◆ 第一章 アリス、出戻り王女となる
それはまさに青天の霹靂だった。
【重大発表あり。全ての妃は本日十五時に大広間に集まるように】
ハーレムにいる四十三人の妃達にこんな通達が出たのは、アリスが二十二歳──ここビクリス国の王太子専用ハーレムに入ってから実に七年も経過したある日だった。
「全ての妃が? 珍しいわね。どんな発表?」
七年間もハーレムに住んでいるが、妃が一堂に集められたことなど、パーティー位しか記憶にない。不思議に思ったアリスは言付けに来た女官に尋ねる。
「内容までは存じ上げません。必ずいらっしゃるようにとのことです。それでは失礼いたします」
女官は事務的な態度でぺこりと頭を下げると、立ち去って行った。
アリスはその後ろ姿を見送ってから、くるりと振り返って自室の奥を見る。
「ケイト様、どう思う? 通達を出されたのはクリス殿下かしら?」
アリスはたまたま自室に遊びに来ていた仲良しの妃──ケイトに話しかける。ケイトはゆるいくせのある髪の毛をかき上げ、背もたれに寄りかかった。
「きっとそうだと思うけど……何かしらね? ルシア様か誰かがご懐妊でもなさったかしら?」
「ああ、なるほど! きっとそうだわ。クリス殿下はルシア様がお気に入りですものね。今度こそ男の子かしら?」
「お気に入りっていうか、ルシア様しか興味がないわよね。お世継ぎがなかなか生まれないって大臣たちがやきもきしていたから、男の子だったら一安心ね」
「つまり、わたくしたちはますます用なしってことね?」
「そうね。いっそのこと、ルシア様以外は全員ハーレムから解放してくれたらいいのに」
ケイトはつまらなそうに言う。
「あははっ。本当にね」
その意見には完全に同意する。アリスはなんだかおかしくなって、声を出して笑った。
アリスがここビクルス国の王太子──クリスに四十一番目の妃として嫁いだのは今から七年前、まだ十五歳のときだった。ちなみにその後も妃は増え、今現在クリスには全部で四十三人の妃がいる。
クリスはアリスの八歳年上で、当時はまだ二十三歳だった。さして珍しくもない茶髪、茶眼で、身長も平均位。目を瞠るような美男子でも、一騎当千の英雄でもないけれど、ややふっくらした顔立ちで温厚そうな青年に見えた。
恋愛小説のような身を焦がすような大恋愛に憧れがないと言えば嘘になるが、王女の政略結婚などこんなものだろう。アリスは、まず夫となる男性が温厚そうであることに心底安心した。
(よかったわ)
ハーレムの中ではきっと、王太子の寵を競う血みどろの戦いが繰り広げられているに違いない。ただでさえストレスフルな場所だろうに、肝心の夫まで気難しい男ではやってられない。
(やっぱり新入りは虐められるのかしら?)
もしかしたら、嫌がらせをされるかもしれないし、ひょっとすると毒を盛られるかもしれない。アリスが読んだことのある小説によると、ハーレムとは魑魅魍魎が跋扈する恐ろしい場所なのだ。
(負けないように、頑張らないと!)
来たる女の戦いに備え、アリスは覚悟を決めたのだが──。
「嫁いできたときは、まさかクリス殿下が年上好きだなんて想像すらしていなかったわ」
アリスはふうっと息を吐く。
「年上っていうか、多分熟女好きだわ。この前、皇后陛下より年上の女官に言い寄っているのを見かけたもの」
ケイトが訂正する。