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幕間2-1 原点回帰

 今回は話を二分割しての投稿になります。

 ――ベヨシュタットから遥か東。アシャドールとの国境付近にある山間部にある集落地近くに、ある男が目的とする建造物が建てられていた。


「相変わらず、長い階段だ」


 山頂にある目的地へ続く長い階段はそのまま修行の場として利用され、会談の両脇にはひたすらに念仏のような文言を延々と呟く修行僧が、膝を折って座している。


「そして辛気臭くもある場所ですわね」


 青々とした木々の隙間から見える木漏れ日が、長い階段を照らしていく。そんな真っ昼間の時間帯で、ひたすら一歩一歩と階段を上っているのは一組の男女だった。

 かたや素性を知られたくはないのか、紺色よりもさらに深い勝色かついろに染められたフード付きロングコートに、男は身を包んでいた。念入りといった様子でフードを目深に被っており、その表情や顔つきは一切読めなくしている。しかし腰元には刀を挿げ、そして背中には長剣ブロードソードを背負っているところから、一目見るだけで剣士だと伺える装いをしていた。

 かたや一目見るだけで人外と分かるような、背中に大きな蝙蝠の翼を生やした魔族の女だった。その見た目もまたこのような厳粛な場に合わないような、妙に色気だった雰囲気を醸し出している。胸元の空いた黒のドレスを着こなし、そして長い黒髪を揺らしては修行僧を無意識に誘惑し、精神集中をしようとする心に乱れを生じさせようとしている。


「このような場所に来ることになるとは……私にとってはあまり好みではないのですが」

「そうは言っても仕方ないだろ。これも強くなる為だ、好む好まざるを言っている暇はない」


 そうして男は振り返り、愚痴を吐く魔族の女に向かってなだめるように言う。しかしそれでもまだ、納得がいっていないといった様子で、首を横に振っている。


「しかし目的はそれだけではないのでしょう?」

「ああ……まあ、そうだな」


 そうして男は背中に背負ったブロードソードを意識する。しかしそれだけで、男は再び目的地へと到着するべく、階段へと足をかける。


「全く……主様も人が良過ぎるんですから……」


 しかしそうした面倒見の良さに惹かれる人間が多いことを、女は良く知っていた。

 ――そのせいで、ライバルが多いことも。


「……ようやく、到着だな」


 そうして最後の石段を登り終えた先に広がっているのは、ここら一帯の修行の場を提供している、とある寺院であった。


「ガンド寺院……最初に来たときは、確か残心の会得がきっかけで来たんだっけか」


 そうして男は敬意を示す意味と、身分を明かす意味を持ってフードを取り、その素顔を明かす。

 するとそこには知る人ぞ知る、“元”刀王の素顔が晒されている。


「もう一段階強くなる為にも、出来る限りの修業をさせて貰おう」


 今となっては導きの王、“導王”として名を馳せている世界有数のプレイヤー、ジョージの姿がそこにあった――



          ◆ ◆ ◆



「――まさかお前が今になって訪ねてくるとはな」

「お久しぶりです、師範代」


 ジョージの身の丈がおよそ百七十後半とするなら、師範代はその二倍近くもあるように見える。

 寺院本堂にある巨大な羅刹女の像。それを背にして座しているのは、巨大な鬼だった。


「ここを訪れたのは百年ぶりか? 随分と成長したようだな」

「まあ、そういうことになるな。とはいえ、少しは百年経っても生きてることに不思議に思ってもらいたいものだが」

「お前ほどの男が寿命で死ぬこともあるまいて」

「ははは……適当に理由つけて疑問を片付けやがったな」


 威圧感も含めてのことなのか、細身のジョージと比べて骨格が太いことに起因するのか、いずれにしても師範代と呼ばれた大鬼オーガにとって、ジョージは旅に出てから久しぶりに顔を見せてくれた愛弟子であり、そして息子に近い存在でもあった。


