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あ、やばい違う! これっ完全にやり方間違えたやつだ!?
慌ててズボンを履き、ボールペンを投げ捨てる。
そして言い訳すべく、アリスちゃんへと歩み寄った。
「ご、ごめんっ言い方おかしかったね!? 怖がらせて本当にごめん! ほ、ほらっ、今って早朝だからさ? それに僕、普段はJKモノも全然見るしっ! 今日はたまたま熟女の気分だっただけで……!」
「ひっ! こ……来ないでくださいぃっ」
僕が一歩歩み寄るたびにアリスちゃんの表情がどんどん強張り、身体の震えが増していく。
これはもう、弁明の余地も無さそうだ。
ああ、夢の中とはいえ、せっかくアリスちゃんに会えたのに……僕はなんて醜態を晒してしまったんだろう!
これ以上はもうどう頑張っても仲良くはなれそうにない。
でも、せっかく会えたんだ。僕には何としてでも達成したい事があった。
なので、アリスちゃんが怯えるのも構わずに、どんどん歩みを進めていく。
目の前まで歩いていくと、アリスちゃんは自分の身を守るように頭を手で覆う。
僕がしゃがみこむと、アリスちゃんはぎゅっと目を閉じた。
ああ、本当にアリスちゃんが目の前にいる。
やっぱり可愛いな。天使だ。
そりゃこんなに可愛かったら、10年想い続けちゃうよなぁ。
例え夢の中だとしても、こうやって会うことが出来て、本当に良かった。
「……アリスちゃん。少しだけ、聞いてくれる?」
「た、助けてくださいぃ……!命だけはぁ……!」
「僕、ずっとアリスちゃんの事が、好きだったんだ」
そう優しい声で告げると、アリスちゃんは恐る恐る顔をあげた。
「キミに初めて出会ったのは、アリスちゃんの存在を知ったのは。僕が15歳の時だった。その時の僕は、色々な事に悩んで、苦しんでて……でも、アリスちゃんに出会えたおかげで、キミという存在を知ったおかげで。そんな辛い日常も乗り越える事ができたんだ。それから10年間。ずっとアリスちゃんの事を考えない日なんか無かった。毎日毎日……キミの事ばかり考えてたんだよ?」
微笑みかけると、アリスちゃんの怯えた表情が微かに緩み、ぽかんとしたような表情へと変わる。
「えっと……すみません。おっしゃってる意味が……」
「ごめん。こんな事言われても意味分かんないよね? ただ、僕は伝えたかったんだ。キミのおかげで僕は……たくさん救われてきたんだって」
実際目の前にこうやって現れてくれて、目を合わせて会話ができて、僕は痛いほどに思い知る。
やっぱり僕はアリスちゃんが好きで、好きで、大好きなことに変わりはない。
だからこそ──この恋はもう、終わりにしなくちゃいけないんだって。
「今まで本当にありがとう。僕はキミの事が、本当に大好きでした。せっかく会いに来てくれたのに、なんか……格好悪いところばっか見せちゃってごめんね?」
にへらと笑いかけると、アリスちゃんは戸惑いと混乱の入り混じった瞳で僕を見つめる。
よし、ちゃんと言えた。これでもう思い残すことはない。いや、本当はもうちょっとイチャイチャしたり色々したかったけど……夢の中とはいえ、アリスちゃんにこれ以上嫌われたくはない。
……名残惜しいけど、ちゃんと切り替えよう。アリスちゃんに自分の気持ちを伝えることが出来たし。
これからは、現実と向き合って生きていかなきゃ。
立ち上がって部屋の玄関扉を見る。
こういう夢って、だいたい扉を出たら終わるよな。たぶん。知らんけど。
「じゃあ、僕はこれで」
「え?」
僕を見上げる愛おしい瞳に別れを告げ、僕は歩き出す。すると何かが引っかかるような感覚がしてそれを阻んだ。
見ると、アリスちゃんが不安げな瞳で僕を見上げ、服の裾を引っ張っていた。
「待ってくださいっ! ここ、どこなんですか? 魔法か何かで私を呼び出したのなら、ちゃんと元に戻してください!」
「え? いや。そう言われても……ごめん。僕もどうしてこうなったのか、よく分かってないんだ。たぶんだけど、きっとここは夢の中なんだと思う」
「夢の中?」
「うん。そうとしか説明がつかないし……だから僕があの扉を出たら、アリスちゃんも元に戻るんじゃないのかな?」
そう言って玄関を指差すけど、アリスちゃんはなんだか納得していない様子だった。
「もしそれで貴方だけが元の世界に戻ってしまって、私が取り残されたらどうするんですか!?」
「あ、いやぁ~その発想はなかったなぁ……」
「夢から覚める前に、先に私を元の世界に戻してください!」
アリスちゃんは目を吊り上げて僕を見上げ、服の裾をがっしと掴んだまま離そうとしない。
うわぁ……アリスちゃんの怒り顔……さいっこうにかわいいなぁ……尊い……。
でもこの状況、一体どうしたらいいんだ? 他に夢から覚める方法……あ、
「アリスちゃんって……おとぎ話とか、好きだったりする?」
「へ? なんですか急に。まあ、好きですけど」
「あのさ、ほら、あるじゃん……スリーピングビューティー的な?」
「スリーピングビューティー……ま、まさか!?」
「そのまさかですよ!」
驚愕の表情を浮かべるアリスちゃんの両肩をガシッと掴む。そして有無を言わさずに顔を近づけた。
いや、別にこれ全然下心とか、そんなんじゃないからね!? 夢から覚めるために仕方なくするやつだから!
決してキスなどという不純なものではない! 例えるならそう……マウストゥーマウス!
どっちかっていうと心肺蘇生法だからっ!!!
自分の中で言い訳を見繕いながら唇を尖らせる。アリスちゃんの顔が目の前に迫ってきた所で──。
「けっ……ケダモノーーーーーー!!!!」
ドカゴキガシャーン!
凄まじいパンチが顔面にめり込み、そして僕の身体を吹っ飛ばした。
あ、これ、アリスちゃんがクリスくんに照れ隠しでよくやってたパンチや……ありがてぇ……おおきに……。
至福の表情でふっ飛ばされた僕はコンマ2秒後には壁に背を打ち付け、ずるずると力なくその場に座り込んだ。
「あっ……だ、大丈夫ですかぁ!?」
僕を打ちのめした当の本人であるアリスちゃんが慌てた様子で駆け寄ってくる。
無理矢理キスしようとした僕を心配してくれるなんて……やっぱりアリスちゃんは天使や……。
「ちょっと! しっかりしてくださいっ! 一人にしないでくださーい!」
アリスちゃんが倒れている僕に必死に呼びかけている。
尋常じゃない痛みとともに意識が遠のいてく中、僕はぼんやりと考えていた。
めっちゃ痛いし、顔にめり込む拳の感触とかがかなりリアルだったんだけど……もしかしてこれ、夢じゃないんじゃね? と。