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数日後、ウィルフリッドは約束通り、アリスの外出に案内兼護衛の騎士を付けてくれた。
アリスはまず、馬車で中心街へと向かった。ここの馬車通りがシスティス国一の繁華街だとヴィクターに教えてもらったからだ。道の両脇にはたくさんの店が軒を連ねており、そこかしこから客入れの呼び声が聞こえてきた。
「とても賑やかね」
アリスは同行しているエマに話しかける。
この国に嫁いで来る日も馬車でこの道を通ったはずだが、緊張していたせいかほとんど覚えていない。
馬車を降りたアリスはゆっくりと歩きながら、店頭に並んでいる商品を眺める。品ぞろえが豊富で、人々が豊かな暮らしを送れていることがよく分かった。
「システィス国は今から秋にかけてが一年で最も賑やかな季節なんですよ」
「一年で一番賑やか?」
「はい。システィス国の冬はとても寒いので、特に雪の日は皆外に出ようとしません。だから、冬場は人通りがぐっと減ります」
「なるほど。そういうことね」
アリスが生まれ育ったアーヴィ国は冬も比較的温暖なため、季節による人出の差はない。国によってこうも違うのかと、とても興味深い。
しばらく歩くと水路があり、それを越えるといくつもの民家が並んでいるのが見えた。各民家の脇には、とても小さな小屋がある。
「あ、あれはもしかして──」
システィス国について調べたとき、各家庭には基本的に地下貯蔵庫があるので、そこに越冬用の食料や燃料を蓄えておいて冬の間に少しずつ使うという記載を見た。
「ねえ、エマ。もしかしてあれは、地下貯蔵庫への入り口?」
「はい、そうです。よくご存じですね」
エマはびっくりした様子だ。
「やっぱり! 本で読んだの」
アリスは笑みを零す。勉強したものを現実で目にするのは、なんだか嬉しい。
その後、アリスは中心地から馬車で十分ほどの場所にある、城下で一番大きい救貧院に向かった。
(思ったより立派なのね)
アリスは二階建ての建物を眺める。思った以上に清潔感のある立派な建物で驚いた。
今日アリスが訪問することは事前に知らせてあったので、すぐに院長が出迎えに出てきた。
「ようこそいらっしゃいました、王妃様」
「押しかけてごめんなさい。どうしても、民の暮らしぶりを一度見てみたくて」
「いつでも歓迎します」
院長は口元に笑みを浮かべる。
「先日も、陛下がいらっしゃいました」
「陛下が?」
アリスは意外に思って聞き返す。
「はい。陛下は毎年一回は、必ずいらっしゃいます。ほんの数十分程度ですが、問題がないかご自身の目で確認されるのです」
「へえ」
ウィルフリッドは国王だ。福祉以外にもやらなければならない仕事が盛りだくさんで、非常に忙しい。年に一度、数十分とはいえ、かなりの負担になるだろう。
(わたくしも、頑張らないと)
アリスは決意を新たに、救貧院を見て回る。そこには、様々な事情で住む家を失った人々が暮らしていた。一階部分は食堂や集会室、就業支援のための訓練をする部屋などがあり、二階は八人部屋の居室が並んでいる。
「何か困っていることはない?」
アリスは施設で働く女性に話しかける。
女性達は顔を見合わせてから、おずおずと口を開いた。
「冬になると、水に不自由するので困っています」
「水に?」
アリスは聞き返す。
今日町を見た限り、システィス国の王都には水路が張り巡らされており、水の設備は整っているように見えた。アリスが今暮らしている王宮でも水路から水を引いており、いつも新鮮な水が汲めるようになっている。
「王妃様はここの冬がとても厳しいことはご存じですか?」
「ええ」
実際に体験したことはないが、とても寒いということは書物や人から聞いた話で知っている。
「冬になると、水路の水はカチコチに凍ってしまって水を使いたくても使えなくなるのです」
「凍ってしまって? じゃあ、その間はどうしているの?」
アリスは驚いて尋ねる。
「積もっている雪や氷を溶かして使います。ただ、気温が低いので水に戻すのにも一苦労で」
「それはそうよね」
アリスは頷く。




