(5)
薄暗い寝室で、ウィルフリッドは自分に寄り添ってすやすやと眠るアリスを見る。
ウィルフリッドが身じろぐとそれに合わせてぴったりと付いてくる姿に、思わず笑みが零れる。
(可愛いな)
愛おしくて、いつまででも見つめていられる。
しばらくすると、髪と同じはちみつ色の長いまつ毛が揺れた。
「おはよう。体は大丈夫か?」
「え?」
アリスは呆気にとられたようにウィルフリッドの顔を見つめ、数秒後には首まで真っ赤になる。布団を必死にかき集めて体を隠そうとしている姿にも、愛しさを感じた。
「まさか初めてとは思っていなくて、無理をさせた」
「言わないでください!」
真っ赤になったアリスはウィルフリッドの口を自分の手で塞ぐ。数時間前の凛とした姿とのギャップに思わずクスッと笑いが漏れた。
アリスにとって、ウィルフリッドとの結婚は再婚だ。
七年間もハーレムにいたのだから、当然前の夫であるビクルス国の前王太子とはそういう関係もあったのだとウィルフリッドは思っていた。しかし、いざ抱いたアリスは純潔だったのでウィルフリッドはたいそう驚いた。
どういうことかと困惑したが、アリスから前の夫が年上好きだったと聞いて神に感謝したのは言うまでもない。
七年もハーレムにいたのに妊娠しなかったので子供ができない体なのではというアリスの噂についても、子を成す行為をしていないのに子供などできるわけがないと納得した。
「初夜の日に、アリスが酒を飲んで酔いつぶれただろう?」
「はい」
「あの酒は寝つきをよくする外に、女性の痛みを和らげる媚薬のような効果もあるんだ。わかっていれば、用意していたのに」
「媚薬……? そういえば──」
「どうした?」
アリスが何かを思い出したような顔をしたので、ウィルフリッドは優しく問いかける。
「ヴィクター様が夜のお薬を使っていらっしゃるようなのです。その薬はとても強力な反面、副作用が強く危険なのです。もしご存じなかったら危険なので、知らせたほうがいいのかと迷いまして──」
「叔父上が?」
ウィルフリッドは眉根を寄せる。アリスは頬を赤らめながらも、今日の昼間に見た催淫剤について話してくれた。
「──というわけで、効果は強いのですが危ない薬なのです。飲んだ直後は平気なのに、数時間後に一気に症状が現れるので、ビクルス国のハーレムでも何人かが意識が混濁した状態になり大騒ぎになりました」
「なるほど。ビクルス国のハーレムで使われていた催淫剤か」
アリスが言うような強力な催淫剤はこれまで聞いたことがなかったので、恐らくイリスが姉の伝手を使って入手したものだろう。だが、ウィルフリッドにはそれ以上に気になることがあった。
(意識が混濁して、判断力が鈍る……)
父と兄が死んだときのことを思い出す。遠のきそうになる意識の中、朦朧とする父と兄に必死に呼びかけた。今思い返しても、無念のあまりに体が震えそうになるほどだ。
(偶然だが、症状が同じだな)
いや、偶然ではないのかもしれない。異能のこともあり、ウィルフリッドの中で芽生えていた疑惑が確信へと変わりつつあった。
「もしや、叔父上が……」
「え? どうしました?」
アリスはウィルフリッドの呟きが聞き取れなかったようで、きょとんとした顔で彼を見つめる。
「アリス。協力してほしいことがある」
樹氷を見に行くという話にイリスが食いついたのは、そこでアリスとウィルフリッドを纏めて処分するためではないだろうか。
そうだとすれば、逆にその機会を利用するチャンスでもある。
ウィルフリッドはアリスに、自分の考えを話した。




