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(7)



 その数時間後、アリスは暇を持て余していた。両腕を広げ、うーんと伸びをする。


「暇だわ……」


 ウィルフリッドにはゆっくりしていろと言われたけれども、何もせずにじっとしているのもなかなか大変だ。部屋に置いてある本も全部読んでしまったし、刺繍する気分でもないし。


(ちょっとぐらいなら、お仕事してもいいかしら?)


 ここ数日寝込んでしまったので、本来アリスがやるべき執務は滞っているはずだ。無理のない範囲でそれらの処理をしておきたかった。


 アリスは寝室の内扉を開け、自分の私室へ移動する。机の上に置かれていたのは、あの吹雪に巻き込まれる直前に依頼していた、地域別の就学状況に関する資料だった。


 アリスは資料を手に取り、ぱらりと捲る。地域別に数字が並んでいた。


「王都はともかくとして、辺境の地は随分低いわね」


 ハーレムにいたとき、高度な技術立国として有名な国から嫁いできた妃がいた。


 彼女によると、基礎教育、特に、識字率の高低は産業の生産性に大きく影響するのだという。

 どうしてかと不思議に思ったが、文字が読めればマニュアルを読んで自分でできることも、文字が読めないと誰かが横にいて教えなければならないと聞いて納得した。それに、文字が読めれば遠く離れた場所で開発された技術を文章として伝え、多くの地域に広めることができる。

 だから、彼女の祖国では全国民に最低三年間の義務教育があるとも言っていた。


「システィス国でも、就学率を100%にすることができないかしら?」


 アリスは腕を組む。だがそれを実現するには、学校の整備や教師の補充などやるべきことがたくさんある。


「まずは陛下にご相談……いえ、やっぱりヴィクター様にご相談してみましょう」


 ウィルフレッドには先ほど、ゆっくり寝ていろと言われたばかりだ。彼のことだから、アリスがこの書類を持って訪ねてきたら、きっと呆れて書類ごと没収してしまうだろう。


「あら、アリス様。もう起きて大丈夫なのですか?」


 ふいに部屋のドアが開く。そこにいたエマは、てっきり寝ていると思ったアリスが起きていて驚いた様子だ。


「エマ。ええ、もう大丈夫。心配かけてごめんなさいね」


 アリスはエマを安心させるようにふわっと笑う。


「ねえ、エマ。少しだけヴィクター様のところに行きたいから、準備を手伝ってくれる?」

「もちろんでございます」


 エマも微笑んだ。


 アリスはエマに手伝ってもらい、簡単に髪を整え、ゆったりした楽なドレスを着替える。最後に毛皮のショールを羽織ると、早速ヴィクターの元を訪れた。


「ごきげんよう、ヴィクター様」


 ヴィクターはアリスの訪問に、驚いたような顔をした。


「これは妃殿下! 体調崩されていると聞きましたが、もう大丈夫なのですか?」

「ええ、おかげさまで。心配させてしまってごめんなさい」


 アリスはヴィクターにも、迷惑をかけたことを謝罪する。


「あの日、血相を変えた陛下が妃殿下を腕に抱えて王宮に戻られたときは本当に驚きました。一体何が?」


 ヴィクターは探るような目でアリスを見つめ、尋ねる。


「えっと……、大したことじゃないの。ちょっと馬車が途中で立ち往生してしまって」


 本当のことを言えば、突然吹雪に襲われて馬車が身動きできなくなった。だがそれを言うと、『これだから、暖かい国から来た妃は困る』とヴィクターを始めとする国内貴族から思われてしまいそうな気がして、アリスは曖昧に言葉を濁した。


「そうですか。それで今日はいかがなされましたか?」


「えっと。教育に関する施策方針と予算を見せてもらいたいの」

「教育に関する施策方針と予算? それはなぜですか?」


 ヴィクターは、怪訝な顔でアリスに尋ねる。


「わたくしがビクルス国のハーレムにいたことは、ヴィクター様もご存知ですよね。そのときに、とある妃から識字率の高さが経済の発展に大きく寄与すると聞いたのです。先ほど、システィス国の就学率に関する資料を確認したのですが、特に郊外においてはまだまだ低いと感じました。だから、どうにかできないかと思いまして」


 アリスはそのことを教えてくれた妃の話を交えながら、ヴィクターに訴える。

 ヴィクターは「なるほど」と言ってアリスを見つめる。


「しかし、私としてはその案の実行に慎重な姿勢をとらざるを得ません」

「え?」


 まさか真っ向から否定されるとは思っておらず、アリスは驚いた。



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