(3)
「陛下、この度は誠におめでとうございます」
男性の挨拶に合わせ、横にいる女性も頭を下げる。
(叔父上って言っていたわよね。叔父上って確か──)
事前に勉強していた、この国の王族に関する知識を思い出す。
「アリス、彼は私の叔父上で、この国の宰相をしている」
ウィルフリッドの言葉を聞き、アリスは(やっぱり)と思う。たしか彼は、即位当時まだ幼かったウィルフリッドの補佐官として敏腕を振るい、今も宰相としてこの国の貴族に絶大な影響力を持っている。
ちらほらと白髪が交じり始めたグレイヘアを後ろになでつけ、口元には整えたひげが生えた渋みのある男性だった。いわゆる、イケオジというやつだ。そして、傍らにいる艶やかな黒髪が印象的な美人は、彼の妻だろう。
「初めまして、アリス妃殿下。宰相をしているヴィクター・ノートンです。こちらは妻のイリスです。以後お見知りおきを」
「初めまして、ノートン卿。イリス様」
アリスは失礼がないよう、丁寧にヴィクターに挨拶を返す。
「陛下が急に結婚を決めて、驚きました。なんでも、アリス様は昨年までビクルス国のハーレムにいたとか」
「え?」
「姉のルシアからも少し話を聞いております。突然の解散だったとか」
アリスは驚いて目を丸くする。ルシアとは、アリスの前夫──ビクルス国のクリスの寵妃だった女性だ。
「まあ、そうだったのですね。ちっとも存じ上げませんでした」
扇で口元を隠しつつ、アリスは適当な返事を返す。
(ルシア様の妹君が、システィス国の王弟殿下に嫁いでいたなんて)
近隣国の王女なのでその妹がシスティス国の王族に嫁ぐのはなんら不思議なことではないのだが、思ってもみなかった縁に驚いた。
「本当に突然で驚きました。一体どのようにして知り合ったのですか?」
しおらしい様子で問いかけてきているように見えるが、アリスを見つめる目は興味津々と言ったところか。
(なるほどね)
要は、ハーレム解散直後に面識のないウィルフリッドとの結婚を決めたアリスのことを、警戒しているのだろう。もしかすると、どこかの家門から娘を王妃に推してほしいとでも頼まれていたのかもしれない。
「祖国に戻って程なくして、陛下からの求婚をいただきまして──」
どのように知り合ったかも何も、結婚式が初対面だ。
アリスがちらりと横を見ると、ウィルフリッドの鋭さのある青い瞳と視線が絡み合った。ウィルフリッドはノートン夫妻へと視線を向ける。
「ずっと昔だが、ビクルス国で開催された舞踏会で一度だけアリスを見かけた。そのときの姿が忘れられずにいたところ、独身になったという噂を聞いていても立ってもいられずに求婚した次第だ」
ウィルフリッドが補足する。
(あら?)
そんな話は初耳だ。アリスの立場が悪くならないように咄嗟に作り話をしてくれたのだろうか。
「なるほど。確かに陛下は数年前、ビクルス国に行かれていましたな。では、陛下が長らく結婚を渋っておられたのはアリス様のことを思って?」
「無粋なことを聞くな。想像に任せるとしよう」
ウィルフリッドはどこか冷たさのある笑みを浮かべる。その態度は、これ以上この話題に触れることは許さないと言いたげに見えた。
「これは失礼いたしました」
ヴィクターはウィルフリッドの意図に気づいたようで、話を終わらせる。
「では、私はここで」
「ああ。楽しんでいってくれ」
ウィルフリッドはノートン夫妻の後姿を見送る。彼らの背中が雑踏に消えたのを見届けてから、アリスはチラッとウィルフリッドのほうを見た。
「陛下、ありがとうございます。その……助けてくださって」
「構わない。私が急にこの結婚を決めたから、色々と気になるようだ」
「そうなのですね。あの……どうして──」
どうしてウィルフリッドはアリスに求婚したのか。恐らく先ほどの一目ぼれというのは、その場の作り話だ。
アリス自身もずっと不思議に思っていたので本当の理由を聞こうとしたが、それは次に祝辞を述べようと近づいてきた来賓によって遮られた。
「おめでとうございます」
「ありがとう」
「このような美しい方がいらしてくださり、喜ばしい限りです」
「ありがとう」
アリスはそのあとも、永遠に続くのではなないかという来賓からの祝辞に追われたのだった。




