フィリスと魔法使いの国 ‐2‐
編集・加筆することがあります。
UP不定期です☆
魔法学校の寮で一夜を過ごし、起きて身支度をしていると、同じ寮の先輩らしき男の子が軽食を届けてくれた。
なんでだろう。全然目が合わない。
背が高くて大人っぽい人だ。
銀のトレーにはホットココアのようなものと、パン、それに見たことのない大きな目玉焼き?がのっていた。
「どうもありがとう、ございます」
私が言うと、ニコッと笑い、せわしなく去って行った。
これから授業でもあるのだろうか。
湯気の立ちのぼる飲み物は、ちょっとスパイシーな香りもした。
『オホン ガクチョウ ヨリノ デンゴンデス』
食べ終わるころを見計らったようなタイミング。
振り向くと、エピーがいた
小さな機体…いや、身体をしているけれど、姿を消す魔法でも使っているのだろうか?
というくらいに気配がない
「伝言・・?何かしら」
『エー フィリスドノ キコウハ ワタクシノ ミタテニヨルト
マホウツカイ ノ サイカクヲ ジュウブンニ オモチダ』
「魔法使いの 才覚・・はあ。そうでしょうか」
なんだかちょっと嬉しい気もする。
『ツキマシテハ モトノセカイヘ モドルマデノアイダ
ゾンブンニ マホウガナンタルカヲ マナンデイタダキタク
カリニュウガク ノ ソチヲ トラセテイタダイタ
アア、タダシ アクマデモ カリ デアル
フィリスドノノ ゴイコウヲ オウカガイシタク』
「・・・!!」
胸が高鳴り、暖かくなるのを感じる。
『ドウシマスカ?』
「も、もちろん 仮入学でお願いします・・!」
『ワカリマシタ デハ モロモロノ ジュンビヲ スルノデ ・・・ツイテキテ』
「はい!」
学校を出て、郊外の通りへ案内される。
朝日に照らされる街の様子は、昨夜の風景とは違ってみえた。
よそ見したい気持ちをおさえ、エピーについて行く。
『コノ オミセニハイリマスヨ』
魔法道具店のようだ。
現実世界のノートにあたりそうな巻き物と、つけペン。それに意匠のこらされたインク壺。
スケッチにも使えそうだな、使ってみたいと私が想像を膨らませていると__
『ジャア ソチラデスネ デハ ツギヘ』
「えっ、待ってもう少し」
『ゴゴイチデ ジュギョウガアルノデス スコシ イソギマショウ』
「はあ、なるほど」
エピーに導かれるまま、3軒のお店を回る。
教科書らしき本、ローブの下に着る服。
それに、お菓子も買うことができた。
『ヨテイニハ ナイノデスガ ヨッテイキマショウ』
私の様子を見て気を遣ってくれたのか、小さなカフェのようなお店にも立ち寄った。
冷たいレモネードのような飲み物は、リフレッシュにぴったり。
ライ麦?サンドは見た目よりもはるかに美味しく、
食べる前に具材が何かとさんざん探ったことを忘れるくらいだった。
午後、とエピーは言っていたが、教室で1時間は待ったと思う。
生徒たちの様子や話では、先生の『都合、気分』や教室までの道のりが変わり、早まるとか遅延も多いのだとか。
やってきた先生は、洒落たとんがり帽をかぶっていた。
でも、なぜかローブが煤だらけで、顔も薄汚れていた。
しかも、よくよく見ると犬のような長いしっぽが腰のあたりでユラユラとゆれている。
それまでの緊張がとけ、思わず吹き出しそうになってしまう。
・・いや、もしかしたらそういうデザイン、お洒落なのかもしれない。
「ごきげんよう、諸君」
意外に、よく通る声。
壇上での自己紹介もそこそこに、教科書を開くよう指示される。
「あれ・・・?」
指定のページに載っている図や文字が、周囲の生徒らのそれと違う。
目をこすってみたり、隣の席の子のと見比べたり・・・
やっぱりだ、おかしい。もしかして間違えたのかな?
