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廊下を歩いてリビングへと入る。ごちゃごちゃと不自然に散らかってはいるが、誰もいない。
テーブルの上を見ると、冷蔵庫の中に入っていたはずのランチパッキュといちご味のポッピーの空袋が置いてあり、普段使っていないマグカップが水の入った状態で置かれていた。
まさかと思い、寝室の扉をそっと開ける。
電気の消えた部屋で、僕のベッドが不自然に膨らんでいた。
足音を立てないようにそっと忍び寄り、布団をめくってみる。
すぅ……すぅ……。
温まった羽毛布団に隠れるように、少女が猫のように身体を丸め、穏やかな寝息を立てている。
柔らかそうな金の髪に、白のカッターシャツとチェックのスカート。白いタイツ。
チャームポイントの青いリボンのカチューシャは、今はヘッドボードに置いてある。
そう。ベッドで寝ていたのは──やはりアリスちゃんだった。
どうやら今朝のことは夢でもなんでもなく、現実だったらしい。
う~ん……どういうことだってばよ。
未だに頭の中は混乱状態のままだけど、目の前にある事実を受け入れるしか無いだろう。
今後のことについて考えなくちゃいけないけど、とりあえず、アリスちゃんが起きるまで待つか。
せっかく寝てるのに起こすの可哀想だし。
しかしまぁ、なんと無防備なことだろうか。
見ず知らずの男の部屋で熟睡だなんて。僕が悪い人間だったらこのまま襲っていたところだぞ?
まあ、僕はそんな事しないけれども……よっぽど疲れてたんだろうか。
たった一人で別世界に飛ばされてしまって、不安だったり心細かったりするんだろうな。
「早くクリスくんに会いたい」とでも思ってるんだろう。ホント……どうしてこんな事に。
恐る恐る頭に手を伸ばし、そっと髪を撫でてみる。
やはり映像や妄想なんかじゃない。柔らかい髪の感触が、実感として手のひらに訪れた。
まさかアリスちゃんの髪を撫でる日が来るなんて、夢にも思わなかった。
幸せっていうのとはなんか違う。だってまだこの状況が信じられないというか、受け止めきれてないし。
でも、なんだろう。
画面越しじゃなく、目の前でアリスちゃんがすやすやと寝息を立てているという事実に、なんかこみ上げるものがある。
いや、別に性的な感情がってわけじゃなくて、なんかこう。癒やされるというか、満たされるというか、救われるというか……かっちり当てはまる言葉が思い浮かばない。
「ん……んむぅ……」
「!?」
アリスちゃんが寝返りをごろんと寝返りを打ってこちらを向く。
起きるかと身構えたが、伏せられた長いまつ毛が開く事はなかった。
暗殺任務を言い渡された忍者のように息を殺し、アリスちゃんへと近づく。
そしてドキドキしながら間近で顔を見つめた。
い、いや、本当に可愛いんだが……やばいんだが……うっ、ダメだ。心臓がっ……。
このまま無防備な彼女を抱きしめたら、僕はどうなってしまうんだろう。
首筋の匂いを鼻腔いっぱいに吸って、唇を奪って、抵抗できないように両手をベッドに押さえつけて、服を乱暴に剥ぎ取って。
それから、それから……おっと危ない危ない。思考がダークサイドに堕ちてしまうところだった。
第一アリスちゃんは16歳。バリバリの未成年である。
同い年のクリスくんならまだしも、僕が手を出したら即アウト。
こうやって寝てる間に勝手に頭を撫でることさえ、多分NG判定を食らうだろう。
それくらい僕にだって分かってる……分かってるさ! 分かってるともッ!!!
でもどうだ!? 今この部屋にいるのは僕とアリスちゃんだけ! しかもなんと彼女はすやすやおねむ中の夢の中!
手を出すのはOUTだとしても、スカートを捲ってタイツ越しのおパンツを見るくらいは──!
そう一大決心をして、すかさずスカートへと手を伸ばし、いざつまみ上げようとした。その瞬間──。
「んん~……はっ!?」
何かを察知したように、突然アリスちゃんの目がカッと開く。
そしてすぐさまスカートをつまんでいる僕の手へと視線を向け、
「けっ……ケダモノぉーーーーーー!!!!」
甲高い悲鳴とともに、短いスカートから伸びる華奢なおみ足が僕の脇腹を薙ぎ払う。
ゴキャと漫画みたいな音を立てて僕の身体が軽く吹っ飛び、そのままカーペットに倒れ込む。
あれ、なんか、もしかして骨……折れた?
「何してるんですか!? 寝てる私にっ……何しようとしたんですかぁ!?」
「あ、ごめ……ん……スカートにゴミ……ついてたから……」
「へ? そうだったんですか? す、すみません私っ勘違いしちゃって!」
「いや、いいんだ。それよりさ……僕達の今後の事を、話し合おうか」
「今後のこと?」
痛む脇腹を押さえながらなんとか立ち上がる。
ベッドの上に座っているアリスちゃんが、不安げに瞳を揺らし、上目遣いで僕を見上げていた。
なんか未だによく分かんない状況だけど、まあいいや。
せっかくこんな美味しい状況なんだから、トコトン楽しまないと損ってものだろう。
諸問題はさておき、今を楽しむことが優先だ。
「そうだよ。僕達は話し合わなくちゃいけないんだ。これから始まる僕とアリスちゃんの……愛で満ちた同棲生活についてっ!」