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最愛の婚約者が「予言の書を拾った」からと、婚約破棄を迫ってくる

作者: 猫人鳥
掲載日:2026/02/04

「サイラス様! わたくし、"予言の書"を拾いましたの!」


 セレーネのその言葉は、私の悲劇の始まりだった。


「ねぇ、サイラス様? いつ婚約破棄をして下さいますの? 早くして下さいな」

「セレーネ。それは出来ないと何度も言っているだろう?」

「ですがこのままでは、"聖女様"が現れてしまいます」

「そんなものは現れないし、仮に自らを聖女だと自称する者が現れたとしても、私は相手にはしない」

「ですから、そんな事はないのです! サイラス様は聖女様の献身に胸を打たれ……」

「はぁ……」


 王城内の私の執務室。

 特別に許された者だけが立ち入ることの出来るその空間に訪れた、私の最愛の婚約者であるセレーネは、今日も同じ話をする。

 予言の書に書かれている未来を信じ、その未来に抗うためだからと、私との婚約破棄を要求しているのだ。

 私にその気はないと何度言っても、彼女は聞く耳を持たない。


 このアルカディア国の第1王子である私、サイラス・シグルード・アルカディアに、アストラル公爵家のご令嬢との婚約の話が持ち上がったのは、私が7歳になった年だった。

 当時5歳だったセレーネは、まだ5歳であるというのに、公爵令嬢として見事なカーテシーを見せた。

 幼いながらにも公爵令嬢として振る舞おうとするその姿勢は、次期王妃としてもふさわしいと、誰もがこの婚約に前向きな考えを持った。


 もちろん私もそうだ。

 私よりも2つ歳下だというのに、自分の責務を果たそうとしているその姿に胸を打たれたし、正直一目惚れだった。

 こんなに可愛い人が自分の婚約者となったのだという事実に舞い上がりそうになるのを必死に押さえ、彼女と共にこの国をより良くしていこうと誓った。


 それからはセレーネと過ごす時間が増えた。

 2人で共に遊び、共に学び、共に視察旅行へと行き、私と彼女は互いに信頼し支え合えるパートナーになった……のだと信じていた。

 あの日までは……


 セレーネが12歳になった年、彼女はアストラル領の視察に向かった。

 私も同行したかったが生憎と予定が合わず、彼女は私に、


「お土産を買ってきますね!」


と、笑いながら出掛けていったんだ。

 だが領地から帰ってきた彼女が最初に言ったのは、


「サイラス様! わたくし、"予言の書"を拾いましたの!」


という、理解し難い発言で……


「お、おかえり、セレーネ。えっと、予言の書? それは何だい?」

「わたくし達の過去と未来についてが書かれた書物ですわ!」

「……未来?」

「はい!」


 詳しく聞いてみると、セレーネは領内の森へ森林浴に行く途中の道で、1冊の本を拾ったのだと分かった。

 そしてその本には、何故か私とセレーネの名前が書かれており、私達の婚約や旅行といった思い出の日時が正確に書かれているのだと言う。

 しかも過去の事だけではなく、未来についても書かれていると……


「この書によると、今日がこの日です。"急に豹変してしまったセレーネにサイラスは混乱する"と書かれています! ねぇ? その通りでしょう?」

「豹変? い、いや、待ってくれ。私は混乱など……」

「わたくしが森林浴に行く事もほら、こちらに"森林浴に向かったセレーネは、魔具により豹変する"と書かれていましたの。つまりこの予言の書が魔具なのですわ」


 魔具……聞いた事がある。

 遥か昔に偉大なる聖女様が悪霊を封印したもので、世界各地に保管されていると。

 そしてそれは、超常現象を引き起こす可能性もあると。

 セレーネの言うこの予言の書が、魔具によって引き起こされた超常現象だというのか……?


「それでですね、ご相談したいのはこの先の未来についてなのです」

「ん?」

「3年後の未来、わたくしは聖リュミエール学園に入学します。サイラス様は既にご入学されておりますので、わたくしとサイラス様は同じ学舎で共に1年を過ごす事になります」

「そ、そうなるね」

「その1年間で、サイラス様は聖女様と恋仲になるのですわ!」

「……は?」

「そしてサイラス様の卒業式、わたくしに婚約破棄を告げ、アストラル家は没落するのです」


 ……セレーネの話が全く理解出来なかった。

 私が愛しているのはセレーネだ。

 例え聖女を自称する者が現れたとしても、その者と私が恋仲になるなど有り得ない。

 加えて言えば、何代にも渡りこのアルカディア国の繁栄を支えてきたアストラル家が没落するという事も有り得ない。

 そんな事はセレーネだって分かっているはずなのに……?


