(6)
一時間ほどで食事を終えると、アリスは私室に戻り、ウィルフリッドはその日の状況に応じて執務室に戻ったり私室に戻ったりするのが常だ。
その日も、食事を終えたふたりはそれぞれの部屋に戻ろうと立ち上がった。
そのとき、外から「ドッカーン!」と大きな音がした。
「雷か」
ウィルフリッドは外を見る。既に暗くなった空がピカッと光るのが見えた。
特に気にせずにそのまま部屋に戻ろうと思ったそのとき、アリスの様子がおかしいことに気づいた。顔が真っ青で、小刻みに震えている。
「おい。体調でも悪いのか?」
「いえ。大丈夫です」
そう言って首を左右に振るが、明らかに様子がおかしい。
(一体どうしたんだ?)
そう思った次の瞬間、外から再びドッカーンと音がした。
「きゃああー!」
アリスは両腕で頭を抱え、その場にしゃがみ込む。
(もしかして──)
ウィルフリッドはアリスと視線を合わせるようにしゃがむ。
「雷が苦手なのか?」
「申し訳ございませ……きゃーっ」
再び雷が落ちる轟音が響き、アリスは悲鳴を上げる。間違いなく雷が怖いようだ。
「いつもどうしていたんだ?」
「ハーレムでは仲のよい妃が、雷がおさまるまでずっと一緒にいてくれました」
ウィルフリッドは眉根を寄せる。ここはハーレムではないので、彼女と仲のよい妃などいない。侍女も仕事があるので付きっきりにはなれないだろう。
「あの……お構いなく。陛下はお戻りください」
アリスはへらりと笑うが、強がっているのは明らかだ。
(見ていられないな)
ウィルフリッドははあっと息をつくと、「行くぞ」と言ってアリスを両腕で抱える。初めて抱き上げるアリスは、小柄なこともあって想像以上に軽かった。
「へ、陛下⁉」
アリスは動揺したように叫び、顔を赤くする。
「今日はもう少しアリスと話したい気分だ。リビングに行こう」
王宮の中には、国王の家族が過ごすためのリビングルームも備えつけられている。ウィルフリッドはアリスを抱きかかえたまま、そこに向かった。
「申し訳ございません……」
「構わない。耳でも塞いでおけ」
ソファーに座らせると、彼女の両耳を塞ぐように抱き寄せる。アリスは抵抗することなく、ウィルフリッドにぴったりと寄り添う。本当に、よっぽど雷が怖いようだ。
「なぜ雷が苦手なんだ?」
「小さなとき、目の前で雷が落ちるのを見て……。物置小屋があっという間に火に包まれて、本当に怖かったんです」
「そうか……」
小さく震える姿が、まるで小動物のようだ。
ウィルフリッドはアリスを安心させるように、ぽんぽんと背中を叩いてやる。すると安心したせいが、しばらくすると規則正しい寝息が聞こえてきた。
「寝てる?」
屈託のない寝顔を見ると、アリスがこの国にやってきた初夜のことを思い出す。
あの日は、自分でも随分と酷いことを言ったという自覚はある。
(きみはなぜ、自ら進んでこの国に尽くそうとするんだ?)
国の利益になると思って、政略結婚を申し込んだのはウィルフリッドのほうだ。しかし、アリスがこんなにも色々なことに自主的に取り組んでくれるとは思っていなかった。
結婚に対する風除けに、人前に出しても恥ずかしくない程度のお飾りの妃がいればそれでいいと思っていたのだ。
それに、ウィルフリッドが結婚式の日の夜にアリスに告げたことは、彼女が怒っても仕方がないような、ひどいことだ。
(アリスには一切非がないのにな)
ウィルフリッドは自身がこの国の国王の座に就いた経緯を未だに受け入れられずにいる。自分は誰かと愛し合って幸せになっていい存在ではないと思っていた。それに、無関係のアリスを巻き込んだのだ。
しかし、アリスは一切怒ることなく、むしろ積極的にウィルフリッドに笑顔で接し、色々な提案をしてくれる。
(今日はどんなことを話してくれるだろうか)
そんなことを思ってアリスと話すのが楽しみになったのはいつからだろうか。
次章、アリスが初めての○○○に行きます。
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