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フィリスと魔法使いの国

随時、修正や編集など加えることがあります。

UPは不定期です。

 

 日が傾き、街頭の明かりが瞬きだす頃。

 くすんだ赤やベージュのレンガ造りの、洒落た現代的な建物が立ち並ぶ街路。

 人の流れに逆らい、歩いていく女の子がいた。


 膝上くらいの短いズボンに、短い丈のジャケット。

 それに、真新しいスニーカーを履いている。

 小わきには、スケッチブック。

 肩かけの丈夫そうな布製のカバンには、画材でも入っているのか、ちょっと重たそうだ。


 まだ幼さの残る顔立ち。

 大きなこげ茶の瞳を、長い睫毛がふちどっている。

 明るい栗色の髪が肩のあたりで少し外まきにカールし、動きに合わせて軽やかにゆれていた。


 (うー、何だか今日はいいモチーフに出会えなかったかも)


 だいぶ歩き疲れているようだ。


 (ちょっと寒いし、ここから1ブロック先のカフェで、いれたてのカフェラテを1杯。

 でも、ママがムダ遣いするダメな子だってまた怒るだろうから、やめておこうか・・)


 ふう、と小さく息をついて立ち止まった時、視界をグレーの何かがサッとよぎった。


 「あ!この間の・・」


 こげ茶の瞳がパッと明るく輝いた。


 今までの疲れも忘れたのか、スケッチブックを鞄に仕舞い、グレーの毛並みをした猫のあとをついて行く。


 石畳の小さな路地をいくつも抜け、目を凝らしてみるが、猫はもうどこにもいない。

 わりと大きな身体だから、見失うこともなさそうなのに。


 あきらめて帰ろうとしたとき、かすかに鳴き声が聞こえてきた。


 『にーー、にあ~・・』


 どうやら、上からのようだ。

 ゴツゴツとした幹の、大きな木が目に留まる。

 木の下まで来て、枝を目で追っていくと・・


 だいぶ上あたりに、グレーの毛玉が確認できた。


 「こんにちはーだよー」


 笑顔で手を振り、呼びかけてみたけれど、どうも様子がおかしい。


 「ん・・も、もしかして、動けないの?」


 『にゃーー・・』


 「そこまで登れたのに?案外、ぶきっちょさんなんだ」


 手足を突っ張らせ、苦しそうな態勢。

 ツメがひっかかってしまったのだろうか。

 

 「木登りなんていつぶり・・できるかな・・でも」

 

 怖さを打ち消すように、小さくつぶやく。

 どうしても放ってはおけないようだ。


 近くの石塀に上ってから、片足をかけて手を伸ばしてみる。

 でも、猫は怖がっているのか、身体をこわばらせるだけだ。

 さらに、威嚇(いかく)するように鳴き始める。


 まだ、高さが全然届いていない。

 

 キョロキョロとあたりを見まわす。

 (ダメだ。こんな裏路地じゃ、めったに人も通りかからないし)


 再び、登ることに集中する。

 少しずつ、近づいていく。


 「ねえ、大丈夫。私を信じて。

 ・・・覚えてない?おとつい、絵のモデルになってくれたでしょ。

 だから、私たちはもうお友達。

 少なくとも、私はそう思ってるの」


 すると、猫がパタリと威嚇をやめた。

 そのすきに、と思い切って手を伸ばし、猫の足に触る。


 慎重に、少しずつ力を入れていくと、木の皮に挟まっていたらしい猫の足が自由になるのを感じた。


 グラッとなりかけた猫だが、自分で体勢を立て直した。

 やわらかな身のこなしに、思わず見とれる。


 猫がサッと石塀に飛び移り、上手におりていくのを見届ける。


 そこで、夕飯の時間を思い出した。

 急がないと、確実に怒られてしまう。


 手に力をこめようとして気がついた。

 身体が全然、言うことを聞かない。

 足もこわばり、ガクガク震えている。


 気づかないうちに、己の限界を迎えていたらしい。


 「あ、あれ?」


 (これじゃ、あのおっちょこちょいより悪い)

 一瞬、パニックになった次の瞬間___


 グラリと身体が揺れ、木の幹から急降下していった。

 落ちながら意識が遠のき、これまでのことが頭の中を駆け巡る。


 (これで最期なら、飲んでおけばよかった。カフェラテ)





 _______________________



 『ドウカ サレマシタ カ』


 機械のような、声がする。


 私はゆっくりと目を開けた。


(私・・・助かった?)

 恐る恐る、起き上がってみるけれど、どこも痛くはない。

 何だかフワフワした感覚はあるけれど・・・。


 ゆっくりと歩きだして、目を見張ることになった。

 そこは、古めかしい荘厳なとんがり屋根の立ち並ぶ、大きな街なのだった。

 行き交う人達をよく見ると、なぜか細長い棒を手にしていて、(ほうき)を持つ人も多い。

 (大掃除でも、するのかな?)