「わたくしはこの未来を回避したいのです。この予言の書に書かれた事を本当の未来にしない為にも、サイラス様?」

「ん?」

「わたくしとの婚約を、今すぐに破棄して下さいませ」

「…………は?」

「ですから、このままでは悪い未来に繋がってしまうのです。今から先に婚約破棄をしておけば、この予言の未来は訪れません」

「……別に今婚約破棄をしなくとも、この時に婚約破棄をしなければ良いだけなのではないかな?」

「いけませんわ! それではこの未来が訪れてしまいます!」


 それからは互いに意見を譲り合わない言い合いが続いて、


「もうっ! どうして分かって下さらないのですかっ! サイラス様の分からず屋!」


と、怒ったセレーネはお土産を置いて帰って行った。


 あの日からもうすぐで3年になる……

 私はセレーネに会う度に、婚約破棄を迫られ続けている……


 セレーネが拾った本が、魔具ではない事は既に確認済だ。

 何の魔力もない、ただのノートであるという鑑定結果も出ている。

 おそらくは新聞で私とセレーネの視察状況等を知ったどこかの不届き者が、妄想で綴った戯言が書かれているだけなのだろう。


 ただ、最愛の人から婚約破棄を迫られ続ける日々は辛い。

 何度私が愛しているのはセレーネだけだと伝えても伝わらない。

 せめてもの救いは、アストラル公爵が私の味方をしてくれている事だ。

 セレーネがどれだけ婚約破棄を公爵に求めても、私の同意がないからと断り続けてくれている。

 まぁそのせいでセレーネは、私に直接婚約破棄を求めに来るのだけれど……


「あとひと月も経てば、わたくしは15歳になってしまいますわ。聖リュミエール学園への入学も近づいておりますのよ?」

「いいじゃないか。私はセレーネと共に過ごせる学園生活をとても楽しみにしていたんだ。学園の庭園には美しいバラが咲いていてね、セレーネにもずっと見せたいと思っていたんだよ」

「聖女様が現れるのです! サイラス様は聖女様とそのバラを……」

「噴水も綺麗でね、あの庭園でセレーネとダンスを踊るのも楽しいだろうから……」

「わたくしの話を聞いておられませんわね?」

「……聞いているとも」


 聞きたくはないけれど。

 セレーネは私と別れる話ばかりをしてくるのだから……


「分かりましたわ、サイラス様」

「ん?」

「もうこの応酬が無駄である事はわたくしも十分に分かっておりますもの。ですから、賭けを致しましょう!」

「……賭け?」

「今度のわたくしの15歳の誕生日、サイラス様がわたくしに何を贈って下さるのかを当てますわ。わたくしには予言の書がありますからね」

「その予言の書に書かれたものではないものを私がセレーネに贈ればいいのかい?」

「そうです。当たれば婚約は破棄して下さい。外れれば、サイラス様の仰られる通り、あの書は戯言の書かれたものとして葬りますわ」


 賭けだなんて、急に何を言い出したのかと思ったが、これは私にとっても好機だ。

 やっとセレーネを予言の書への盲信から解放出来るのだから。


「いいよ、その賭けをしよう」

「……はい」


 少し悲しげに笑ったセレーネの顔が忘れられなかった。

 その笑顔は、やっと婚約破棄が出来るという盲信であり、心の底では私と別れたくないのだという表明なのだと分かっていたから。

 だからこそ、絶対に予言の書などという訳の分からないものには当てる事のできないプレゼントをして、セレーネを救い出す!


と、そう意気込んでいたというのに……


「ララパンの人形。それも、サイラス様がデザインされた、特別仕様のものですわね……」


 セレーネの15歳の誕生日当日、彼女が私の贈り物の箱を開けた時に呟いた言葉は、喜びの声ではなかった。

 そして、先に私に渡してきた紙にも、しっかりと"サイラス様がデザインされたララパンの限定人形"と書かれていて……


「な、何故……」

「ですから、これが予言の書の力なのですわ」

「そ、そんなはず……」


 ララパンはセレーネが好きなブランドだ。

 それ知っていれば、私がララパンの物を贈る可能性は高いと分かるだろう。

 しかし私が直接デザインをし、この世に1つしかないララパンの人形を作り上げる事までを予見出来るのか?

