第66話 送別会 (中編)
「あの、もうお別れなんて早すぎません⁉︎」
「本当に色々あったわよね~」
甘野にお礼を言われた後、その辺をぶらつきながらお皿の中にあるものを食べていると、恵美とみやびがこちらにやってきた。恵美に至っては目に涙を溜めている。
「そうだな。恵美さんにはおすすめの小説紹介してもらったり、武尊と仲良くなるきっかけをつくってもらったしな」
「いやいや、感謝したいのはこっちですよ。あの変にねじ曲がった子と仲良くしてもらって本当にありがとうございました。本当に最後まで迷惑かけて……」
「むしろこっちも楽しかったからありがとうだぞ」
恵美はそう言いながらちゅうじんに深く頭を下げた。多田は恵美と出会ってからもうかれこれ五年になるはずなのだが、ちゅうじんとの会話を聞いて俺よりも仲良くなってないか? と思い始める。
恵美との話が一区切りついたところで、ちゅうじんはみやびに向かってこう言った。
「みやびもベンジャミンのこと見てくれてありがとうな。本当に助かったぞ」
「良いのよ。私も見てて楽しかったし、うちの子たちも嬉しそうにしていたわ」
「それなら良かったぞ」
ちゅうじんが満面の笑みでそう返すと、みやびは何かを思い出したようで、ちゅうじんに向かって口を開いた。
「ところで、ベンジャミンはこれからどうするの?」
「えっと、多田の実家の方に預けることになったんだぞ」
「あら、そうなのね。それじゃあ会えるのも今日が最後なのかしら」
「そうなるな」
みやびはちゅうじんの話を聞くと、今のうちに撫でで置かなければと、ベンジャミンの方に走っていった。ベンジャミンは思いっきりわしゃわしゃと撫でられており、こちらに向かって助けてと視線を送ってくる。あの状態のみやびをどうにかすることなど、多田にはできないので、心の中でご愁傷様と謝っておく。
そうしていると、今度は大家がこちらにやってきた。
「やあ、楽しんでる?」
「はい、それはもう引くぐらいには。大家さんには何から何までしてもらって本当に助かりました」
「大家さんには色んな面で世話になったな。ありがとうな」
「良いよ良いよ。僕、よく海外に行ってるからもしかしたら会うかもだし、また会った時もよろしくね」
「勿論だぞ!」
大家さん、ちゅうじんと会うってなったら宇宙まで行かなきゃいけないんですよね。流石の大家さんでもそれは無理。
多田は内心で、そう思いながら会話を見守るが、次第に笑いが込み上げてきた。
「え、何笑ってるの?」
「い、いや何でもないです……ふふっ」
「本当? うーさんと離れるのが嫌だからっておかしくならないでよ?」
「え、そうなのか?」
「いや、確かに寂しいのは寂しいけど、それとは別ですね」
多田がそう応えると、何やら周囲が騒がしくなっていた。その方向を見てみると、企画課連中と亜莉朱が何やら燃えている。勿論、物理的にではない。皆、一様にバーベキューの網に乗っている三枚の肉を狙っているようだ。
「何してんだあいつら」
「どうやら盤上に残った肉を賭けてるらしいよ。いや~、面白いね。誘って正解だよ」
「ボクも混ぜろー!」
大家は彼らの様子を見ながら、微笑む。多田は呆れた表情をしながら、みんなのところに走っていくちゅうじんを追う。
ちゅうじんが加わったことで、更に肉を食べられる確率が下がった。一同は取りに行くタイミングを慎重に見計らっている。辺りが静かになる中、多田が何やってんだと声をかけようとした。その瞬間、一斉に肉を取りに行こうと箸を網の方へと持っていく。一歩出遅れた下条はゲットならず、亜莉朱と夜宵、王子が見事残った肉をゲットし、頬張っている。
「ああ、ボクのお肉が……」
「あと一歩だったのに……」
「そんなにへこまなくても良いだろ。それにほら、あっち見てみろよ」
しょげているちゅうじんと下条に対して、多田はもう一つの台の方を指差しながらそう伝える。ちゅうじんとジュリアがその方向を向くと、甘野が新しく牛肉のパックを開けているのが見えた。