「それで、師匠も相変わらず元気なのか?」

「んー、まあ今はその話は置いておくとして、どちらかというとこっちからも聞きたいことがいくつかある。……特にお前が引き連れている、そこの魔族の女についてだ」

「この大鬼オーガが、主様に剣を教えたという……」


 そのごつごつとした肌の色は灰色で、口元には大きな髭を生やしている。一見すると仙人にも見えてくるようで、その口元からはみ出た牙と剥き出るような眼が、彼を鬼だと知らしめている。

 そして背中に背負っている出刃包丁のような二振りの剣が、彼もまた剣士なのだと理解させている。


「そうだ。わしの名はオンラ。かつて師範に負けたわしはここで四鬼噛シキガミ流を学び、そして今は師範代理としてこのガンド寺院を治めている」

「ならば、こちらも名乗らせてもらおう。“七つの大罪(セブンス・シン)”のラストだ」


 それまでジョージを前にくだけた雰囲気をしていた魔族の女は、名乗りを上げると共に本来のゲーム内における希少なボスとして、威厳を持った態度でその場に臨もうとしている。


「なるほど、“七つの大罪”か。ならばそのような恐ろしいオーラにも納得がいく」

「一目で実力を見抜くとは、流石は主様の師だと言っておこうかしら」


 “七つの大罪(セブンス・シン)”――その名の通り、大罪をモチーフにした七体のユニークNPCを指し示す言葉で、かつてこの世界(ゲーム)におけるプレイヤーのレベルキャップが120だった頃、上限を大きく上回るレベル150の強大な魔物として、世界ゲームに君臨していた。


「そのような者を引き連れられるほどに強くなっていたか……この場にかつての師範がいれば、喜んでいただろうな」

「“かつての師範がいれば”……?」

「いや、過ぎたことを言ってしまった。忘れてくれ」


 意味深長な言葉に引っかかりを覚えたジョージだったが、オンラはそこに触れることなく、次の話題へと移ろうとした。


「師範のことはさておき、ここに来たからにはまた大きな壁にでもぶつかったのか?」

「ああ……すべては俺の怠慢が招いたことだ」

「そんなことはありません、主様! 主様はこうして激しい戦いを生き抜いて――」

「なるほど、こういった持ち上げるだけの堕落した考えを持つ者を近くに置いているせいで、弱くなったのかお前は」

「なっ――」


 オンラからの蔑む言葉にラストは一瞬にして激昂したが、ジョージは遮るようにして手を横に出し、そして自らの言葉でオンラを否定する。


「ラストは関係ない。これは俺の問題だ」

「そうか……? かつて三人組でいたときは、もう少しギラついた殺気とでもいうべきか、勝利に対して貪欲になる姿勢が見えていた。俺も師範も、その強さに対する渇望だけは認める部分があった。だが今のお前には、雑念が多すぎるように見える」

「雑念が多い、というより背負うものが増えた、といった方が正しいな」


 そう、かつて前作で“無礼奴(ブレイド)として名を馳せていた”時期のジョージにとって、自分とともに戦っている者のことなど、何も考える必要などなかった。ただひたすらに強さを求めて敵を斬り伏せ、レベルアップに勤しむだけでよかった。

 しかし“殲滅し引き裂く剱ブレード・オブ・アニヒレーション”へとギルドが変貌していってからは、そうもいかなくなった。それまで共に戦ってきたシロやベスに加えて、グスタフ、イスカ、そして今となっては敵同士となったキリエを含めた、六人で構成される少数精鋭のギルド。とはいえこのギルドになってからは、互いに背中を預けて戦うような機会も増えてきた。

 そしてそこから十年後――ギルドの様相は更に変貌し、“殲滅し引き裂く剱ブレード・オブ・アニヒレーション”はもはや、NPCも含めてそれなりに大きな規模のギルドとなってしまっていた。

 背中を預けて戦う仲間以上に、守るべき者が増えた。そしてその中でもラストという存在は、ジョージにとって一番大きなものとなっている。


「こうして弱くなっていった俺をここまで支えてくれたのはラストだ。いくら師範代とはいえ、彼女をあまり邪険に扱うのは止めてもらいたい」

「…………」


 免許皆伝ともいえる四鬼噛シキガミ二刀流までも教えたあの時とは違う成長――しかしオンラはそれをよしとしなかった。

 弟子ジョージは確実に弱くなっている。それは技術的なものではなく、精神的なものとして、戦いに求められる行動(ルーティン)を、向き合い方を失っているとオンラは考えていた。

