(2)
ウィルフリッドはアリスをちらりと見て、ふむと考え込む。
「いや、行こうか」
「え?」
「姉上のことだから、この行先には既に我々が行くと伝えて根回ししているはずだ。国王夫婦が来ると思って意気込んで待っていたのにだれも来なかったら彼らは少なからず意気消沈するはずだ」
「それはそうですね」
「だろう? それとも、俺と出かけるのが嫌か?」
ウィルフリッドは頬杖をついて、アリスを見つめる。
「いいえ、ちっとも! 是非一緒に出掛けたいです!」
アリスは身を乗り出して答える。その勢いに圧倒されたのかウィルフリッドは少し目を丸くして、ふっと笑みを見せる。
「では、決まりだな。楽しみにしておこう」
ウィルフリッドはそれだけ言うと、すっくと立ちあがりアリスの部屋を出て行く。アリスは呆然とその後ろ姿を見送った。
(今、笑った?)
いつもしかめっ面しか見せないウィルフリッドが、ほんの僅かだけど笑ってくれた。
なんだかそれが、とても嬉しいことのように感じた。
◇ ◇ ◇
約束のデートの日、アリスはエマにより入念に着飾らされていた。
「あの……エマ? 今日は随分と髪を結うのに時間がかかっているのね」
「だって、今日はデートですよ? 陛下とのデート! これが気合を入れずにいられましょうか」
エマはぐっと拳を握ると、フンと鼻から息を吐く。
アリスも最近知ったのだが、エマは元々アメリアの侍女だったそうだ。アリスが嫁いでくると知ったアメリアが是非この人をと推薦して、アリスの侍女になったという。
だから、エマとアメリアは今でも親交があり、アリスとウィルフリッドのデートのことも情報が筒抜けだった。
エマはアリスの髪の毛をサイドから編み上げ、ハーフアップにした後ろの結び目に花を模した細工の髪飾りを着ける。そして、編み上げのところどころにも同じ花の小さな飾りを着けた。
「さあ、できましたよ」
「ありがとう。これで陛下の横に立っても恥ずかしくないわね」
今日着ている服は、今持っている服の中で特にお気に入りの一着だ。
淡い水色のワンピースで、裾にはレースの飾りが、腰の部分にリボンが付いている。街歩き用なので決して華美ではないのだが、さりげなくあしらわれた飾りのおかげで清楚に見えるのだ。
「元々恥ずかしくなんてありません。今日はいつも以上にお美しいので、陛下も惚れ直すことでしょう」
惚れ直すも何も、元々惚れられていない。けれど、エマに褒められ悪い気はせず、アリスははにかむ。
ちょうど準備が終わったタイミングで、トントントンと部屋をノックする音がした。
「……準備はできたか?」
ドアの向こうに立っていたのはウィルフリッドだった。アリスを迎えに来てくれたようだ。
「はい、できております。陛下にお迎えのご足労をおかけしてしまい、申し訳ございません」
アリスはウィルフリッドのほうに駆け寄る。ウィルフリッドはアリスを見ると、少し驚いたような顔をした。
「あの、何かおかしいでしょうか?」
ウィルフリッドの反応に、アリスは不安になる。
「いや……似合っている。では、行こうか」
「はい」
ではなぜ驚いた顔をしたのだろうと不思議に思ったが、ウィルフリッドはそれ以上言う気がなさそうだ。
ふたりは並んで廊下を歩き出した。
「今日は晴れてよかったですね」
王宮の開放廊下から見えた空を見上げ、アリスはウィルフリッドに話しかける。
システィス国は今、短い夏が終わりを告げて秋を迎えようとしている。この季節は曇りがちで雨の日も多いのだが、今日は珍しく爽やかな晴れで雲もほとんどない。
「ああ、そうだな」
ウィルフリッドは頷いた。
馬車に乗り込むと、軽快な足音を立てながら馬が走り出す。
「今日はどこに行くのですか?」
アリスはわくわくしながら、ウィルフリッドに問いかける。
「姉上からは、城下にある美術館のチケットをもらったのだが──」
「まあ、美術館ですか! 実はわたくし、絵を見るのも描くのも大好きなんです」
アリスは目を輝かせる。
昔から、絵を見るのも描くのも好きだった。小さな頃は、宮廷画家の後ろをちょこまかと付いて行っては一緒に絵を描こうとして、よく両親に呆れられたのを覚えている。
アメリアやエマにはそのことを少し話していたので、ウィルフリッドに美術館を勧めてくれたのだろう。