 関係者達には箝口令を敷いていたし、アストラル公爵の話でも、セレーネが私の用意している贈り物を探っている様子はないとの事だった。

 それなのに……


「サイラス様、わたくしは分かっていたのです。今日こうなるという事を」

「……」

「ほら、ご覧になって? ここの文を」


 セレーネが見せてきた予言の書。

 そこに書かれていたのは、


"セレーネの15歳の誕生日。サイラスがデザインしたララパンの人形を受け取ったセレーネの様子に、サイラスは豹変したセレーネへの理解を諦める。そして2人は完全に決別する"


 なんていう妄言で……


「これが決められていた未来なんですわ。抗おうとしない限りは抗えない……」

「セ、セレーネ……」

「約束ですもの。婚約破棄、して下さいますわよね?」

「……しない」

「何故ですのっ!」


 何故当てられた?

 いや、当たってなどいない。

 私はセレーネと決別なんてしないのだから!


「セレーネが婚約破棄をしたいのは、先に婚約破棄をしておけば、予言の通りにはならないからだろう? だったら、今決別しなければ予言の通りにならない事の証明になる」

「……無理をしないで下さいませ。サイラス様がもうわたくしを愛してはおられない事も分かっております」

「な、何を言うんだ?」


 泣きそうになりながら、予言の書のページを捲ったセレーネが見せてきたのは、


"セレーネの15歳の誕生日から、もう彼女を愛せなくなったとサイラスが聖女に語る"


という、ふざけた未来予知の一文が書かれたページだった。


「……勝手な事を言わないでくれ。私はセレーネを愛しているっ!」

「良いのです、サイラス様。わたくしはもう……」

「セレーネ、良かったじゃないか。私が今も変わらず君を愛しているという事は、この予言の書は既に予言を外しているんだ」

「サイラス様……」

「これでもう、婚約破棄などする必要もなくなった」

「ですから……」

「なくなったんだ! こんな本は早く捨てて……」

「ありがとうございます、サイラス様。あなたは本当にお優しい方ですね。どこまでもわたくしを気遣って……」

「セレーネ?」

「ですが、本当に良いのですよ? わたくしはずっと前から、この日の覚悟が出来ておりましたもの」


 セレーネは、私のセレーネに対する愛の言葉を、自分を傷つけない為に心にもない事を言っているのだと決めつけている。

 予言の書を嘘だと言う為に言っているだけだとでも言うように……


 何故私の言葉を信じずに、予言の書などという戯言の綴られた本を信じるんだ……


「……覚悟が、出来ていると言ったね?」

「もちろんですわ」

「それなら……」


 セレーネの手を強引に引き、自分の腕の中に収めて逃げ場をなくしてから、セレーネの唇を奪った。


「……え? えっ?」

「セレーネは、私が愛する者以外にも、こんな事をする男だと思うの?」

「え、えっと……え?」

「そんな軽い男だと、思っているのかい?」


 至近距離で見るセレーネの美しい瞳。

 その大きく見開かれた丸い瞳は、だんだんと揺らいでいき、涙が溢れた。


「サ、サイラス様は……本当に、わたくしを……?」

「何度も言っているだろう? 私が愛しているのはこの世でただ1人。セレーネ、君だけだと」

「で、ですが……」

「まだ分かっていないようだね?」

「そ、それは……んっ」


 これだけしてもなお、私を信じようとしないセレーネに、先程よりも深い口付けをお見舞いする。

 いい加減私も我慢の限界なんだ。

 これ以上の否定は認められない。


「どうかな? 分かった?」

「……」

「分かるまで何度でもするよ? 解放もしてあげない」

「……」

「セレーネ? 分かったのかい?」


 セレーネは何も答えない。

 私を意識して顔を赤らめているのはこの上なく可愛らしいけれど、この涙は何なんだ?