 しかしこれは人間の心を理解できない、オンラというこの世界ゲームにおける思考(AI)が下した答えであり、決して百点満点の正解とはいえなかった。

 人間だけが持っている感覚、思考、そして精神――それらを加味すれば、人間だけにしか出せない答えが見えてくる。そしてそれをオンラ(AI)は知らない。


「……して、二刀流まで会得したお前に今必要なものはなんだ」

「ここに初めて来た時と同じだ」

「……そうか。“残心”では捉えられぬ輩も出てきたのか」

「ああ。百年経った間に、この大陸のレベルはかなり上がったらしい」


 二重の意味を含む言葉を前にして、オンラは腕を組んで黙りこくる。


「……一つだけ、方法が無いこともない」

「残心を上回るスキルがあるのか?」

「あるにはある。だが、今度こそ十年単位の修行が必要になる。そしてそれだけの時を費やしたとしてとしても、わしは会得できなかった。それでもやるか?」


 このオンラの言い分を聞いたジョージは、ゲームのフレーバーテキストのようなものだと半分は考え、そしてもう半分は真実だと捉えた。

 百年経ってもクリアさせるつもりはないと、かつてのシステマはそういう意図の発言をしていた。ならばこの修行も下手すれば年単位、運が悪ければ文字通り会得できないまま無駄に時を過ごすことになるだろう。

 しかしそれほどの博打を打ってでも、この場で会得できるだろうスキルには価値はある。そう判断したジョージは、オンラに対して深く頷いた。


「……だったら今すぐにやろう。一週間で二刀流を覚えられたんだ、今度もすぐに、会得して見せる」

「……そうか。覚悟はできているか」


 オンラはそう言って、修行の準備の為にその場から姿を消す。その場に残された二人だったが、ここでジョージが改めて自分にここまで付き添ってくれたラストの方を向く。


「ヴァーミリオン・ヘルの時といい、色々とワガママを言って悪いな」

「いえ、私は一向にかまいませんわ。それが主様の為となるのであれば、百年だって待ち続けますわ」


 冗談のように言ってのけるラストであったが、事実彼女は前作にあたる「キングダムルール」から、今作の「リベリオンワールド」に至るまでのゲーム内での百年間を、ダンジョンの奥深くにて、たった一人で過ごしてきた。それも自分を屈服させ、そして従えてきた主であるジョージの事を、一時たりとも忘れることなく。


「流石に今回は百年も待たせることはしないさ。そうだな……」


 会話をしている間にオンラが担いで持ってきたのは、巨大な箱だった。それを横目に見ながら、ジョージはラストに一つ約束をする。


「……今回も、一週間以内で終わらせてやる。二刀流の時ですら年単位かかるところを、それだけで習得してみせたからな」


 ジョージの余裕めいた言葉に不服を覚えたのか、オンラはわざと重厚な音を立てて箱を床へと下ろす。


「随分と余裕があるように思えるが、今回は二刀流の時とは訳が違う。わしらですら感覚的にしか理解できない程の、別次元の技術スキルだ」


 そうしてジョージの前に置かれたのは、分厚い鋼鉄で作られた箱だった。それも正座して座ることでギリギリ人が一人はいることができるサイズのもの。

 そこから推測できることは、想像するには易かった。しかし実際に課される苦難がいかほどなものなのかは、正確に測り取ることは誰もできないであろう。


「像の前に置かれたこの箱の中で、これからお前は過ごしてもらう」

「……それだけか?」

「ああ。食事も三日に一回以外、一切なしだ」


 つまりは一切の五感を封じられた上で更に行動まで制限される――いわゆるスキルが開花するまで座して待つというだけの、いたってシンプルかつ常人を発狂させるには十分な仕組みだった。


