◆ 第四章 出戻り王女は初デートする
この日、アリスはウィルフリッドの姉であるアメリアに招かれて、バリー公爵家を訪問していた。
バリー公爵家は百年ほど前に王家から分かれた公爵家だ。初代当主はウィルフリッドとアメリアの曾祖父の弟で、元々は離宮だった建物を今は屋敷として使っている。
「アリス様! よくいらしてくださいましたね」
朗らかな笑顔を浮かべてアリスを出迎えたのは、バリー公爵夫人であるアメリアだ。
「はい。ご招待ありがとうございます」
アリスはアメリアに向かって、丁寧にお辞儀をする。
「あら、そんなにかしこまらなくっていいのよ。さあさあ、奥に案内するわ。アリス様とお茶をするのが楽しみで、新しいティーセットを揃えたのよ」
アメリアはご機嫌な様子で屋敷の奥へと案内する。
通された部屋は、大きな暖炉の付いた客間だった。テーブルには焼き菓子からフルーツまで様々なスイーツが並べられ、花が飾られている。それだけで、アメリアがこのお茶会の準備に心を砕いてくれたことがよくわかる。
「アリス様、夫から噂を聞きましたよ。なんでも、ローラン国の王族との伝手を使って水道の技術提供の約束を取り付けたとか。すごいわ」
紅茶が振る舞われてすぐ、アメリアが話題を振る。
「ええ、そうなのです。ローラン国の地下水道の技術を我が国にも導入できないかと思って。ウィルフリッド様にご相談したら、話がスムーズに進むようにお力添えくださいました」
「まあ、ウィルが」
アメリアは嬉しそうに相槌を打つ。アメリアは公式の場ではウィルフリッドを『陛下』と呼ぶが、プライベートの砕けたときは愛称の『ウィル』と呼ぶのだ。
「ところで、最近ふたりはどうなの? どこかにデートには行ったの?」
「え?」
にこにこしながら尋ねられ、アリスは言葉に詰まる。
アリスはお飾りの王妃なのだから、デートなど行くはずがない。ただ、アメリアはそのことを知らない。
アリスの戸惑った表情から、アメリアはすぐに今の状況──未だに距離感の遠い夫婦であることを悟ったようだ。スッと目を据わらせる。
「まだデートのひとつも誘わないなんて、信じられないわ。何やっているのかしら、あの子!」
「あの」
「こんなに可愛らしいのだから、おちおちしていると愛想を尽かされてしまうってわかってないのかしら! ああ、本当にもう!」
「アメリア様?」
ぶつぶつと独り言を言い出したアメリアに、アリスは困惑気味に話しかける。
「アリス様。あの愚弟の気が利かないばっかりに、申し訳ないわ。わたくしがしっかり言い聞かせておきますから、安心なさって!」
アメリアは片手を胸に当て、声高々に宣言したのだった──。
「──なるほど。それで、この手紙というわけか」
「申し訳ありません……」
「いや、いい。アリスが悪いわけではない」
はあっと息を吐くウィルフリッドを、アリスは恐縮しつつ見る。
てっきり冗談かと思っていたが、アメリアはアリスとのお茶会のあとに本当にウィルフリッドに手紙を出したようだ。
姉から『重要』と赤字で書かれた手紙が届けば、ウィルフリッドとて目を通さざるを得ない。封を開くと、ウィルフリッドの手元から一枚の紙がハラハラと舞い落ちる。拾い上げた紙には、新妻をデートに誘わないとはけしからんという説教が綴られていた。一緒に美術館のチケットも同封されていた。
【ウィルへ 可愛い妻が一生懸命王妃として頑張っているのに、慰労のデートにも誘わないなんてどういうつもりなの? お姉様はあなたをそんな気の利かない子に育てた覚えはありません! アメリアより】
育てるも何も、ウィルフリッドとアメリアはひとつしか違わない。
母はウィルフリッドの産後間もなく、父と兄はウィルフリッドが十二歳のときに亡くなったので、確かにアメリアが一番の年長者ではあったが。
「あの、陛下。どうぞお気になさらずに」
アリスは眉根を寄せたままのウィルフリッドにおずおずと告げる。
アリスは自分がお飾りの妃であることを理解しているし、ウィルフリッドが忙しいこともわかっている。彼を邪魔しようという気は一切ないのだ。