 もし私を拒絶しているのだとしたら……


「…………け……じゃ……すか」

「え?」

「こんなの見たら、豹変せずにいられる訳ないじゃないですか!」

「セレーネ?」

「わたくしだって、信じたくなんてありませんでしたっ! でも、でもっ! 豹変するって! サイラス様はわたくしを愛さなくなるって、書かれているんですっ!」

「うん?」

「だったら豹変せずにいられたらって思いました! でもっ、そんなの無理です! だからせめてこの本を嘘にしたくてっ……うっ……うわぁぁんっ!」


 このままセレーネが私を拒絶し続けるのであれば、いっそ閉じ込めてしまおうかとも考えていたところで、セレーネは私の服を掴みながら幼子のように泣き出した。

 今の発言は間違いなく、私を愛しているという事だ。


「うっ、うぅ……ぐすっ、うっ……」

「泣かないで、悲しむ必要なんてないんだよ」

「……サ、サイラスさまぁ……」

「そもそもね、セレーネ? 私は君が豹変しただなんて思っていないよ?」

「っ……え?」


 泣いているセレーネを横抱きに抱え、ソファの方へと移動する。

 背中を撫でてあげると、少しは泣き止む事が出来たみたいだ。


「君が最初に予言の書を持ってきた日、君が言った予言の内容を覚えているかい?」

「え、えっと、確か……」

「"急に豹変してしまったセレーネにサイラスは混乱する"だよ」

「……そうでしたわね」


 あの時だって否定した。

 でもセレーネは聞く耳持たずで……


「セレーネはセレーネのままじゃないか。豹変なんてしていない、私の可愛い婚約者だ。婚約破棄をと言われた時は確かに驚いたけれど、私は混乱もしていないよ。その証拠に、冷静に返事を返したはずだよ?」

「それは……そうですわね?」

「セレーネは自分が豹変したと思い込んでしまったから、予言が絶対だと思えてしまったんだ。だけどね、セレーネが変わった事なんて何もないんだよ?」

「何も? わたくし、ずっと婚約破棄を求めておりましたわよ?」

「婚約破棄を求めたのは、君の優しさ故の行動だ。私が婚約者のいる身でありながら他の女性に手を出す愚か者にならないように、アストラル家が没落なんてしないようにと、私や家の破滅を防ごうとしてくれていた。それは高潔な意志を持つ、優しいセレーネのままであるという事だよ?」


 予言の書は最初から当たってなんていなかった。

 今回プレゼントを当てられた事には驚かされたが、そんな事はもう些末な事だ。

 セレーネを愛せなくなったと聖女に語るだなんて、そんな有り得ない未来を予言してくる書など、気にしてやる価値もない。


 とはいえ、セレーネには未だこの本が毒となってしまっているからな。


「セレーネ、結婚しよう!」

「は……い?」

「セレーネが15歳となった今、私達は結婚する事が出来る。その予言の書には、私と君の過去や未来の出来事が書かれていたのだよね?」

「そうですが?」

「結婚については?」

「か、書かれておりませんよ?」


 このアルカディア国では、15歳から結婚が認められている。

 そして他国とは違い、一夫多妻制でもない。

 不貞が発覚しようものなら、王族であれど国外追放だ。


「私と君の結婚なんていう大切な行事を書かない訳がない。だから結婚すれば、その予言の書は完全に外れた事になる。加えて言えば、仮に聖女が現れて私達の関係を引き裂こうとしても、簡単には引き裂けない」

「……サイラス様は、後悔いたしませんの? 聖女様を愛しても、結ばれないので……んっ」

「私が愛しているのはセレーネだけだと言っているよね? 何度言ったら分かるのかな?」

「もっ、もう分かりましたわ!」

「そう? ならいいよね?」

「……はい」


 それからは異例の速さで手続きを終わらせた。

 父上も母上も、私の苦悩をずっと知っていた事もあり、全く反対はされなかった。

 アストラル公爵家からも、結婚が今のセレーネを安心させる一番の方法だとして認めてもらえた。


「今日は特別に綺麗だね、セレーネ。こんなにも美しい人が私の妻になるのだという喜びで、立場を忘れて舞い上がってしまいそうだ」

「ご冗談がお上手ですわね」

「冗談ではないよ」

「ふふっ、ありがとうございます。サイラス様も、とても素敵ですわ」

「ありがとう」


 セレーネのウェディングドレス姿に感動しつつ、待ちに待ったこの日の喜びを噛みしめる。

 恥ずかしさからなのか俯いてしまっているセレーネの頬に手を添えて、私を見るように顔を上げさせて口付けをする。

 セレーネが泣きながら私への愛を語ってくれた日から、私は毎日セレーネにこうして触れている。

 セレーネも嫌がったりはしていない。


 ……嫌がられたら、耐えられないけれど。


「セレーネ、1つ確認させてくれるかな?」

「……はい」

「セレーネは、私の事を愛してくれている?」

「は、初めてお見かけしたあの日から、ずっと……」

「私もそうだよ。初めてセレーネが挨拶に来てくれたあの時から……」

「違います……」

「……違う?」

「初めてお見かけしたのは、挨拶よりも前……王家のお茶会の時ですわ」


 王家のお茶会?

