フィリスと魔法使いの国 ‐4‐
加筆・修正を加えることがあります。
UP不定期です☆
「わあああ!」
「キャーーー!」
叫び声と、かん高い悲鳴。
私は飛び起きた。
窓から差し込む光の眩しさで、目を細める。
もう日も高い時間のようだ。
最初の声の主はジニーで、あとの悲鳴は同じ寮の女の子たちのようだ。
ジニーはぼさぼさの頭であたりを見回していたが、すぐにどこかへ行ってしまった。
同じ魔法薬を飲んだから分かるけど、あの薬の副作用は眠気だろう。
願いも、はっきりとイメージできないもの、大きなものは叶わない。
そして、願いの重みに比例して眠りこけてしまうのだ。
寝落ちから目覚めれば下級生の寮で、まっ昼間なのだから、ジニーは驚いただろう。
それとも、何か予定があったんだろうか。
どっちにしても、あの慌てよう…。
思わずクスクス笑ってしまった。
「フィリス!ダンスの相手は決まったの」
とアンナが大きな瞳を輝かせながら聞いてくる。
「ダンス? 私はいいかな、そういうの苦手かも」
「えー、基本、全員が参加するよ。広間にも、ビックリなごちそうがズラリ。
すーっごく美味しいんだから!」
よく説明を聞くと、 魔法学校で恒例のダンスパーティが開かれるらしい。
といっても、開催の時期は学長や教授陣の気分次第なんだとか。
そういえば、最初にここへ来て以来、学長をほとんど見かけることもない。
忙しそうな人だし、都合があるのかも。
アンナはすでに、同級生に誘われているという。
寮にいる時間はほとんど、姉のおさがりだというクラシックなドレスを自分で仕立て直している。
笑みを浮かべて、ちょっとソワソワしているのが可愛い。
私は誰かを誘うあてもなかった。
元の世界でも、モテたことがない。
何度か、クラスの女子から
「フィリスのこと、気になってる男子がいるみたい」
と意味深な匂わせをされたことがあるくらい。
でも、誰が好意を持ってくれたのか、すらわからずじまいだった。
ジニーにそれとなく探りを入れたら、驚いたことに、もう相手候補が3人もいるらしい。
しかも、なぜか相手には女性も。
それほど深い付き合いじゃないけど、ジニーは我が道を行く一匹狼タイプだし、同性の親友の存在も聞いたことがなかった。
思わず、首をかしげてしまった。
そうこうしている間に、当日になった。
いつものローブに覚えたての魔法をかけてみたら、奇跡的に成功。
シワが伸びた。
…膝下丈が、10㎝くらいも長くなったので生地も伸びたみたいだけど。
私がローブとにらめっこしていると、ジニーが現れて何か渡してきた。
「これ、どうかな」
何だろうと思いつつ、紙の包みを開けるとそこには薄緑色のドレスが。
ドレスはひとりでに鏡の前へ行くと、フワッと広がる。
「ほら、着てほしいってさ」
「でも…」
「この間、箒から落としてしまったお詫びも兼ねて。きっと似合うよ」
そのとき、なぜかローブが窓からするりとどこかへ逃げていった。
「あっ…!どうして」
「さあ、嫉妬でもされたのかな?」
ジニーがおかしそうに言う。
私が窓から外を見ると、ローブはまるで空飛ぶ絨毯みたいに空を舞っていた。
…なんだか恥ずかしい。
ダンスの時間ギリギリになっても、ローブは空飛ぶ絨毯のまま。
私の箒スキルじゃ、捕まえられそうもない。
伸びたローブでごまかす作戦はボツだ。
私は、観念してドレスを拝借することにした。
スパンコールがきらめく栗色のドレスが似合うアンナが、メイクを手伝ってくれて助かった。
会場は、魔法学校の敷地にある広場だ。
生徒の兄弟や卒業生、一般の人達も来ているようでにぎわっている。
アンナはお相手らしい上級生の男子に手を引かれ、幸せそうだ。
私はおしゃれなグラス入りの泡立つ飲み物や、ひと口サイズのパイみたいな軽食に夢中になった。
アンナの言っていたことは本当だ。来てみてよかった!
ポンポン、と肩のあたりを叩かれて振り向くと、背の高い男性が立っていた。
チェックのスラックスにグレーのシャツ。
・・・なかなかカッコいい人だけど、誰だっけ?
「あの、フィリスさんですよね?」
声で分かった。
「リアンさん!…クッションで助けてくれた」
「あ、ああ… 俺、今年初めて来てみたんだ。
フィリスさんがいるかと思って。
それで、相手は?
