場合、二次元美少女に飢えたキモオタ共に捕まって、なんやかんやと凌辱エロゲ真っ青な展開が待ってること間違いなしなんだよ」
「凌辱!?」
アリスちゃんの顔色が真っ青に変わる。よし、後ひと押しだ。いける。
「そーそー。外は危険がいっぱいだよ? それにアリスちゃん、この世界の通貨持ってないでしょ? この現代というコンクリートジャングルは、少女が無一文で生きられるほど甘くは出来てないんですよ」
「それは……確かにそうかもです」
「ね? だったら僕んちに一緒に住んで、二人で元の世界に戻る方法を探すほうが賢明じゃない? アリスちゃんがここにいてくれるなら、衣食住はもちろん、ついでに娯楽も提供してあげるよ?」
「……でも、貴方の家にいることが安全だとは、到底思えないのですが」
「誓いましょう。僕はアリスちゃんの嫌がることは絶対しません。もちろん手も出しません」
無条件降伏するように両手を上げ、にこりと微笑む。アリスちゃんは僕を疑いの眼差しでじっと見つめた。
「今までの貴方の言動からして、その言葉、まっっったく信じられないのですが」
「う……それはまあ、さっきは変にテンション上がっちゃってたから……」
「でも、そうですね……現状貴方に頼るしかないということは、何となく分かってるんです」
ぽそりと呟き、アリスちゃんは今後のことについて思案しているようだ。
僕は静かに彼女の中で結論が出るのを待った。
アリスちゃんは散々悩んで、ついに顔を上げた。