 確かに頻繁に開かれてはいたが、セレーネとは婚約者になる前に会った覚えはない。

 いや、セレーネは見かけたと言っているな。


「一目惚れでしたの。笑顔の美しい方だと思って……それからはサイラス様の婚約者として選んでいただけるよう、努力しましたわ」

「セレーネ……」

「婚約者として認めていただいてからは、サイラス様の優しさを知って、より一層大好きになりましたわ。例え婚約破棄をされたって、わたくしはサイラス様を愛して……」

「婚約破棄はしないと言っているだろう?」

「……はい」

「婚約破棄どころか、これから私達は夫婦になるんだよ?」

「……そうですわね」


 幼いセレーネが見事なカーテシーを見せたあの時、あれは私の婚約者となる為にと必死に努力してくれたものだったんだ。

 その事実に、これまで婚約破棄を求められていた事も、全てどうでもよくなる。


「黄金の陽光が大地を照らし、白銀の月光が眠りを守るように。 天にある双璧のごとく、我らもまた分かたれぬ一対として、共にアルカディアの光となりましょう。 この命、そしてこの魂を、永遠に貴女に捧げます」

「その眩い光に恥じぬよう、わたくしもまた貴方の隣で気高く咲き誇ることを誓います。分かたれぬ一対として、アルカディアに繁栄を。わたくしのすべてを、愛する貴方に捧げます」


