◆ 第二章 出戻り王女の再婚
システィス国に婚姻申し入れに対する返事をしたのち、アリスの輿入れはあれよあれよと話が進んだ。
両国の外交官が調整を行った結果、アリスは返事をした半年後にはシスティス国に嫁ぐことになったのだ。
(いよいよね)
システィス国の女官たちにウエディングドレスを着せられながら、アリスはどこか不思議な気分だった。
一年前までビクリス国のハーレムにいたのに今はシスティス国の王都にある大聖堂で王妃になるべく着飾っているなんて。人生とは何があるかわからないものだ。
「アリス殿下。こちらを」
着付けを手伝ってくれた女官が、トレーに載せたティアラを差し出す。真珠がちりばめられた、上品かつ豪華なティアラだ。少し屈むと、別の女官がそれを大切そうに両手で持ち、アリスの頭に載せる。
「とてもお綺麗でございます」
女官たちはアリスを見つめ、満足そうに笑みを零す。
「ありがとう」
褒められて悪い気はしない。アリスは微笑んで女官たちにお礼を言うと、鏡を見た。
(わあ、素敵)
アリスは大きな目を瞬かせ、どこか不思議な気分で鏡に映る自分の姿を見た。
蜂蜜色の髪は美しく結われ、白い花が飾られている。胸元を飾るのは精緻なレース飾り、そして、腰から足元に向かって大きく広がるドレスは純白で、ところどころに花の飾りと真珠が縫い付けられている。
(まさか、またウエディングドレスを着ることになるなんて)
王女として生まれた以上、結婚は一生に一度きりだと思っていた。それが、まだ二十二歳なのに二回目の結婚式を迎えようとしている。
「アリス殿下、そろそろお時間です」
「ええ、わかったわ」
神官に呼ばれ、アリスは立ち上がる。
(確か、〝冷徹王〟だったかしら?)
随分と物騒な呼び名だが、それがアリスがこれから嫁ぐ男──システィス国王であるウィルフリッド・ハーストの別名なのだ。
アリスがアーヴィ国で調べた限りだと、自分が王座に就くために父親と兄を殺したと噂されていることや、彼が水や氷を操る異能を持っていることがそう呼ばれるようになった理由のようだ。
(まあ、自分からわたくしとの結婚をお望みになったのだから、来て早々殺されることもないでしょう)
全く怖くないかと言えば嘘になるが、アリスは曲がりなりにもアーヴィ国の王女だ。両国の友好の印として嫁いできた嫁を切り殺すほど、ウィルフレッドは愚かではないだろう。
神官に案内されながら、大聖堂の講堂へと向かう。エスコート役の父──アーヴィ国王と並んで講堂の入口に立つと、ゆっくりとその扉が開け放たれた。
(わあ、素敵!)
たしか、ステンドグラスというのではなかっただろうか。幾何学模様に嵌め込まれた色とりどりのガラスは陽の光を浴び、聖堂の内部を幻想的に照らし出していた。
そして、祭壇の前には一人の長身の男が立っていた。
遠目にも、銀色の髪の毛がキラキラと煌めいているのがわかる。
アリスは父に伴われながら、ゆっくりと足を進める。
祭壇の前に立つウィルフレッドが振り返り、視線が絡まり合った。まるでアリスの心の奥底を見透かしてしまいそうな、深い青色の瞳だ。身長は高く、小柄なアリスとは頭ひとつ分以上違う。
(綺麗な人)
まるで、彫刻のように整った見目をしている。
アリスはウィルフレッドの顔をじっと見つめる。
しかし、ウィルフレッドはアリスから視線を逸らすようにかすかに目を伏せると、白い手袋をした右手を差し出した。アリスはそこに手を重ねる。
(大きいのね)
同じ男性の手なのに、父とはずいぶん違う、ごつごつした大きな手だった。おそらく、普段から剣を握っているからだろう。
ふたりが祭壇の前に並ぶ。厳かに式は進行し、最後に大司教が片手を天に向かって伸ばした。
「──ここに、ふたりが夫婦となったことを宣言します」
参列者達が盛大に拍手をしてふたりの門出を祝う。
アリスはちらりと横に立つ男を窺い見てから前を向いた。
(今度はどんな結婚生活になるかしら?)
ステンドグラスから降り注ぐ光のシャワーに目を細める。
願わくば、穏やかで幸せなものになればいいと思った。