(3)
「兄上の度重なる散財により、国庫は極めて厳しい状況にある。議会はこれを非常に重く受け止め、兄上の王太子廃位を決定した。新たな王太子は私だ」
思ってもみなかった電撃発表に、その場にいた妃たちに激震が走る。アリスも驚いたひとりだ。
(じゃあ、わたくしたちはこれからはエルゴ殿下の妃になるってことかしら?)
ここは王太子専用のハーレムだ。クリスが王太子でなくなったなら、次の王太子であるエルゴがここの主ということになる。
「私には、国のためにこの傾きかけた財政を健全化する使命がある。散財の一因として、ここのハーレムがある。気に入った妃たちに乞われるがままに宝石やドレスを贈り、その額は国家予算の五パーセントを超えるほどだ」
エルゴのさらなる言葉に、アリスは仰天した。
国家予算の五パーセントを自身のハーレムに費やすとは、なんという大盤振る舞いだろう。ちなみに、アリスは全くその恩恵を受けていないが。
これはきっと、お前たちの予算を削るという宣告に違いない。その場にいる誰もがそう思って覚悟した。
「私はこのようなハーレムは不要だと思っている。妃は、愛する女性ひとりで十分だ」
エルゴは胸に手を当て、力説する。おやっとアリスは思った。
(見た目によらずロマンチックな人なのね)
感心した次の瞬間、エルゴはその場にいる誰もが想像していなかった宣言をした。
「よって、このハーレムは取り潰す。婚姻関係も解消だ。これにて解散! 各自、荷物を纏めて祖国に帰るように」
エルゴは大きく両腕を広げ、解散を表現する。
(え? ええー!)
これにて解散、でハーレムを終了させるなど聞いたことがない。呆気にとられる妃たちを尻目にし、エルゴは話は終わったとばかりに壇上から下りる。
そのとき、「お待ちください!」と鋭い声がした。
「そのような話は承服いたしかねます。そもそも、祖国に戻されても実家も困ってしまいますわ。それに、幼い姫たちはどうするおつもり?」
一歩前に出たのはこのハーレムの絶対的王者、ルシアだ。エルゴはちらりとルシアを見て、ふんと鼻を鳴らした。
「姫たちは責任をもってこちらで育てる。だが、妃たちは帰国していただく。このハーレムの予算の実に九割がそなたに費やされていたことを私が知らないとでも? 今年に入ってからだけでも純金のクローゼットに金剛石で縁どられた純金の手鏡、真珠をちりばめたドレス……。ああ、高級酒を満たした風呂というのもあったな。その風呂も純金製だろう?」
(高級酒を満たした純金の風呂⁉)
なんということだ。
アリスなんて、下位の妃たちが使う共同風呂にひっそりと入っているというのに。まさに格差社会だ。
「なんなら、そなたのことを兄上を誑かして国庫を食いつぶした毒婦として訴追してもいいのだぞ? こうして祖国に帰すだけで大目に見てやったことをありがたく思え。ああそうだ、兄上に強請って購入した貴金属とドレスは全て置いてゆくように。あれはそなたのものではなく、国有財産だ」
それだけ言うと、エルゴはくるりと体の向きを変えてすたすたと出て行った。
ちらりとルシアを見ると、怒りで顔を赤くしてわなわなと震えている。
(とりあえず、ここから退散したほうがよさそうね)
触らぬ神に祟りなし。とりあえず、現王太子のエルゴと前王太子のクリスは女性の好みが異なるようだということだけはわかった。