(6)
「同行した近衛騎士によりますと、行きは天気もよく何も問題なかったものの、帰りにあの事態に見舞われました。奇妙なことに、吹雪に襲われる直前まで、誰も天気の急変に気付かなかったそうです」
「誰も?」
ウィルフリッドは眉根を寄せる。
システィス国はその気候から、国民は誰しもが猛吹雪の恐ろしさを知っている。そのため、冬場の天気には気を配ることが幼い頃から習慣化されているのだ。万が一吹雪のサインを見逃すと、命を落としかねないからだ。
それなのに、四人もいた近衛騎士が誰ひとりとして天候の変化に気付かなかったことに、強い違和感を覚えた。
「はい。四人全員に対して別々に聴取しましたが、皆同じことを言っておりました。晴れていた空がものの数十秒で雲に覆われ、あっという間に吹雪になったと。それも、前が見えないほどの猛吹雪であっという間に馬車は立ち往生してしまったと」
「……妙だな。聞けば聞くほど、異能を使ったようにしか思えない」
「はい。私もそう思いました」
「だが、俺は使っていない」
ウィルフリッドは断言する。
異能が発現したばかりの十三年前ならいざ知らず、今はしっかりと異能の力をコントロールできている。異能の暴走はしていないと断言できる。
「となると、原因が分からない」
ウィルフリッドは当時の状況を思い出しながら、口を開く。
「実はアリスを助けに行ったとき、妙な力を感じたんだ」
「妙な力、と言いますと?」
ロジャーは聞き返す。
「吹雪を止めようとする俺に対し、まるで反発するような力を感じた」
「反発するような? それは別の何者かが異能を使ったということですか?」
ロジャーは眉を顰めた。
「しかし、異能の力を持つのは、現在ウィルフリッド様だけです」
システィス国の王族に伝わる異能の力。それは初代国王が聖霊王の盟友であったことから、彼の能力を一部託されたことによると言われている。異能の力を発現するのがシスティス国の王族直系のみ、しかもごく稀だ。現在も異能の力を持つのはウィルフリッドひとりしかいない。
「どういうことなんだ……」
ウィルフリッドは、顎に手を当てて考え込む。
自分のあずかり知らぬところで、何かが動いている。そんな嫌な予感がした。
◇ ◇ ◇
ベッドで上半身を起こして本を読んでいると、ふいにドアが開いた。現れたのはウィルフリッドだ。
「アリス。調子はどうだ?」
「陛下! 体調は、とても良くなりました。熱ももう下がってすっかり元気なのに、エマがまだダメだって言うんです」
アリスはそう言い終えるや否や、ゴホゴホッと咳をする。まだ喉の調子は完全回復とは言えない。
「咳が出ているじゃないか。エマの言う通り、完全に回復するまでゆっくりしておけ」
「はい」
アリスは素直に返事しながらも、しゅんとする。もう一週間もベッドに寝てばっかりで、そろそろ体を動かしたいのだ。
ヴィルフリッドはそんなアリスの様子を見て眉尻を下げた。
「そんな顔をするな。すぐに良くなる」
慰めるように、ウィルフレッドはアリスの頭をポンポンと撫でる。
(あ、いけない)
アリスはハッとして、「はい。そうですね」と笑顔でその場を取り繕った。
ウィルフリッドを心配させる気はなかったのに、また心配させてしまったと反省した。
彼と視線が絡むと、秀麗な美貌がゆっくりと自分に近づいてきて、そっと唇が重ねられた。
「え?」
アリスは驚いて目を見開く。
これまで、ウィルフリッドから起きている最中にキスをしてくれたことなど一度たりともなかったから。
(なんで……?)
ウィルフリッドはアリスに、愛は望むなと言った。ならば、このキスはどういう意味なのだろうか。
呆然としてウィルフリッドを見上げると、彼はハッとした顔をしてアリスからさっと目を逸らした。
「俺は仕事に戻る」
「はい。行ってらっしゃいませ」
アリスは寝室から出て行くウィルフリッドの後姿を見送る。
右手の指先で自分の唇に触れる。まだ、彼の柔らかな唇の感触が残っている気がした。