 よく観察してみると、(すそ)が長くて(ほこり)っぽそうな服装の人が多い。 

 ジーンズや運動靴なんて身につけている人はいないのだ。


 路地奥の露店から、こちらをジロジロとみてくる気難しそうな老婆。

 眼光が、本当に恐ろしくて背筋がゾッとなった。


 これだけは分かる。

 私がずっと住んできた街とは、あきらかに違う。


 「どうして・・・」


 戸惑い、泣きそうになる。

 ___その時だった。


 『ダイジョブ デスカ』

 

 振り向くと、ロボット?のような小さな飛行物体がいた。

 ()()()に、色々と聞かれる。


 『オナマエハ ナントイウノデスカ』


 「あ・・、フィリス・・です」


 『フィリス サン デスネ フム アア ワタシハ エピー トイイマスヨ』


 私の変わった風貌(ふうぼう)が珍しいのか、みるみるうちに、周りにもちょっとした人だかりができる。


 飛行物体エピーにツイテキテ クダサイと促され、後をついて行く。

 橋を渡った先__ひときわ目立つ建物に、案内されるようだ。


 「わあ___」


 見上げると、そこには空飛ぶ箒にのって颯爽(さっそう)と滑空する人たちがいた。

 それに、空飛ぶ翼竜のような生物も・・・。


 信じられない。でも、驚きすぎると、かえって感覚がマヒするのかもしれない。

 

 何より、私にとって実は小さいころからあこがれ続けた世界だったのだ。

 

 着飾ることに目がない母親。

 兄にだけ期待をかける父親。

 

 若く綺麗な母は、ドレスやジュエリーの新調とお手入れにいそしみ、娘には関心がないようだった。

 私は父を心の奥で尊敬していたが、その思いはいつも決まって一方通行。

 試験の成績がたとえ満点でも、それはフィリスの父親にはまったくもって興味のないことだった。

 

 でも、そのことにハッキリと気づかないくらい、フィリスはいつからか、魔法の本の世界に没頭していた。

 7歳のクリスマスにねだって買ってもらった本はボロボロになるまで繰り返し読んだ。

 それに飽き足らず、学校や街の図書館でも魔法に関する本を沢山読んでいた。

 

 ユラユラと動く何かに気づき、フィリスは窓から小部屋をそっとのぞき込む。

 実験に使っているのだろうか__。

 大きなフラスコや怪しげな器具が、誰も触っていないのにゆっくりと規則的に旋回(せんかい)している。


 壁や掲示板のポスターも、まるで動画のように動いている。


 長いローブを身につけ、とんがり帽子をかぶった女の子たちや、若いカップルとすれ違うときは、好奇心に満ちた視線や、鋭い視線を感じた。 


 ここには、本の中でしか知らなかったものすべてがあるようだった。

 


 『サアサア イキマスヨ』

 

 急かされて、ハッとする。

 周りを見回しすぎて、エピーについて行くのが遅れていた。

 

 奥の部屋へ入るよう促される。

 おそるおそる、ドアノブに手をかけようとすると、開いた。


 「・・・!!」

 

 つんのめるように、部屋の中へと吸い込まれる。

 入り口から想像もしなかった広々とした部屋には本棚一杯にぶ厚い本がひしめき合い、壁際には無造作(むぞうさ)に濃い紫色や透明の大きなクリスタルが置かれている。


 「ああ、来ましたね。こっちです」


 奥まった場所に、大きな木製の机があり、誰かが座っている。

 近づくと、年齢不詳で私よりも若く見える、きちんとした身なりの男性だった。

 

 白い縦えりにベルベットのような深緑色の衣装。 

 控えめだけれど金色の文様や装飾が施されている。

 

 目が合うと、ニコリとして穏やかな表情を見せてくる。

 

 「お客様だね。待っていたよ」 


 「あ、ど、どうも・・・私、フィリスと申します」


 「じつに挨拶が上手だ。それに、いい名前だね。君をよくあらわしているじゃないか」


 「・・初めて言われました」

 

 「失敬。私はラウル。この魔法学校の学長だ」

 

 「はあ・・・魔法学校・・・ですか」


 「ふふ、面白い。正反対の2つの思惑(おもわく)がせめぎあっているような。

 ここへ来るまでに、君の賢そうな瞳がとらえたものがすべてだよ」


 「あ、あの! エピーさんも、魔法ですか?」


 学長ラウルの目がふっと笑う。 


 「もちろん。魔法道具研究所の発明だね。

 あの形になったのは、エピーの意志だけど」


 「意志・・失礼ですけど、てっきりロボットかと思ってました」


 「ロボット…。機械のことかな。

 どうだろう?見た目がすべてではないからね、この世界では

 君の世界ではどうだい」 


 「ええと…」


 「___さて、まずは温かい食事、そして休むことだ。

  きみには特に必要なようだ」

 

 「え でも・・・」


 「心配しなくていい。ここは安全だし、すべての学びたい若者に開かれた場所なんだよ」


 穏やかな口調で語られるうちに、私はストンと納得した。 

 もしかして、学長の魔法だったのだろうか?

 

 あたりは真っ暗で、だいぶ遅い時間に思えたが、ライトに照らされた明るい広間にはまだたくさんの人___いや、年若き魔法使いたちがいる。

 壁に寄りかかるようにしておしゃべりしたり、白いお菓子みたいなものをどれだけ詰め込めるか競いあったりしている。


 エピーから渡された、ローブのような丈の長いものを上に着たせいか、それほど目立たなくなって助かった。

 私は色とりどりの沢山の種類のスープに、謎の野菜がふんだんに使われたサラダ。そして、黒っぽくてちょっとかたいけれど、香ばしいパンをゆっくり味わうことができた。

 


 そして、広い寮の隅にあるベッドで、眠りについたのだった。


 

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