と思っていたら、隣の席の三つ編みの女の子が急にアッハハと笑い出した。
先生がすぐに気づいて、こちらへやってくる。
「どうしました?手を挙げて説明なさい」
「はい先生。 隣の子の本が、言うこと聞かないみたいでぇす」
サッと教科書をかすめ取られ、空中でクルクルと回される。
私が戸惑っていると、周囲の子たちに順に回っていき…。
プッと吹き出す子、シビアな感想を言う子もいる。
先生がどこからか取り出した短くて黒っぽい杖をヒュン、と振ると、教科書はひとりでに私の机に戻ってきた。
「ああ。事情は分かりました。この章は役に立つけれど、ちょっと気難しいですからね。
…それより、魔法に触れたことのない新入生を笑うなんて、恥ずべきことですよ。
他の人も、少しは手助けしてあげなさい」
言うこと聞かない?気難しい?そんなの初めてだ。
私の頭が疑問でいっぱいになる中、授業はさらに進んでいく。
もっとも簡単な部類だという魔法薬の調合。
順に混ぜるだけ、と先生は自信たっぷりに言った。
けれど、その通りにしたつもりでも途中から明らかに失敗で、最後にはガラスの容器が粉々になってしまった。
次に、杖との対話。
…私の杖は、エピーが用意してくれた『借り入学さん用』なんだけど。
観察していたら、小さなヒビ割れに気が付いたのは収穫だったと思う。
でも、油のようなものを塗ろうとしたら、杖が3回も吹っ飛んであきらめる羽目に。
杖もご機嫌を取らなきゃいけないのかな?それとも、昼寝したタイミングで?
周囲の魔法使いたちは、何をしてもヘタで失敗ばかりの私を容赦なく笑う。
(はあ・・・これじゃ、友達なんてつくれそうにない)
無邪気な様子で、悪気はないんだろうなと思う。でも、私は急速に自信をなくしていった。
魔法生物に触れ合えると聞いて、期待していた野外授業では、私だけひっかかれて傷を作った。
目がパッチリで可愛い顔をしているし、フワフワの見た目からは想像もできなかった。
「疲れたあ」
さんざんな時間がようやく終わった。
でも、寮へ戻る気になれず1人でいると
「もしかして、貴方がフィリス?
私、ジニー。仲よくしましょ」
ジニーと名乗ったその人は、25歳くらいに見えた。
スラッとした長身で、長く伸ばした色素の薄い髪を無造作に束ね、銀縁メガネをかけている。
「あ・・・よ、宜しくお願いします」
仲良く?落第生の私と・・?
内心、首をかしげていると、ジニーはつづけた。
「ねえ、噂を聞いたんだけど、遠い遠い異国から来たんでしょう。
そこにはどんな魔法素材があるのか、話して聞かせてよ!」
切れ長な濃い藤色の目が、眼鏡の奥でキラキラと輝いている。
「カバンを持ってたって?ぜひ、中身を見せてほしいなあ。それに、着てきた服も」
グイグイと質問を投げかけてくるので、正直タジタジだ。
でも同時に、普通に話せる人がいてくれたと安堵もしていた。
「ん?それどうしたの?見せて」
ジニーは私の手を取り、顔をしかめた
「うわ、コレほっといたらダメなやつ」
「え、そう・・なんですか」
「うん。じわじわ侵食してる。痛かったでしょ」
言われてみれば、じんわり痛い。
しかし、ジニーは怖いことを言う。あのフワフワ、もしかして毒でももっていたのだろうか。
大丈夫な時と、そうじゃない時があってねぇ…とブツブツ言いながら、ジニーはローブから小瓶を取り出し、手際よく中身を傷に振りかけた。
「あ、何だかもう、痛くない」
それに、何だか気分がいい。
「治りかけるときに、色んな気持ちになるのがちょっと…だけど、今回はラッキーだった…いや、効き目は確かだから」
やっと聞き取れるくらいの声量でサラッと言い、ジニーはポンポン、と私の頭を軽くたたく。
それから、きびすを返してどこかへ行ってしまった。
「…行っちゃった」
どこへ行くともいわないで急に消えてしまうのは、朝の男の子もそうだった。
急に、お腹がすいた。
私は小さなあくびをして、広間へと歩き始めた。
それから数日。
ジニーはほとんど毎日、私に会いに来てはおススメだという魔法書を貸してくれた。
それだけじゃなく、使い方を上手に教えてくれたのだが、私はなかなか魔法を使えないでいた。
強く憧れ続けていたのは確かなんだけど、実際にとなると話が違った。
授業での数々の失態も、少しマシになったものの続いていて、それも自信を持てない理由みたいだ。
私の話を聞いたジニーは、優しい眼差しを私のほうに向けながら
「いるよ?未だに魔法が使えない子。
向いてないとか、スランプもあるけど。
勉強不足、やる気や興味の薄さが問題だったりする。
うまくごまかしてるのもいれば、他の特技を伸ばしてるのもいる。
フィリスはさ、異国から急に転移してきたんでしょ?
