(4)
(陛下には帰ったらお礼を言わないと)
アリスは窓の外を見る。はるか遠くまで青空が広がり、遠くの白い山脈がよく見えた。
(本当に真っ白になるのね)
今までの人生で一度も見たことがない景色に、なんだか不思議な気分だ。
馬車は順調に進み、アリスは心地よい振動に揺られる。毛皮のコートの暖かさも相まってうつらうつらとしていると、ふいにバーンと馬車のドアを激しく叩く音がした。
「何?」
アリスはハッとして目を覚ます。薄暗く感じて外を見て驚いた。
「これは……雪?」
窓の外では、大粒の雪が激しく降っていた。それこそ、数メートルの距離にいるはずの、近衛騎士の姿すら見えないほどだ。アリスはとっさに、馬車のドアノブに手をかける。
「アリス様、外に出てはいけません。吹雪です」
一緒に馬車に乗っていたエマが咄嗟にアリスの手を止める。
「吹雪?」
吹雪という現象があることは知っている。風が強く吹き、雪が激しく降ることだ。こんなにも強烈な風と雪なのかと驚いた。
コンコンコンと馬車の窓を叩く音がする。外から、同行した近衛騎士が呼んでいた。黒いはずの制服は雪で真っ白になっている。エマは窓を数センチだけ開けた。その瞬間、猛烈な風と雪が車内に吹き込む。
「突然の猛吹雪で馬車が動けません。王宮まですぐなので、助けを呼びに行ってまいります」
「わかりました」
アリスは頷く。
すぐにエマが窓を閉めたが、風が強く吹き込んだせいで車内の気温はぐっと下がっていた。
(寒い)
アリスは自分の体を両腕で包み込むように抱きしめる。
風がますます強くなり、馬車をガタガタと揺らした。このまま倒れてしまうのではないかという恐怖がアリスを襲う。
(怖い……)
アリスを励ますように、エマが彼女の体を抱き締める。
次の瞬間、バーンとまた大きな音がして氷が馬車の窓に当たり、ガラスが割れた。アリスは両腕で頭を覆う。猛烈な風と雪が車内に入り、あっという間に座席を白くしてゆく。
(王妃殿下をお守りしろ!)
近衛騎士達が叫ぶ。しかし、アリスを守ろうとする彼らもまた吹雪対策などしていないのだから、下手すると死んでしまう。
(わたくし、このまま死んじゃうのかしら?)
意識が朦朧としたとき、「アリス!」と叫ぶ声が聞こえた。あれほどの吹雪が一瞬で収まり、アリスの体は力強く抱き締められる。うっすらと瞼を開けると、会いたかった人がいた。
「陛下?」
「もう大丈夫だ。城に戻ろう」
そのとき、再び辺りに吹雪が押し寄せる。
「ちっ! またか」
ウィルフリッドが片手を天に向けると青白い光が放たれ、その吹雪は掻き消えた。
(綺麗……)
アリスは朦朧としながらも、空を見上げる。
安心したせいか、気づけば意識は闇に飲まれていた。
結局、アリスはその後高熱を出して三日間も寝込んだ。
その間、ウィルフリッドは暇さえあればアリスの元を訪ねてきた。
「陛下。その……お忙しいと思いますので、どうぞわたくしのことはお構いなく」
ウィルフリッドの仕事の邪魔をしている気がして、アリスは恐縮する。しかし、ウィルフリッドは眉根を寄せて首を横に振った。
「俺はアリスのことが心配だから来ているだけだ」
「心配……?」
アリスはベッドサイドに立つウィルフリッドを見上げる。
視線が絡み合うとウィルフリッドはふいっと目を逸らしてしまった。
「とにかく、ゆっくり休んでいろ。またあとで様子を見に来る」
「はい」
アリスは頷く。ウィルフリッドが出て行ったあと、さっきの言葉の意味を考える。
(近い立場の人が体調を崩したから心配してくれているだけ? それとも、陛下にとってわたくしは思わず心配してしまうほど大きな存在になった?)
どちらなのかは、アリスにはわからない。けれど、アリスの中でウィルフリッドの存在が日増しに大きくなっていっているのは確かだった。
「陛下。そんな態度を取られると、期待してしまいます……」
アリスはひとり、呟く。
あと一歩の距離を踏み込めない。けれど、いつかウィルフリッドの心の壁を全て取り払える日がくればいいなと思った。




