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 自室に戻ったアリスは、ソファーに座ってふうっと息をついた。


 ピンク色を基調にした小花柄のソファーは、結婚前にアリスが使っていた大のお気に入りの品だ。今も以前と変わらぬ姿をしており、アリスがいない間もこまめに掃除してくれていたのだとわかる。


「これからどうしようかしら?」


 普通であれば、異国に嫁いだ王女はその国に骨を埋めるものだ。アリスも、アーヴィ国には二度と戻ってこないと思っていた。


 出戻り王女など、異例中の異例なことだ。


 さらに、アリスは七年間もハーレムにいたのに一度も妊娠していない。

 そもそもまだ清い体なので妊娠しないのは当たり前なのだが、周囲はそれを知らないし、嫁いでおきながら一度もクリス王子の手が付かなかったと自分から公言するわけにもいかない。国内貴族はきっと、アリスが妊娠できない体なのだと思っているだろう。


「子供ができないと思われているのに、良家がわたくしを望むことはあり得ないわよね」


 アリスは背もたれに体を預け、天井を仰ぎながら呟く。


 貴族の当主に嫁いだ女性に一番期待される役目は、後継ぎとなる子供を産むことだ。それができないとなれば、アリスを娶りたいという有力貴族はまずいないだろう。もしも申し入れがあるとすれば、子供を生す必要がない貴族、即ち既に子供がいる当主の後妻ぐらいだろう。だが、後妻では王女が嫁ぐには外聞が悪すぎる。


「うーん」


 つまり、王女として結婚して国の役に立つことは難しそうだ。


「困ったわ。嫁ぐ以外で、国のためにお役に立てることって何かないかしら?」


 すぐに思いついたのは慈善活動をすることだった。ただ、本来であれば王女は有益な相手と結婚し、かつ慈善活動もするものだ。

 うーんと悩んでいると、トントントンとドアがノックされた。


「アリス。開けてもいいか?」


 聞き覚えのある声に、アリスはパッと顔を明るくして立ち上がる。やって来たのは思った通り、アリスの兄であるアーヴィ国王太子だった。少し茶色がかった金髪に深い緑色の瞳、いつも穏やかな表情は記憶の通りなのだが、年を重ねて大人の色香が増していた。


「ご無沙汰しておりました、お兄様。わたくしが嫁いでいる間にご結婚なさって、子供も生まれたそうですね。おめでとうございます」

「ああ。今夜、夕食のときに紹介しよう。彼女はトリスタ国から嫁いできた王女なんだ」

「トリスタ国……。確か、北海に浮かぶ島国ですよね。優れた漁業技術があり、造船技術は世界有数だとか」


 アリスがいたハーレムには四十三人も妃がいたので、その中にはトリスタ国から来た女性もいた。彼女から故郷の話を聞いたときのことを思い出しながら、アリスは言う。


「そうなんだ。その造船技術を是非とも我が国に取り入れたくて、こちらから政略結婚を打診した。しかし、よく知っているな? トリスタ国は小さな国なのに」


 兄は随分と驚いた様子だ。


「どこからそんな知識を?」

「えっと、ハーレムには色々な国出身のお妃様がいらしたので、彼女達から話を──」

「へえ。大したものだな」


 兄は感心したように言う。そのとき、閃いた。


(そうだわ! これって、わたくしにしかない武器になるのではないかしら?)


 アリスはハーレムの妃たちとの交流で、多くの国の元王女と知り合いになり、祖国の様々な話を聞いた。マイナーな言語も日常会話であれば喋ることができるし、各国の王族に知り合いがいる。


 こんな人材が他にいるだろうか。いや、いない!


 思いついたら善は急げ。アリスは早速兄に相談することにした。


「お兄様。いらっしゃっていただいて早々申し訳ないのですが、折り入って相談があります。わたくしのこれからのことです」


「アリス。心配しなくてもいい。お前は好きなだけここにいていいんだ」


 修道院にでも送られると心配をしているとでも思ったのか、兄は沈痛な面持ちで首を振る。


「ええ。ここにはしばらくいるつもりです。わたくし、決めました。外交官になります!」

「……はあ⁉」


 兄のどこか抜けた声が、部屋に響いた。



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