それまでは、ぜんぜん魔法のない世界にいた。
最初から上手くいかないのは、当たり前なんだよ」
「・・・そうかなあ。
何だか、気が楽になったかも」
「ふふ。今度、失敗したと思ったら落ち着いて、笑ってる子を観察してみるのもいいね。
そんなのに限って、じつは魔法が扱えないとか、苦手かも」
「えー、できるかなあ」
「できそうなときだけでいい。 あ、気分を変えるのにぴったりのイベントがあるんだけど」
「えっ 何何?」
「見てのお楽しみ。目をつぶって」
目を・・・?私は一瞬考えたものの、すぐにその通りにした。
「私のローブのすそをつかんでおいて。離さないで」
すぐにジニーが詠唱をし始め、私は薄目を開けたいのを全力でガマンした。
目を開けていなくてもわかるくらい、グニャリ、と足元がゆがむ。
「いいよ、目を開けて!」
ジニーの声で、パッと目を見開くと、そこはとても不思議な空間だった。
幹が湾曲した大きな太い木が目に飛び込んでくる。
ゆらり、ゆらりと枝をゆらしながら、なんというかご機嫌そうだ。
木を背景に、上を見上げると雲1つない青空が広がっていて、地面には湿り気のある綺麗なグリーンの苔が辺り一面に生い茂っている。
歩くと絨毯のようで、気持ちがいい。
来ている人はそこまで多くないけれど、皆くつろいでいて楽しげだ。
木に寄りかかっておしゃべりしたり、魔法道具で遊んだりしている。
「すごい・・これって魔法?」
「ピンポン♪私が友人と一緒に考えたんだよ」
「え、ジニーさんが? ここは魔法学校のどこかなの?」
「よく分かったね。印をつけて、すぐ飛べるようにしといたんだ。
気晴らしのためには遠くに来たと思わせたかったけど、当てられては正直に言うしかないね」
「こんな場所、あったかなあ」
「つくったんだ。空間も魔法でつくれるんだよ。あの青空も、大木も」
「色んな魔法があるんだね」
「そうだよ。試しに空を曇りにして、わたあめみたいな雲でいっぱいにする?」
「曇りって私好き。そんなこともできちゃうんだ。
それに、魔法道具もたくさんあるのね」
私は思わずかけ寄って、魔法仕掛けの道具を次々に手に取った。
すかさず、ジニーが解説してくれる。
「お客さんお目が高い!
