(3)
その日の午後は、ちょうどアメリアとお茶会の約束をしていた。王宮に遊びに来てくれたアメリアに、アリスは紅茶やお菓子を振る舞う。
「おすすめの仕立て屋? いくつかあるけれど……どんなドレスを作るの?」
さりげなくアメリアに仕立て屋について尋ねると、彼女はいくつかお店を思い浮かべたのか、宙に視線を投げる。
「普段使い用と畏まった席用の両方を作りたいと思っています。実は、陛下が見立ててくださることになっていて──」
「ええっ、ウィルが? 本当に⁉」
アメリアは驚いたように目を見開く。彼女にとっても、ウィルフリッドがそんなことをしてくれるなんて意外だったのだろう。
「はい」
アリスはおずおずと頷く。
「まあ! それは一大事だわ。ドレスだけじゃなくて靴やアクセサリーもきちんと選ぶように伝えておかないと! そうね、城下のミセストールの工房なんてどうかしら? あとは、サロンマリーネもおすすめよ! わたくし、どちらも御用達だから連絡してすぐにカタログを届けさせるわ。絶対に素敵なドレスができるわよ」
アメリアは興奮気味に言う。そして、ふふっと笑った。
「実は、ウィルから結婚するって聞いたときね、少し心配していたの」
「え?」
「あの子ってあの通り、人をあまり寄せ付けないでしょう? だから、お相手の方と上手く行くのかなって。でも、アリス様のご様子を見ていると、仲良くなさっているみたいでよかったわ。この分だと、王太子殿下のお顔も近いうちに見られるかしら?」
紅茶を飲みながら、アメリアは安心したように言う。
「ウィルに嫁いできたのが、アリス様でよかったわ」
「……そう思っていただけて、光栄です」
アリスは曖昧に微笑み返す。
ウィルフリッドとアリスは本当の意味で夫婦ではないことも、愛と子供は望むなと言われたことも、アメリアは知らない。
アリスは胸の辺りで、手をぎゅっと握る。
なんだか親切にしてくれるこの人を騙しているようで、心が痛かった。
ウィルフリッドとドレスを買いに行こうと約束をした日、アリスは彼と一緒にアメリアに勧められた仕立て屋のひとつへ向かった。
色とりどりの生地や見本のドレスの数々に、アリスは圧倒される。
「冬場はとても冷えるので、長袖、詰襟のドレスが主流となっております」
「素敵ね」
アリスは仕立て屋の説明を受けながら、うっとりと見本を眺める。
一括りに〝詰襟のドレス〟と言っても、胸の辺りで生地を切り替えたものや襟の部分がレース状になっているもの、刺繍が入ったものなど様々なデザインがある。また、毛皮や毛糸を編んだショールの数々はアーヴィ国では身に着けることがなかったので、目移りしてしまう。
「好きなものを選ぶといい」
「はい。ありがとうございます」
ウィルフリッドに言われてそう答えたものの、どれを選べばいいのかなかなか決められない。
「あの、見立てていただけるかしら?」
アリスが頼むと、仕立て屋は「もちろんです」と頷いた。
「このあたりはいかがでしょうか? 可愛らしい雰囲気が妃殿下にぴったりでございます」
仕立て屋が見せてきたのは、スカートの部分が膨らんだピンク色の可愛らしいデザインだった。
「あとは、こちらもよろしいかと」
次に手に取ったのは生地自体に刺繍が施されたベージュのドレスだ。刺繍糸が黄色なので、明るい印象を受ける。
その後も数着案内されたが、どれも捨てがたい。
「あの、陛下。どれがいいと思いますか?」
アリスは迷い、ウィルフリッドに問いかける。
「……全部買えばいいだろう」
ふいっと目を逸らされ、アリスはしゅんとする。
前の夫であるクリスは、お気に入りの妃──ルシアによくドレスをプレゼントしていた。また、アリスの好きな小説でも男性から女性にドレスを贈る場面はよく出てくる。
ウィルフリッドからすればアリスはただの〝妃役〟であり〝愛する妃〟ではないことはわかっている。けれど、一度くらい夫からドレスを選んでもらうという体験を自分もしてみたいと思ったのだ。
それに、王妃が着るドレスは普段使いのものでもそれなりに値が張る。全部買ってお金を浪費するのは本意ではない。




