(2)
挙式のあとは来賓たちを招いた披露宴が行われた。王宮内にある大ホールにたくさんの食事が並べられ、高級酒が振る舞われる。
「アリス様!」
高砂にいるアリスとウィルフリッドに駆け寄ってきたのは、満面の笑みを浮かべた美しい女性だった。
「まあまあ! こんなに可愛らしい方が我が国に嫁いできてくださるなんて……」
女性はアリスの両手を握ると、感激したように見つめてくる。
腰まであるシルバーブロンドの髪の毛に、青空のような瞳。女神かと見まごうような完璧な美貌。既視感のあるその人を見て、アリスは(もしかして)と思う。
「姉上。アリスが驚いている。名前くらい名乗ったらどうだ?」
隣に座るウィルフリッドが呆れたように言う。
(やっぱり!)
性別こそ違えど、目の前の女性はウィルフリッドとよく似ている。
「あら、失礼しました。わたくしはアメリア・バレー。ウィルフリッドの姉で、今はバレー公爵夫人よ。これから末永くよろしくお願いします」
その女性──アメリアはにこりと微笑む。
「アーヴィ国より参りました、アリスです。こちらこそよろしくお願いします」
アメリアに手を握られたまま挨拶をされ、アリスは彼女に微笑み返す。
「本当に可愛らしいわ。こんな素敵な方がウィルに嫁いで来てくれて、わたくし感激してしまって」
「姉上。アリスが困っているだろう」
「まあ! わたくしったら嬉しすぎてつい」
アメリアはハッとしたように握っていたアリスの手を離すと、照れを隠すように笑う。その様子に、アリスはほっこりとした。
「わたくしも、アメリア様のようなお姉様ができて嬉しいです」
「本当? じゃあ、今度お茶をしましょうね。すぐにご連絡します」
「ええ、是非」
勢いよく話すアメリアに対し、再びウィルフリッドが「姉上。次の人が待っている」と窘める。
「わかっているわ。少しお待ちなさい。うるさくって嫌ね。アリス様、こんな弟ですけれど、愛想をつかさずに何卒よろしくお願いします」
「愛想をつかすなんて、とんでもない」
アリスは苦笑いする。ウィルフリッドはさっさと行けとばかりに、しっしと手を振った。
アメリアは去り際もアリスに小さく手を振る。
「ようやく行ったか」
アメリアの後姿を見送りふうっとため息を吐くウィルフリッドの様子に、アリスはくすくすと笑う。
「ふふっ。とても仲がよろしいのですね」
「これは仲がよいというのか?」
ウィルフリッドは半ばうんざりしたような様子だが、アリスから見ればアメリアがウィルフリッドをとても大事に思っていることがよく分かった。
(お姉さまがいい人そうでよかった)
異国に一人嫁ぐのは心細い。友好的な人がひとりでもいてくれてホッとする。
次に挨拶に現れたのは、黒髪、黒眼の精悍な雰囲気の男性だった。まだ若く、ウィルフリッドと同じくらいの年頃に見えた。
「このたびはご結婚、おめでとうございます」
男性は祝辞を述べると、アリスを見てにこりと笑う。
「妃殿下、はじめまして。私はロジャー・ポーターと申します。陛下の側近としてお仕えしております」
「まあ、そうなのですね。これからよろしくお願いします」
アリスが会釈を返すと、ロジャーは意味ありげにウィルフリッドに視線を送る。
「陛下が是非ともアリス殿下を娶りたいと熱望されたのですが、理由がわかる美しさです」
「ロジャー。余計なことを言うな」
ロジャーが続けた言葉をウィルフリッドが遮る。これ以上喋ることは許さないとばかりに、ロジャーを睨み付けていた。
(陛下が熱望された?)
確か父からも『システィス国から熱望された』と聞いたが、理由に心当たりがなくアリスは不思議に思った。一方のロジャーは「はいはい」と笑う。
「では失礼します、アリス妃殿下。また」
ロジャーは片手を上げてウインクすると、颯爽と立ち去る。その後ろ姿を見送り、ウィルフリッドははあっと息を吐いた。
「ロジャーはポーター侯爵家の嫡男で、俺の側近をしているんだ。幼いときからの友人だ」
「それで。どうりで仲がよさそうだと思いました」
アリスはふふっと笑う。そのとき、ウィルフリッドが何かに気付いたような顔をして来賓のほうに声をかけた。
「叔父上、叔母上」
ウィルフリッドが片手をあげると、それに気付いた四十歳前後に見える夫婦が近づいてきた。




