(6)
『陛下と王子殿下達をお守りしろ!』
『誰か、上着を』
近衛騎士達が叫んでいるのが聞こえた。寒さで歯が鳴り、体がぶるぶると震える。
(なんとかしないと、全員死ぬ)
直感的にそう悟った。真冬の装備をしてきたのならまだしも、全員薄着で雪にも寒さにも備えていない。
(なんとか──)
寒さのせいか、段々と意識が薄れてくる。
『水の聖霊よ。力を貸してくれ』
当時、まだ力が発現したばかりの水の異能を使おうと精霊に呼びかける。
ふわっと空気が揺れ雪が弱まったが、数秒後にはまた猛烈な吹雪が襲ってくる。
(くそっ、力が足りない)
異能を使ったことで体力が奪われ、意識がさらに遠のく。
『兄上、父上、起きてください。意識をしっかり!』
ウィルフリッドは朦朧としている父と兄を必死に呼び、体を揺らす。
「兄上! 父上!」
なぜ二人とも朦朧としているのか理解できなかった。一刻も早く城に戻らなければならないのに、異常な眠気がウィルフリッドを襲う。
「兄上、父上……」
ウィルフリッドはふたりに手を伸ばす。そのまま意識は闇に吞まれた。
気づくと、王宮の自分の部屋にいた。自由にならない体に鞭打って起き上がろうとすると、至近距離から『ウィル! 意識が戻ったのね』と感極まったような声がした。
『……姉上?』
ぎゅっと抱き締めてきたのは、姉のアメリアだ。アメリアは『よかった』と言いながらぼろぼろと泣いていた。
『父上と兄上は無事ですか?』
アメリアに尋ねると、彼女の顔はさっと強張る。
『大丈夫。あなたのことはお姉様が絶対に守るから──』
『何があったのですか?』
『それは……』
明らかにうろたえたような態度に違和感を覚え、部屋を飛び出す。
『ウィル、待って! 待ちなさい!』
アメリアが制止する声が聞こえたが、無視して走った。大急ぎで父の執務室に向かったウィルフリッドが見たのは、信じられない光景だ。
『これは、弔旗?』
弔旗は、主が亡くなったときに弔いの意味で掲げる旗だ。
嫌な想像が、脳裏を過る。
そのとき、叔父──ヴィクターの姿が見えてウィルフリッドは『叔父上!』と走り寄った。ヴィクターは驚いたように目を見開く。
『殿下。意識が戻られたのですね。不幸中の幸いです』
『それより、何があった!』
『局所的な猛吹雪が発生しました。残念ながら、陛下と王太子殿下は──』
ヴィクターは沈痛な面持ちで首を横に振る。
その瞬間、嫌な想像は現実のものになったのだと悟った。信じられない思いで、呆然とヴィクターを見返す。
『詳細は不明ですが、救助に当たった者達の情報によるとごく局所的に猛吹雪が起きていたそうです』
『一体なぜそんなことが!』
『わかりません。恐らく、特別な力が関与し、暴走してしまったのではないかと──』
『特別な力が関与し、暴走……?』
ヴィクターはそれ以上明言せず、口を噤む。しかし、ウィルフリッドは自分の異能が関与している可能性が高いと言われているのだと即座に悟った。
(嘘だ……)
しかし、水の精霊の加護を受けた異能はおろか、現在異能を発現している王族はウィルフリッドただひとり。状況的に、ウィルフリッドが原因としか思えなかった。
『嘘だ……』
頭が混乱して、これしか言葉が出てこない。
息が苦しい。
絶望で、何も考えられない。
ふと、優しい手が額に触れた。
(誰だ?)
顔がよく見えない。けれど──。
その手に触れられた途端、心が落ち着いた。




