(8)
◇ ◇ ◇
こんなに陰鬱な気分なのは、いつ以来だろう。
執務室にいたウィルフリッドはひとり、深いため息を吐く。
ヴィクターが拘束されてからおよそ四ヶ月が過ぎた。
ヴィクターはウィルフリッドの叔父であり、現役の宰相であり、ノートン公爵家の当主だ。今回の一件が政界に与えた影響は計り知れない。
今はポーター侯爵であるロジャーの父が宰相となり、その穴を埋めるために奔走していた。
「陛下、そろそろ裁判が始まります」
「そうか」
文官が呼びに来たので、ウィルフリッドは重い足取りで裁判所へと歩き出す。
「判決前に、叔父上に会うことはできるか?」
「陛下がお望みであれば、手配します」
「では、頼む」
ウィルフリッドの返事を聞き、文官は頷く。
幼い日に父と兄を亡くして国王に即位したウィルフリッドにとって、ヴィクターは最も頼りになる存在だった。
右も左もわからないまま国政をしなければならないウィルフリッドを陰で支え、国を動かしたのは他でもないヴィクターだ。そのことに対し、ウィルフリッドは彼に心から感謝していた。
だからこそ、ここ数年で意見の衝突が増えてきた中でもヴィクターを宰相に残留させ続け、政治の一翼を担ってもらっていたのだ。
まさかそれが、全て彼の計画なのだとは全く知らないままに。
(俺はさぞかし愚かな国王に見えただろうな)
情けなさと共に湧き起こるのは、怒りよりも悲しみのほうが大きい。
どうか嘘であってほしいと願ったが、周囲の証言と状況証拠はヴィクターの悪行を裏付けるものばかりだった。
「こちらにいらっしゃいます」
文官が貴人用の牢獄の前で止まる。扉の前には左右にふたりずつ、合計四人の衛兵が立っていた。
「開けろ」
「はっ」
衛兵のひとりが腰にぶら下げた鍵を鍵穴に挿し、ドアを開ける。
ヴィクターは、質素な部屋に置かれたソファーに座っていた。
「叔父上、気分はいかがですか?」
「おや、どの面を下げて現れたんだか。お前はとんだ恩知らずだ。これまでの私の忠臣ぶりを忘れたのか?」
その言葉を聞き、胸がツキンと痛んだ。
「全て、私を騙すためでしょう」
「人聞きの悪いことを言うな」
ヴィクターはくくっと笑う。
「叔父上、ご移動ください。これより裁判で、判決が下ります」
「父と兄に続いて叔父まで殺すのか。さすがは冷酷王だ」
「……私は父上と兄上を殺してはいません。叔父上の屋敷の使用人達が全て証言してくれました」
ウィルフリッドはそこで一息置き、ヴィクターを見つめる。
「なぜこんなことをしたのです。たかだか、王座のために」
その瞬間、落ち着いた様子だったヴィクターが興奮したように立ち上がる。
「たかだか? たかだかだと! お前に何がわかる! 何もせずに王座が転がり込んできたお前に!」
ヴィクターは激しく怒鳴り、肩を揺らす。怒りで顔は真っ赤になっていた。
ウィルフリッドの周囲を固めていた衛兵が、すぐさまヴィクターに剣を向け威嚇する。
「お前など、さっさと殺しておけばよかった」
ヴィクターは怨嗟の念を込めて言い放ち、ウィルフリッドの美麗な顔に向かって唾を吐きかける。ウィルフリッドは眉間に深い皴を寄せた。
「連れていけ」
短い命令で、ヴィクターは裁判所へと連行される。
ヴィクターの罪名は、国王暗殺、王太子暗殺、及び国王夫妻暗殺未遂だ。どう転んでも死罪は免れない。
「陛下」
文官が布を差し出したので、それで頬を拭う。くしゃっと丸めた布を床に放り投げたウィルフリッドは、裁判所へと歩き出した。




