(2)
「ようこそいらっしゃいました、アリス様。今日も可愛らしいわ」
アメリアはアリスを見るや否や、笑顔で駆け寄ってくる。
「アメリア様。本日はお招き頂きありがとうございます」
「わたくしがアリス様とお会いしたかったのよ。さあ、入って」
アメリアはアリスの手を引き、屋敷の奥へと案内する。
屋敷のメイド達もアリスを見て皆立ち止まり、微笑みを浮かべてお辞儀をする。たったそれだけのことだが、屋敷全体でアリスの来訪を歓迎してくれているのがわかった。
「最近はウィルが毎日アリス様の元に通っているらしいじゃない? ラブラブね」
アメリアははしゃいだように言う。ウィルフリッドとアリスが一緒に寝ているという情報は、間違いなくエマから聞いたのだろう。
「実はアメリア様にご相談がございまして……」
アリスはおずおずと切り出す。
「相談? わたくしでよければいくらでも聞くわ」
アメリアは胸に手を当てて任せろとばかりに言う。
「実は、陛下がわたくしに女性としての魅力を感じていらっしゃらないようです。その……一緒に寝ているのに触れてすらくださいません」
「は?」
アメリアは呆気にとられた顔でアリスを見返す。
(やっぱり、あり得ないことなのね)
アメリアの表情からこれは普通ではないのだと悟ったアリスは少なからずショックを受けた。
朝起きたらアリスがウィルフリッドに抱きついていることは日常茶飯事だが、ウィルフリッドから触れてくれたことは一度もない。
ハーレムにいた際は女しかいないので、男女の明け透けな話も多かった。そこで、『ベッドに誘い込んで肌を触れあえば男は簡単に流される』と聞いたことがある。しかし、触れあうどころか抱き付いてもウィルフリッドは全くリアクションなしだ。
「あのヘタレが……」
「はい?」
アメリアが呟いた言葉がよく聞き取れず、アリスは聞き返す。アメリアは慌てたように「あら、なんでもないのよ」と言った。
「アリス様、わたくしに名案があります。少しだけお時間くださいませ」
アメリアはその顔に美しい微笑みをーー浮かべた。
その日の夜、アリスはとても困惑していた。
「──本当にこれを着たら?」
「ええ、間違いありませんーー」
エマは力強く言い切る。
アリスはにわかには信じられず、目の前の衣装を眺める。ピンクがかった薄地の布はうっすらと透けており、至るところにレースやリボンが飾られている。結び目はリボンだけでひどく心もとなく、指をかければ簡単に脱げてしまうだろう。
なんでも、アメリア厳選の男性を誘う寝間着だそうだ。リボンのかかったプレゼントが届いたので何かと思って開けてみたら、これだった。
「無理よ」
アリスはぶんぶんと首を左右に振る。こんなはしたない格好、恥ずかしすぎて絶対に無理だ。
「そうですか? 絶対に陛下はお喜びになると思いますが」
「うーん、でも……やめておくわ」
万が一ウィルフリッドに淫乱な女とでも思われたら、それこそショックすぎる。
それに、アリスには男性と性的な意味で触れ合った経験が一度もない。これを着たところで、どうやって誘えばいいのか皆目見当もつかない。
アリスは今日届いたばかりの寝間着をクローゼットにしまうと、いつもの白いシルクの寝間着を着たのだった。
夜も更けた頃、アリスはベッドの上でうとうとと微睡む。カチャッと音がして部屋に入ってきたのは、ウィルフリッドだ。
「お疲れ様です」
アリスが言うとウィルフリッドは「ああ」とひと言だけ言った。
「今日は姉上のところに行くと言っていたな。楽しかったか?」
「はい、とても」
「どんな話を?」
ウィルフリッドに尋ねられ、アリスは頬を赤らめる。どうやったらウィルフリッドに女性として見てもらえるかを相談していただなんて、絶対言えるはずがない。
(部屋が薄暗くてよかったわ)
アリスは内心でほっとする。ウィルフリッドに赤くなった顔を見られずに済むから。
「美味しいお菓子をご紹介していただきました」
「へえ、よかったな」
ウィルフリッドはそれだけ言うと、ベッドの上に乗る。いつものようにアリスの隣、ちょうど十センチくらい離れた位置に横たわる。
「おやすみ」
「はい、おやすみなさいませ」
アリスはウィルフリッドを見る。彼はアリスに背を向けるようにして寝ていた。
(今日も指一本触れてくださらない)
アリスはしゅんとする。手を伸ばせば背中に届く距離なのに、彼のことがとても遠く感じた。




