(4)
水を使いたいと思ったら雪を取りに行くと言っても、吹雪の日などは外に出るのも一苦労だろう。それに、雪を溶かすのにも時間がかかるし、手も冷たいはずだ。
(なんとかできないのかしら……)
水路にお湯を流しても、すぐに冷めてしまうから無駄だろう。もっと根本的な改善策を……と考えているときに、ふとビクルス国のハーレムにいたときに一番の仲良しだった妃──ケイトが何気なく話したことを思い出した。
──あれは、ハーレムにある妃用の共同風呂で、一緒にお風呂に入っていたときのことだ。
『ビクルス国は、お湯が豊富で贅沢ね。わたくしの故郷は寒いから、こんなにたくさんのお湯を沸かすのは大変だわ』
ケイトは湯船に満たされたお湯を手で掬い、しみじみと眺める。
『そうなの?』
『ええ、寒いと水温も低いから、お湯にするのも一苦労なのよ。水路は地下に作るのだけど、それでも冷たいものは冷たいもの』
『地下に水路を? どうして?』
不思議に思ってアリスは尋ねる。
『地中の温度は気温よりも高いから、水が凍るのを防ぐことができるのよ』
『なるほど!』
凄い技術もあるものだと、アリスは驚いたのだった──。
(水路を凍らないように、地下に作る……。そうよ、これよ!)
ケイトは寒さの厳しい国──ローラン国の出身で、彼女の祖国はここシスティス国と同様、冬は氷と雪に閉ざされる。ローラン国でうまく機能しているのなら、システィス国でだって同じ技術が適用できるはずだ。
(早速、陛下に相談してみましょう)
冬は嫌でもやって来る。工事の期間を考えると、着手は早いほうがいい。
◇ ◇ ◇
アリスがウィルフリッドを訪ねてきたのは、午後の会議が終わってちょうど執務室に戻ったタイミングだった。
会議資料を読み返していると、トントントンとドアをノックする音が聞こえた。
「何だ?」
「陛下。お妃様がお越しです」
「なんだと?」
執務室の入り口を守る衛兵からアリスの来訪を知らされ、ウィルフリッドは訝しく思った。アリスが日中ウィルフリッドの執務室を訪ねてくることなど、滅多になかったから。
「ごきげんよう、陛下」
衛兵の後ろからちょこんと顔を出したのは、アリスだ。体が小さいせいで体格のよい衛兵に完全に隠れている。
「ご相談があって少しだけお時間をいただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「相談?」
ウィルフリッドは聞き返す。
「はい。もしご都合が悪いようでしたら、夜でも構いません」
「いや。今聞こう」
アリスがわざわざ訪ねてきたからにはきっと重要な用事なのだろうと判断したウィルフリッドは、執務室に置かれたソファーに座るよう彼女に勧める。アリスは素直にそこに座った。
「それで、相談とはなんだ?」
「本日は護衛の騎士の手配をありがとうございました」
アリスはまず、ウィルフリッドが護衛の騎士を約束通り手配したことに対してお礼を言う。
「町に行ったところ、市民から冬場に水路が凍り付いてとても不便しているという話を聞きました」
「ああ、そうだな。毎年のことだ」
ウィルフリッドは頷く。だから、ウィルフリッドは真冬に町を視察する際はついでに自分の異能を用いて水路の氷を解かすようにしている。それでも、すぐにまた凍ってしまうので焼け石に水だが。
「システィス国と同様に寒さが厳しいローラン国では、水路を地下に作って冬場も凍らないようにする技術があるそうです。我が国にその技術が使えるかどうかはわかりませんが、検討する価値はあるのではないかと」
「地下に水路?」
その発想はなかった。確かに冬場の地温は地上より高く、滅多なことでは氷点下まで下がらないはずだ。もしも冬場も水路が使えるようになれば、市民生活の利便性は格段に上がるだろう。