 指輪を互いに嵌め合い、ベールを捲る。

 そして誓いの口付けを……


 結婚式から2ヶ月が経ち、いよいよセレーネの聖リュミエール学園への入学の日となった。

 あの予言の書は、セレーネに持ち歩いてもらっている。

 それは彼女に予言の書の内容を盲信して欲しいからではない。

 予言が外れる様を共に見届けていく為だ。


「おはよう、セレーネ」

「おはようございます、サイラス様」

「さぁ、行こうか」

「はいっ!」


 私が差し出した手を迷う事なく握って、笑顔を返してくれている。

 セレーネ・アストラル公爵令嬢改め、セレーネ・アルカディア王太子妃となった彼女との、これからの学園生活が楽しみだ。




 *―――*―――*―――*―――*―――*




 10歳になった誕生日の夜、浮かれていた私は階段で足を踏み外して落ちた。

 そして前世の記憶を思い出した。


『王子と聖女』


 そんな、悲しい小説を読んでいた前世を。


 起きた時、お医者様に聞かれた質問と自分の解答によって、この世界が前世で読んでいた小説と同じなのだと確信した。

 加えて私が、その小説で"聖女"と呼ばれる存在である事にも気づいた。

 あまりの情報量に最初は混乱しかけたけど、すぐに忘れてしまう可能性を懸念して、慌てて覚えている限りの事をノートに纏めた。


 サイラスとセレーネの婚約。

 2人の思い出の旅行。

 そして、セレーネが悪霊に取り憑かれてしまう日時……


 この小説は、国を愛するサイラス・シグルード・アルカディア王太子と、その婚約者セレーネ・アストラル公爵令嬢、そして聖女である私が主要人物となっている。

 セレーネが領地の視察へと行き、森林浴にと入った森の中で魔具を拾ってしまう……それが物語の始まりであり、残酷な運命の幕開けだ。


 魔具から漏れ出た邪気によって悪霊に取り憑かれてしまったセレーネは、人が変わったように非道な存在へと成り果てる。

 それまでの彼女を知っている周囲は勿論混乱し、婚約者であるサイラスも、その現状を受け入れる事は出来なかった。

 アストラル家の者達は皆、何故急にセレーネが変わってしまったのか、原因の探求を続ける。

 サイラスもセレーネが元の優しい彼女に戻ってくれる事を信じていた。


 そんな中で事件は起こる。

 切っ掛けはセレーネの15歳の誕生日だ。

 サイラスはセレーネが大好きなブランドのララパンで、自らデザインした特注の人形をプレゼントする。

 しかしセレーネは受け取るや否や、その人形をナイフで串刺しにして微笑んだ。

 その時、サイラスはもうあの頃のセレーネは二度と帰って来ないのだと諦めてしまう……


 そして聖リュミエール学園へと入学して、聖女と出会い、最終的にはセレーネに取り憑いた悪霊をサイラスと聖女の力によって祓い、一件落着だ。

 サイラスと聖女は結ばれて、2人でこれからもアルカディア国を良くしていこうと誓いあって、ハッピーエンドとなる……


 この表向きにはハッピーエンドのような物語は、セレーネにその後というものが存在しておらず、読者からはセレーネはどうなったんだという質問が殺到した。

 それを受けて発表されたセレーネの後日談は、悪霊が出ていったことで昏睡状態に陥ったセレーネが、サイラスと聖女が結婚した10年後に目覚めるというものだった。

 しかし12歳で悪霊に取り憑かれたセレーネは、心は12歳のままだった。

 現実を受け入れ、勉強に励んでいる……というオチだったけど、そんなのは悲しすぎる。


 セレーネはサイラスを慕い、必死に努力していた少女なんだ。

 高潔な意志が悪霊によって歪められてしまっただけで、彼女自身は何も悪くなんてない。

 約15年も眠り続け、漸く目覚めた時には周りは知らない人に見えるだろうし、最愛だったサイラスは別の女と笑い合っている。

 それが私は認められなかった。

 だからセレーネが助かる二次創作を作ったんだ。

 聖女がサイラスにセレーネが悪霊に取り憑かれている事を早目に教え、協力してセレーネを助ける物語を……


 この世界があの『王子と聖女』の世界だというのなら、私は原作の世界ではなく、自分の作った二次創作の世界にしてみせる!

 私が聖女なんだから、それくらいの事は出来るはずだ!


 そう決意したとはいえ、何より最善なのは、セレーネが悪霊に取り憑かれない事だ。

 セレーネが森林浴に行くのさえ防げれば、セレーネは悪霊に取り憑かれたりなんてしない!


「お父様! 私、アストラル領に行ってみたいです! すっごく星が綺麗なんですって!」


 私が12歳になった年、お父様にお願いしてセレーネが領の視察へ向かう日に、私もアストラル領へ行けるようにしてもらった。

 ただいくら富裕層であるとはいえ、私のような平民が公爵令嬢であるセレーネに直接挨拶するなんて事は当然叶わなかった。

 その上、アストラル領には森がいくつもあった。

 セレーネが森林浴に向かうとは分かっていたけど、どの森に向かうかが分からない……

 これでは止めようもない……


 せめて悪霊が封印されている魔具を見つけられたらと思ったけど、それも叶わない。

 しかも今後起こる原作の内容を纏めていたノートを、何処かに落としてきてしまった。

 一応もう何度も確認して覚えていた内容だし、必要のないものではあったけど……


 とにかく、セレーネが悪霊に取り憑かれる事を防げなかった以上、学園に入学したら早々にサイラスに接触するしかない。

 私が書いた二次創作のように、サイラスにセレーネの真実を伝えて、セレーネを守る未来にする為にも、聖女の力を今のうちに磨いておかないと!


と、意気込みつつ、魔法の練習に励んで3年の時が経ったある日……


「号外! 号外だよー! サイラス殿下とセレーネ様のご成婚!」


という、驚きの情報が飛び込んできた。

 確かにこのアルカディア国では、15歳から結婚は出来るけど?

 そんな設定はあの小説にはなかったはず……?

 ましてやこの新聞の絵姿のように、サイラスとセレーネが笑い合っている光景なんて……


 その時、私は気づいた。

 きっとこの世界は、私のようにあの小説を読んで悲しんだ人が作った、二次創作の世界なんだという事に。

 セレーネは悪霊に取り憑かれる事なくサイラスに愛されて、15歳という若さで結婚して幸せになるという……


「はぁ〜、推しカプが尊い……」


 学園に入学して、サイラス・シグルード・アルカディア王太子と手を繋いで笑うセレーネ・アルカディア王太子妃の神々しい姿を見て、思わず涙を流してしまった。


 本当に良かったね、セレーネ!


fin

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました(*^^*)


セレーネ視点の話や、学園で予言の書を持ち歩いていたセレーネが聖女と衝突し、落としてしまった予言の書を見た聖女が「それ、私が書いたノート……」と言ってしまう、といったエピソードも書けたらなーと思っております。


機会があれば、またお読みいただけると幸いです。

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