それは、飲むとほんの少しの間、試験の問題がスラスラ解けるようになる魔法の薬だよ」
「それって最高」
「今ならお安くしとくし、試してみないかい?」
「買えるんだ・・。ぜひ、次の授業で使ってみたいな」
「フィリスには今回特別にあげちゃう。お近づきの印ね」
「いいの?嬉しい・・!」
ジニーは商売も上手いみたいだ。
「ああ、その丸っこい植物は、ちゃんとお世話をすれば幸運を授けてくれるよ」
「コレって植物だったの…人気ありそう」
「ああー、それが、じつはまだ試作段階で、見本品。売り物じゃないんだ。それに…」
「えー、残念。。いつ発売になる?」
急にたじろぎだしたジニー。わかりやすい人…いや、魔法使いだ。
幸運をつかむ代わりに、何かよくないことでもあるのだろう。
定期的に催しているというジニーとお仲間による、魔法道具の展示即売は大盛況。
あとからどっと生徒・・だけじゃなく教授や、どうみても一般の魔法使いも押し寄せて、なかなかににぎやかだった。
ジニーは、じつは学友や教授たちからも一目おかれる存在だということを、私は改めて知ることになった。
ジニー本人やおしゃべりな生徒の話を盗み聞きして、つなぎあわせたところ、10代のジニーは何度もこの魔法学校を飛び出すいわゆる問題児だった。
時には2~3年戻らないこともあって、何度か行方不明を知らせる広告にまで載った。
ただし、不定期にひょっこりと現れては貴重な魔法素材を沢山持ち帰り、教授陣や両親から、代わるがわるお説教を受ける代わりに復学。
発明した魔法道具が優れていたので、一躍ちょっとした有名人になり、落第生の汚名はいつからか、優等生になり、今では特別優待生といったところだろうか。
魔法学校には実験の設備がそろっているから、実家が代々続く魔法使いの家系とはいえ、裕福とまではいえないジニーにとって、何かと都合がいいらしかった。
「お友達やご両親は心配したんじゃない」
と私が聞くと、ジニーは懐かしむように眼鏡の奥の目を細めながら、
「両親のことは尊敬してる。公的な仕事柄、ちょっと堅苦しいところもあったけど。
忙しい人たちで、兄弟も上と下にいるものだから、私のことだけ考えていられなかったみたい。
まあ、かえってそれがよかったんだけどね。
友達…は私と似たところがあって、同じく放浪癖があったり、順当に進学して卒業していった。
バード便でたまに連絡し合うくらいだね」
ジニーが家族や友人のことを語るとき、表情が何とも言えず優しい。
もっと聞いていたくなる。
きっと、いいご家族や友人に恵まれているんだろうな。
それに比べて私は…。
少しだけ、しんみりしてしまう。
お父さんお母さん、それにお兄さん、どうしてるかな。
私のことなんて、気にも留めていないかもしれない。
それに、木から落ちた後の私は、どうなったんだろう…。
正直、考えたくもない。
急に静かになったのを察したのか、ジニーは
「ねえ、これ食べてみない?感想教えてよ」
と棒付きの飴玉のようなものを手渡してくれた。
口に放り込むと、ほんの少し酸っぱさのある甘みが広がった。
あれ?何だか気持ちが…。
急に、目の前がパッと明るくなったようだ。
それに、温かい飲み物を飲んだ時みたいに、ぽかぽかしてくる。
「気分はどう?いま、フィリスに必要な気持ちになれるはずなんだけど」
「ジニー…!貴方の発明ってすごい!」
「エヘヘ…出世払いで頼むよ」
ジニーは照れくさそうに笑った。
こんな素敵な友達が、私のことを気にかけて信じてくれる。
もう少し頑張ってみようかな。
そんな気になっていたのだけど…
「ウッ。何、この・・・味」
あまりの苦みに、私は思わず顔をしかめて口をおさえる。
「ああーーー、しまった! 入れとくポケットを間違えたよ。
それはクレームがついて改良が必要だから、持ち帰るぶんだったのに!
ごめん、ごめん。
はい、これ飲んで」
「だ、大丈夫…!平気」
「ホントに?沢山あるから、口直ししてね」
喉がザラついてきて、私は何も言えなくなった。
さっきまで雲の上にあったジニーの印象を、書き換えないといけないみたいだ。
でも・・・。
目の前でオロオロするジニーの姿を見ると、わざとじゃなかったんだなぁと分かる。
差し出された飲み物を受け取り、流し込むと少しずつ、気分も喉の調子も戻って来た。
落ち着いてきた私は思わず、クスクスと笑った。
ジニーの慌てようが何とも言えず面白くて、我慢できなかったのだ。
私に笑われたジニーはまた、照れくさそうにとんがり帽子に手をやっていた。