もしいるなら、2番目に俺と踊ってよ」
「相手はいないよ。私でよければお願いします」
「ホント?」
リアンがグッ、と手を握り込むのが見えた。
見た目の割に、何だか可愛く思える。
教授が短くスピーチをすると、音楽が鳴り始めた。
上空をシルクのようなツヤのある幕が覆い、ひらひらと舞うのが綺麗だ。
会場を見渡すと、少し遠くにジニーがいた。
ロング丈のネイビーのパンツドレスがぴったりだ。
お相手は…仮面をつけていてよく分からないけど、同じくらいの背丈で、黒のスーツっぽい服装だ。
「フィリスさん」
リアンが手を差し伸べ、浅くお辞儀をしてくる。
「あの、私ダンスはあんまりなの」
「大丈夫、周りをマネて。それと…俺に任せて」
言われたように私は周りを観察した。
斜めに向かい合い、手を合わせてゆっくりと足を踏み出し、弧を描いてゆく。
リアンの手は温かく、眼差しも優しい。
綺麗な瞳・・・。
さっきまでの嫌な胸の騒ぎが、少しずつ和らいでいった。
音楽が切り替わり、周囲が寄り添うように距離を縮める。
リアンに引き寄せられて、戸惑ったけど何とか自分を落ち着かせた。
耳元で何かささやいているカップル、ハグをして目をつぶるカップル…。
こんなムードになるなんて、予想してなかった。
それに__さっき何杯か飲んだなかに、アルコールが入っていたのかも。
何だかクラクラしてきた。
「…フィリスさん。俺…」
「・・・?」
「俺、貴方に言わなくちゃいけないことがあって」
「何でしょう?」
「森で出会ったあの日、君は綿イスの上に落ちて…」
「うん、それで助かりました。感謝してる」
「・・・」
リアンの目線が下に落ちる。
しばらく考え込むように、沈黙が続いた。
「あの…?」
「俺、俺、君のことが気になってて!」
「・・・!」
「あの日からずっと。それで… 俺と、付き合って」
唐突な告白だった。
予想外過ぎて、私は何も考えられなかった。
黙ってしまった私を見て、リアンは何を思ったのか顔を近づけてくる。
私は押しのけようとしたけど、最初から腕のホールドが強く、ムリそうだ。
狩りで鍛えてるのはホントらしい。
それで、顔をそむけようとしたら__
ぶわっ!!と風が吹いてきて、反射でギュッと目を閉じた。
目を開けると、さっきまで上空にあったはずの幕が垂れ下がり、私とリアンを隔てていた。
しかも、私が見ている前で、リアンは幕でグルグル巻きにされ、窮屈そうに地面に転がった。
「…!うううーーー!」
口のあたりまで覆われて、息ができないのか苦しそうにもがいている。
驚きの展開が続いて、私は声も出ない。
最初に駆けつけてきたのは、細身の男性。
長い髪を後ろでひとまとめにしていて、薄い藤色のスーツを着こなしている。
顔は…目だけ隠れる仮面をつけていて、分からない。
彼はリアンに向かって杖を振り、幕から解放していた。
リアンの無事な姿に、私はホッとした。
「何だ、どうしたんだね!?」
騒ぎに気付いた教授たちがわらわらと集まってきて、リアンと私は事情を聞かれた。
幕が落ちたのは偶然か、魔法かでだいぶ議論していたけれど、それもダンスパーティのスパイスになり、例年よりも盛り上がったとアンナは言っていた。
ジニーには一部始終を話して聞かせてと言われたけど、私のつたない説明で、どれほど伝わっただろうか。
その夜のメインは、何よりも大広間の長テーブルを覆い尽くすごちそうの数々だった。
見たことのない形のジューシーなフルーツがこんもりと盛られ、味わい深い肉料理、香ばしいパイや雑穀パン、カラフルなゼリーに、私は夢中になった。
リアンはエピーに見張られつつ、広間のごちそうも楽しんでいたけれど、私を見つけるとそばへやってきて・・・。
「ゴメン…なさい。俺、自分じゃなかったみたいで」
飲み物のせいかも、と謝ってきた。
結果的に『衝動キス』には至らなかったワケだし、きっと飲み物でフラフラしてたのはお互いサマだろう。
「大丈夫、気にしないで」
とだけ言っておいた。
ただ、リアンがそのあともモゴモゴ何か言いかけようとすると、エピーがいつの間にかそばにきていて
「ハイ、ソコマデデスヨ! ゴチソウハ マダマダ ツイカガアリマス」
と上手くさえぎってくれ、心強かった。
こんなに察しがいいと、もうただの機械…じゃなく、魔道具には思えなくなってくる。
私はアンナやジニーと星の輝くバルコニーに座り、今日の出来事を話し合った。
珍しく聞き上手なジニーが、アンナに色々と質問する。
「キールさんと初めて会ったのは、学校の図書館よ。私より、2つ年上。
彼はとてもマメな人ね。よくバード便で手紙やちょっとしたものを送ってくれる。
去年もダンスパーティのお相手になってもらったの。
ただ、私の足を踏んづけちゃって…でも今年は、だいぶ練習を重ねてくれたみたい」
うっとりと語るアンナの背後には、マゼンタ色のハートマークが浮かんでは消えるのが見える気がした。
それに、つられて私まで幸せな気持ちになる。
私はジニーの話も聞きたかったんだけど、ジニーははぐらかすのが上手すぎた。
聞きだせたのは、お相手は2人だったってことだけ。
どうしても断れない事情があったらしい。
いがいに情報通なアンナが、後日仕入れた話では
「ジニーさん、ダンスを申し込んできた女の子に頼まれたみたい。
初めてダンスパーティを見に来てくれるおばあさんに見てもらいたいからって。
きっと、おばあちゃん子なのね。
・・・それで、男の人にも見える格好をしていたんだわ」
アンナの話を聞きながら、私は何だか気の毒な気がした。
(ジニーもきっと、ドレスを着たかっただろうな。もしかして、私に貸してくれたドレスって…)
ちなみに、あの日の夜、寮に戻るとローブはきちんと畳まれた状態で衣装カゴに入っていた。
ジニーにその話をすると、なぜだか大笑い。
「いっそ、魔法をかけて空飛ぶローブにしちゃおうよ!」
と言うので、私もつられて笑ってしまいそうになったが
「箒くんが今度はご機嫌を損ねて、飛ばなくなったらどうしたらいい?」
と本気で困った顔をすると、ジニーはさらに面白がっていた。