「飯が食えるなら、生き埋めって訳でもないか」

「主様!? それでも三日に一度だけなど、お身体が――」

「体の心配などせずとも、壊れるのは精神が先だろう。これは心身ともに極限状態に身を置くことでしか、開花しないものだからな」


 しかしながらゲーム内とはいえこのような拷問に近い修行を課すものなのか、とジョージは疑問に思った。

 これを乗り越えなければ、新たなスキルは開花しない。その対価として莫大な時間を過ごす可能性と、ともすれば自身の正気度を引き換えにするという極端なリスク。ここまで聞いてからだと、ジョージはなおも頷くことなどできなかった。


「……中断は可能か?」

「できるが、そう簡単にホイホイと断念されても困るからな。それこそ最低でもひと月は過ごしてもらう」

「一ヶ月だと!? シロさんとの約束はあと十日しかないってのに……」


 今更追加で一ヶ月の約束を取り付けるのは格好が悪い上に、そもそも自分自身のレベルアップの為にわざわざ猶予を設けて貰っている以上、ここから更に間延びさせるわけにもいかない。

 最低一ヶ月の可能性を取るか、あるいは諦めて別の道を選ぶか。ジョージの目の前にはいま大きな分岐点が見えている。


「…………」

「……わしも無暗に勧めるつもりはない。何せわしらですら、五十年もの間閉じこもって会得できなかった――」

「いや、やろう。預かっておいてくれ、ラスト」

「承知しました」


 ジョージはそう言って身に着けていた背中に背負っていた剣以外の装備を全てラストに渡すと、箱の中に入ろうとした。


「待て。武器を全て外すとして、背中の剣も外してもらう」

「こいつはただの剣だ。しかも壊れている。中からブチ破ろうにも無理だからいいだろ」

「しかし…………まあ、いいだろう。壊れていたとして、自害ができてしまうからよくないと思ったのだが」

「自害? する訳ないさ。それにこの剣なら、なおさらな」


 そうしてジョージは背負っていた剣を手に取って鞘に入った状態のまま眺めると、再び背負いなおす。そのたった一連の動作だけだったが、ラストは悔しそうに歯噛みをしていた。


「ヴァーミリオン・ヘルにまで行って、あの濃い魔力瘴気と極寒の中、魔力供給の為に三日も滞在したというのに……まだ目覚めないのかしら、その駄犬は」

「そう怒るな、ラスト。今回の修行と同じ、少し気長に構えるくらいでいいかもしれない」


 とはいえ、当の本人は最低でも一ヶ月のところを、スキルを会得した上に一週間で脱するつもりであるが。


「……一週間だけ、待ってくれ」

「何度も言いますが、主様が出てくるまで、お待ちしていますわ」


 そうしてラストはジョージを抱きしめ、そして唇を重ねる。


「っ! ……ウォッホン! とりあえずやるのなら手早く進めようではないか」

「あら? 弟子とは違って、師範の方は女との交わりが無かったのかしら?」

「そもそもうちの寺院は、女人禁制だ!!」

「だから最初から妙にピリついた空気というか、ぎこちない感じが階段を上る段階であったのか……」


 これならば家の方にラストを置いてくるべきだったか、とジョージは反省したが、今更そんなことができるはずもなく、ラストに見送られながら箱の中で姿勢を正し、正座をする。


「……向こうで師範によろしくと伝えてくれ」

「ん? ……今なんて――」


 最後にまた気になる言葉を残されたところで、ジョージの視界は一瞬にして真っ黒となっていった。

 そして箱の上から呪文が書かれた呪符を幾重にも貼って、厳重にジョージの封印をしたオンラは、そのまま振り返ってラストの方を見やる。

 ――その表情は、明らかな敵対者に向けられるものとなって。


「……お前がいなければ、ジョージは残酷なまでの強者でいつづけられた。お前と交わらなければ、余計な考えに心を砕くことなどなかった」

「……何が言いたい」


 既に分かりきっていたことだったが、ラストは敢えて問いを返した。


「知れたこと……ジョージには長期間出てこられず、愛想をつかして出ていったと伝えておいてやる――」

次回は26日の投稿予定です。その後シリーズの次回作の投稿となっていく予定です。

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