(2)
「今でも暖炉を使っているのに。わたくし、冬を無事に乗り越えられるかしら?」
部屋に設置されている暖炉は、朝エマが火をつけてくれたのでパチパチと音を鳴らして燃えていた。段々と室温が上がり、過ごしやすい温度になっていく。
アリスは暖炉近くに洗顔用のお湯を準備してもらい、そこで顔を洗った。一方のエマはクローゼットの前に立ち、今日アリスが着る衣装を物色している。
「アリス様。念のため確認させていただきますが、今お持ちの冬服はこちらが全てですか?」
「ええ、そうよ」
アリスは頷く。
「それがどうかしたの?」
クローゼットの前に立ったまま考え込んでいるような様子のエマに、アリスは不安になる。
システィス国への輿入れに際し、アリスは既に持っている衣装に加えて、パーティー用ドレスから普段使い用のドレスまで合計十着の冬物のドレスを新調してきた。十分な量だと思っていたが、足りなかっただろうか。
「こちらのドレスでは、システィス国の越冬は厳しいかもしれません。コートも心許ないですので、何着か新調したほうがよろしいかと」
「そうなのね。じゃあ、陛下にご相談してみようかしら」
妃達の立場に応じて給料のように自由になるお金が支給されていたビクルス国のハーレムと違い、システィス国ではウィルフリッドとアリス二人分の生活費が『王家の生活費』として予算化されている。
無駄遣いをするつもりはないが、買い物をするならウィルフリッドに一言伝えてからのほうがいいと思ったのだ。
「それがよろしいかと。今日はこちらにいたしましょう」
エマが手に取ったのは、アリスが持っているドレスの中でも一番生地が厚く暖かいものだった。
「ええ、ありがとう」
アリスが頷くと、エマは手際よくアリスにそのドレスを着せてゆく。着替えたアリスはその足で朝食の場へと向かった。廊下は暖房が付いていないので、部屋よりもずっと気温が低い。
(寒っ!)
思わずぶるりと体を震わせた。
朝食の席で、アリスは早速ウィルフリッドに服を新調したいとお願いすることにした。
「あの、陛下……」
「なんだ?」
おずおずと話しかけると、ウィルフリッドは顔を上げて青い瞳でアリスを見つめる。
「実は、服を買いたいのですがよろしいでしょうか。エマに、わたくしの持っている服ではシスティス国の越冬は厳しいと」
「服はアーヴィ国から持ってきたものか?」
「はい」
「では、そうだろうな」
ウィルフリッドは納得したように頷くと、一旦口を閉じる。そして、逡巡するような表情を見せた。
「来週、少しだけ時間がある。一緒に見に行くか?」
「え?」
まさかウィルフリッドから一緒に行こうかと提案されるとは思っていなかった。てっきり護衛を連れて勝手に買いに行けと言われると思っていたアリスは、予想外の提案に驚いてまじまじとウィルフリッドを見返す。すると、ウィルフリッドは気まずそうに目を逸らし、「やっぱりいい。好きな品を買ってこい」と言った。
「いいえ! 陛下と一緒に行きたいです! 連れて行ってくださいませ!」
アリスはハッとして、慌ててウィルフリッドにお願いをする。
「気を遣わなくてもいい」
「気は遣っておりません。本当に一緒に行きたいのです。だって、陛下が見立ててくださるってことですよね?」
アリスは夢中で話す。そして、ハッとした。
(もしかして──)
ここ最近、夕食をいただく際にアリスは積極的にウィルフリッドに話しかけるようにしていた。最近そこで、好きな本とお気に入りのシーンを話した。騎士の男性が庶民の恋人にドレスをプレゼントし、舞踏会に連れてゆくシーンだ。
少し状況は違うけれど、男性に服を選んでもらうという点は同じだ。
(あんまり興味なさそうな様子だったのに……)
実はちゃんと聞いてくれているということがわかって、何よりも、ウィルフリッドが自らアリスを誘ってくれたのが嬉しかった。
「陛下からお誘いいただけて、嬉しいです」
アリスは満面の笑みを浮かべる。
「……そうか。では、近日中に連れて行こう。行きたい店があるなら、ピックアップしておいてくれ」
「はい!」
心なしか、いつもよりもウィルフリッドの表情が柔らかくなった気がした。




