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それからは怒涛のようだった。
妃たちの実家には既にエルゴの手配した使者たちにより離縁による王室離脱と実家に戻す旨が知らされていたようで、数日後には故郷アーヴィ国から迎えの馬車が到着した。
荷物を整理していると、クローゼットの奥から緑色のラベルが貼られた小さな茶色い瓶が出てきた。
「あ、これ……」
いつしか、アリスがあまりにもクリスから相手にされないことに同情した妃が分けてくれた催淫剤だ。アリスはその小瓶をじっと眺める。
「もうわたくしには必要ないわね」
もう、というか、これまでも必要なかったのだがそこは触れずにいてほしい。アリスは小瓶のふたを開けるとそれを下水に流し、瓶はごみ箱に捨てる。すっきりとした気分で迎えの馬車の元に向かった。
「アリス様、絶対に手紙送ってね」
「もちろんよ。ケイト様も元気でね」
まだ故郷からの迎えが到着していないケイトの首に、アリスは両腕を回して抱擁する。ハーレムにも夫にも何も未練はないけれど、仲良くなった友人と離れるのはとても寂しい。
「いつか、わたくしの国に遊びに来てね」
「ありがとう。アリス様も是非わたくしの国に来て」
「絶対に行くわ!」
アリスは力強くうなずく。このハーレムにいた七年間、アリスは様々な国から嫁いできた妃たちと仲良くなり、彼女らの故郷の話を色々と聞いた。ケイトは妃の中でも一番の親友だったので、彼女の故郷──ローラン国の話は特に印象に残っている。
極寒の地にある国故、冬になると移動の馬車の車輪はそりに変わるとか、水が凍るので水路は地下に作るとか、色々な食べ物を凍らせて冬場はそれを少しずつ食べるとか、アリスの知らないことが盛りだくさんだった。
「アリスが雷の日にちゃんと眠れるか、心配だわ」
「雷が鳴りそうな日は、窓を全部閉めて布団を頭からかぶって眠るわ」
「まあ、ふふっ」
ケイトは力強く言うアリスを見つめ、くすくすと笑う。
雷が大の苦手であるアリスを心配して、ケイトはよく雷の日に一緒にいてくれた。正直言うとちょっと、いや、だいぶ不安だが、雷のために他国の王女であるケイトをアーヴィ国に連れて帰るわけにもいかない。
「元気でね」
「ええ。アリス様も、道中気を付けて」
アリスは動き出した馬車の窓から顔を出し、徐々に小さくなるケイトに大きく手を振った。
◇ ◇ ◇
「──というわけで、戻ってまいりました」
ここはアーヴィ国の王宮の謁見の間だ。故郷に戻ったアリスは、まず父であるアーヴィ国王に挨拶に行った。
「うむ。話はビクルス国の使者から大体聞いている。災難だったな」
久しぶりに会う父は、アリスの記憶の中の姿よりも白髪が多くなっていた。七年というときの流れを感じる。
「ひとまず、ゆっくりと過ごすといい。今後のことはゆっくり考えればよい」
「ありがとうございます。お心遣いに感謝いたします」
アリスはお辞儀をして、父に感謝を伝える。
アーヴィ国とビクルス国の両国の友好の印として王太子に嫁いだはずなのに、七年でハーレムを追い出され、戻ってきた娘。もしかしたら呆れられ、早々に出て行けと言われるかもしれないと覚悟していた。
しかし、父から掛けられたのは優しい言葉だ。
「嫁ぐ前にお前が使っていた部屋は、今も空いている。そこを使いなさい」
「はい。かしこまりました」
アリスはもう一度深々とお辞儀をしてから、部屋に向かったのだった。