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「それは興味深い話だ。だが、地下に水路など作ったら地上で陥没が起きて今とは違う不便が発生する可能性がある。実現にはしっかりとした検討と、十分な知見と技術を持った者の指導が必要だ。ローラン国はそうやすやすと、技術者を他国にやらないだろう」
「確かにそうですね」
アリスは考えるように口元に手を当てると、しばらく黙り込む。
「では、ローラン国にも相応のメリットがあるとちらつかせ、話を持っていくのはいかがでしょう?」
「相応のメリット?」
「はい。我が国にはあってかの国にはないものがあります」
アリスはウィルフリッドを見つめると、自信ありげに口の端を上げた。
「我が国にあってかの国にないものとは?」
ウィルフリッドは興味を覚えたようで、アリスに尋ねる。
「農業技術です」
システィス国は寒冷地域に位置するため、野菜が収穫できる時期が限られている。そのため、寒さの中でも野菜を育てるための様々な技術が開発されていた。
一方、ローラン国は野菜を雪の下に保存して少しずつ使っているという。雪の下に保存した野菜も悪くはないのだが、これまで農業が難しかった時期にも栽培できる技術が入れば少なからず国の豊かさに影響を与えるはずだ。
「水路技術と、農業技術か。なかなか面白い」
ウィルフリッドが前向きな返事をしたので、アリスはパッと表情を明るくする。
「では、早速ローラン国に手紙を書きます。かの国の王女は、わたくしの親友なのです」
アリスは役に立てることが嬉しくて、花が咲いたような笑顔を浮かべた。
◇ ◇ ◇
それは、アリスが剣の訓練を見学してからひと月ほど経ったある日だった。夕食の場に行くと、アリスがにこにこしている。
アリスはいつもにこにこしているのだが、今日はいつも以上に機嫌がよさそうに見える。
「陛下」
呼びかけられ、ウィルフリッドはアリスを見る。
「ローラン国に出した手紙の返事がきました。まずは担当者間で協議の場を設けたいと。とても前向きな回答です」
アリスは手に持っていた封筒をウィルフリッドに差し出す。ウィルフリッドはそれを受け取ると、素早く文字を追う。
それは、アリスが言っていたとおりビクリス国のハーレムにいた時代の友人からのようだった。アリスの結婚への祝辞から始まり、自らは国内貴族と結婚が決まったことや、最近あった出来事、それに、アリスからの水道技術に関する要望に対して是非とも前向きに交渉を開始したいと王太子も考えている旨が書かれていた。
「では、早速文官を派遣する手配を進めよう。両国とも冬は寒さが厳しくて移動が難しい。協議をするなら、秋までがいいだろう」
「はい。よろしくお願いします」
アリスは嬉しそうに頷く。そして、何かを思い出したかのように宙に視線を投げた。
「そういえば、今日また救貧院に行って院長と話をしてきました。彼らは働く意思はあるもののその術を備えておらず、多くの場合は法外に安い賃金で劣悪な環境下で長時間酷使され、逃げ出してはまた救貧院に戻ってくるそうです。わたくし、この問題を解決するために職業訓練施設と仕事斡旋の制度を作りたいです」
「職業訓練施設と仕事斡旋?」
「はい。以前、聞いたことがあるんです。仕事をする技術を教え込み、彼らを雇ってくれる場所を公的に紹介する。一見すると費用ばかり掛かって無駄に見えるかもしれませんが、結果的に労働力の増加、経済の活性化に繋がり、国としては得するんだそうです」
「それもハーレムで聞いたのか?」
「はい、そうです。すっかり忘れていましたが、今日救貧院の院長と話していたら思い出しました」
「なるほど」
ウィルフリッドは考える。アリスの言っている提案は、一理ある。それに、失業率の低下は国民の生活満足度の上昇と税収の増加に寄与する。
「労務省の大臣に伝えておこう」
「はい、是非!」
笑顔でアリスは頷いた。




