(7)
「さて。予想が正しければ、そろそろ仕掛けてくると思うのだが」
ウィルフリッドが呟く。
ふいに真っ青だった空を分厚い雲が覆う。ふわふわと雪が舞い落ちてきて、アリスは手袋をした両手を空にかざした。
「雪だわ」
「アリス、こっちに来い。お前たちも」
ウィルフリッドがアリスと近衛騎士達に呼びかける。慌てて駆け寄ってウィルフリッドに抱きとめられたのとときを同じくして、ゴーッと地鳴りの音が聞こえてきた。
「陛下、雪崩です!」
近衛騎士のひとりが叫ぶ。アリスははっとして山の上を見た。雪が、まるで打ち寄せる波のように壁となって近づいてくるのが見えた。
(何あれ……)
雪崩がなんなのかは、システィス国の気候について学んだので知識として知っている。けれど、実物を見るのは初めてだ。
想像以上の規模に、恐怖で体が動かなくなる。あの押し寄せる雪に巻き込まれたら、まず助からないだろう。
表情をこわばらせるアリスの体を、ウィルフリッドが力強く抱き寄せる。
「絶対に俺から離れるなよ。お前たちもだ!」
叫ぶウィルフリッドの右腕が、青白い鈍い光を発する。
(死んじゃう!)
目の前に迫った雪崩にアリスがぎゅっと目を瞑った瞬間、周囲の近衛騎士達が「おおっ!」と叫ぶのが聞こえた。
(死んでない?)
恐る恐る目を開けたアリスは目の前の景色に驚いた。押し寄せてきた雪崩は、氷になってその場で固まっていた。
(すごい。これがウィルフリッド様の異能?)
水や氷を操る力があるとは聞いていたが、実際にそれを見たのは初めてだ。飲み物用の氷を作ることなどを想像していたので、スケールの大きさに驚いた。
ウィルフリッドの元に、一羽の鷹が舞い降りる。ウィルフリッドは鷹の足に結ばれた手紙を取ると、それを読んだ。
「やはり、予想通りだ。妃と樹氷を見に行った国王は雪崩に巻き込まれて事故死か。なかなかよい筋書きだ」
ふっと笑ったウィルフリッドは、冷徹な眼差しを来た道の方向に向ける。
「それでは、反撃といこうか」
「え?」
「行くぞ」
「「「はいっ!」」」
近衛騎士達が一斉にそりに乗り込む。アリスもウィルフリッドに促され、慌ててそりに飛び乗った。
そこからは、ウィルフリッドに付いていくので精いっぱいだった。そりは猛スピードで山を下り、馬を係留していた地点に到着する。
「アリス!」
ウィルフリッドはアリスを馬車から外された馬に乗せると、自身はその後ろにひらりと飛び乗る。アリスを後ろから包み込むように手綱を握り、走り出した。
しばらく走ったところで、遥か前方に箱馬車が走っているのが見えた。アリスは手綱を握るウィルフリッドの腕が再び青白く光っていることに気づく。
(あ、また光っているわ)
ウィルフリッドから発せられたその光は見る見るうちに上空へと伸び、青かった空が急激に雲に覆われてゆく。ゴーッと風の音が鳴り始め、遥か前方──箱馬車の周囲が真っ白に覆われるのが見えた。
(あれは吹雪? あそこだけ局所的に吹雪が起きているの?)
いつだかアリスを襲ったのと全く同じ状況だ。
ウィルフリッドはそのまま走り続け、吹雪の中に突入する。彼の周囲だけガラスドームにでも覆われているかのように、吹雪が収まっていた。
「あ。馬車が見えたわ!」
アリスは前方を指さす。
驚いたことに、その馬車は吹雪の中をウィルフリッド同様に平然と走っていた。それこそ、ガラスドームにでも覆われたかのように。
ウィルフリッドの腕が再び青白く光る。彼が前方に手を伸ばすと、馬車の前方に高い氷壁が立ちはだかった。
ヒヒーンと嘶きと共に、馬が急停車する。そのはずみで、馬に繋がれていた馬車は大きく傾き、横倒しになった。
(誰か出てくる)
アリスは目を凝らす。そして、中から這い出ようとしている男を見て驚いた。ウィルフリッドは馬に乗ったまま剣を抜き、男の首元にひたりと刃先を当てる。
「叔父上。こんなところで会うなんて偶然ですね」
それは、システィス国の宰相でありウィルフリッドの叔父である、ヴィクター=ノートンその人だった。




