(6)
◇ ◇ ◇
「うーん。さすがに着込みすぎかしら?」
アリスは鏡に映る自分を眺めながら呟く。
今日から一泊二日で、アリスはウィルフリッドと樹氷を見に行く旅行に出かける予定だ。
皆から寒い寒いと脅されたので持っている中で最も暖かいドレスを着て、その上にカーディガンを二枚羽織り、さらに分厚い靴下を三枚重ねで履き、ショールを羽織った上にさらに毛皮のコートを着込んだ。頭をすっぽりと包むのは毛皮の帽子だ。
アリスはもともと小柄なのだが、これだけ着込むとさすがに体がパンパンに膨らむ。その姿はまるで、雪だるまのようだ。
「まあ、よろしいのではないでしょうか。アリス様は寒がりですので。多少不格好ではありますが、暑ければ脱げば済みますから」
そう言ってくれるエマも、笑いをこらえているのか口元が震えている。
「エマ。今、笑ったでしょ」
アリスはじろっとエマを見る。
「そんなことはございません。とても可愛らしいと思っておりました」
エマは真顔に戻ると、すんとした顔でそう言う。
(絶対笑っていたわ。やっぱり、これだと着こみすぎ──)
そう思ったそのとき、ガチャッと部屋のドアが開く。
「アリス、そろそろ出発するぞ。準備はでき──」
ドアノブを握ったまま、ウィルフリッドの動きが止まる。視線はアリスに釘付けだ。
アリスと視線が絡み合うと、ウィルフリッドは口元を手で押さえ、ふいっと視線を外した。
(もしかして、あまりにひどい格好に呆れられた⁉)
ショックを受けたのも束の間、ウィルフリッドはつかつかとアリスに歩み寄り、がしっと彼女を抱き締める。
「可愛い……」
「ウィ、ウィルフリッド様⁉」
突然のことに、アリスは困惑する。
「雪だるまの妖精かと思った」
「……雪だるま?」
一瞬何を言われたのかと思ったが、ウィルフリッドもまたアリスがもこもこで雪だるまみたいだと思ったということだと理解した。
「やっぱり不格好だから、少し脱いで──」
「不格好じゃない」
服を脱ごうとしたアリスを、ウィルフリッドが止める。
「まるで雪だるまの妖精のようで可愛いと言っているだろう」
雪だるまと言われるのがいまいち納得いかないが、ウィルフリッドがどうやらこの格好のアリスを気に入っているようだということはわかった。
「可愛いから問題ない。このまま行こう」
「ウィルフリッド様がそう仰るなら──」
アリスはどこか釈然としない思いを抱えながらも、ウィルフリッドの差し出した手に自分の手を重ねる。手袋二枚重ねでほぼ動きの自由を失った手を、ウィルフリッドはきゅっと握り締める。
その後ろ姿を見つめながら、エマは笑いをこらえて肩を揺らしたのだった。
ウィルフリッドが選んだ行き先は、王都から北に向かって半日ちょっとかかる場所だった。三時間ほど馬車に揺られ、その後はトナカイの牽くそりに乗り変える。
「馬車ではなくそりなのですね」
「ここから先は雪が深い。馬車だと車輪が嵌って動けなくなってしまう」
「なるほど」
同行する騎士達も皆、ここの駐屯地で馬を預けてトナカイのそりへと乗り変えていた。システィス国の馬は寒冷馬と呼ばれる元々寒さに強い品種なのだが、それでもこれ以上北に行くのは厳しいのだという。
「アリス。来い」
ウィルフリッドに手招きされ、アリスはそりに乗り込む。ウィルフリッドが手綱を引くと、トナカイたちが動き出した。
「わあ、すごい」
馬車とは違い屋根のないそりは視界が開けている。一面の銀世界に、アリスは感嘆の声を上げる。はあっと息を吐くと、凍り付いた水分が太陽を反射してキラキラと煌めいた。
「アリス。見て」
ウィルフリッドが進行方向を指さす。目を凝らすと、木々に白い氷が付き、まるで雪のオブジェのように見えた。
「あれが樹氷ですか? 綺麗だわ」
アリスは目を輝かせる。
「気に入った?」
「はい。とても」
アリスは笑みを零す。
こんな景色、アーヴィ国にいたら一生見ることもなかっただろう。
しばらく進み、ウィルフリッドはそりを停めた。彼に続いていた護衛の近衛騎士達も周囲に集まる。
「ウィルフリッド様。雪だるまを作っても?」
そりを降りたアリスはウィルフリッドに問いかける。雪に触れると、王都のそれよりも随分とさらさらしていた。アリスは両手で雪を丸めたものを二つ作り、上下に重ねる。
「できました!」
アリスは胸を張り、得意げにウィルフリッドに告げる。彼は雪だるまとアリスを見比べ、くくっと笑った。
何を思ったのかは、敢えて聞かないことにする。