「お肉ならまだまだありますから、そんな焦らなくても大丈夫ですよ~」
甘野がそう声をかけると、ゲットできなかった者たちが歓喜の声を上げた。
「ああ、女神さまだ」
「ありがとうございます……」
「大げさすぎません?」
皆が一斉に甘野の方に押しかけてきたと思ったら、甘野を讃えたり拝み始めた。突然のことに、彼女は表情を引き攣らせている。
何だこの茶番は……。
遠くからその様子を眺めていた多田も、同じく引き攣った表情を浮かべる。そうしていると、肉を食べることが出来たのか、下条とちゅうじんが上機嫌でこちらに戻ってきた。
「おー、良かったな。無事ゲットできたみたいで」
「やっぱり肉は最高だな!」
「そうですね!」
ちゅうじんが嬉しそうな表情を浮かべていると、下条が何やら改まった表情をした。ちゅうじんは雰囲気が変わったことを疑問に思いながらも、どうしたと声をかける。
「短い間でしたけど、うーさんにはお世話になりました」
「いや、世話になったのはどちらかというとこっちの方だ。駅で右往左往してた時に一緒に行こうって言ってくれて嬉しかったぞ!」
「あー、そうでしたね。今思えば、あの時遅刻して良かったかもしれないです」
「だからってこれからも遅刻して言い訳じゃないからな」
多田がそう釘を刺すようにして言うと、下条は分かってますと返事をする。
本当かよ……。それじゃあ、あれ以来遅刻の回数増えてるのは何でだろうな。
内心で下条の遅刻の頻度を思い返していると、後ろからジュリアと王子がやってきた。
「あ、ジュリアに王子」
「お久しぶりです! って言っても今日で最後なんですよね……」
「そうだな。ジュリアにはバレーの時お世話になったな」
「えへへ。うーさんのサーブ見たときはびっくりしましたよ。またいつかやりましょうね!」
「おう!」
ジュリアは名残惜しそうな表情をしながらも、笑顔でそう言った。
旅行中二人は、アニメやSFの話で盛り上がっていた記憶があるんだが。あいつ自分が宇宙人ってことバラしてないよな……。
多田が当時のことを思い出しながらヒヤヒヤしていると、向かいに居た王子がちゅうじんの肩に腕を回しながら話し始めた。
「うーさんとの同盟組むのも今日で最後か」
「あはは……。卓球の時は色々教えてくれてありがとうな」
同盟ってそんなもんいつの間に組んでたんだよ。
多田が呆れていると、聞き捨てならない言葉が王子の口から出てきた。
「いやいや、こっちは多田君の情報を貰ってるから。お安い御用だよ。あー、でも一つ言うなら多田を卓球でぶちのめしたかったな~」
「え、俺の情報って何? てか、ぶちのめすとか口悪いなおい」
「まあ、口が悪くなるのは多田君と気に食わない奴らに対してのみだから」
「それもどうなんだよ……」
てか、最近やけに王子が脅かしてくるのってちゅうじんのせい?
会社で書類作成をしているときや会議の時など、よく背後から脅かしてきたりすることが多くなったのだ。多田はそう考えると、ちゅうじんの方をじっと伺う。
「……どうしたんだ?」
「いや、何でも」
「それじゃあ私はこれで!」
「お邪魔しましたー」
ジュリアと王子はそう言うと別の場所へと移動する。その間際、多田の背中に軽い衝撃が走ったので、手で触ってみると、何かが貼りつけられていた。剥がして見てみると、それは『自分はお化けが怖いです』と書かれた紙だった。
「何だこれ。おい、王子何とか言いやがれ」
「ええ~? 事実なんだし別にいいじゃん」
「何も良くない。てか、最近やけに脅かしてくるのってうーたんから情報を聞き出したからか?」
「あら、バレちゃった」
王子が舌を出してそう言うと、多田が拳骨を頭に降らせた。その影響か、王子は舌を噛んで痛そうにしながら多田に文句を言い始める。
「そこまでしなくても良いでしょうが!」
「あ゛あ? そうさせたのは何処のどいつだよ」
多田と王子が言い合っていると、うるさいと夜宵が二人に拳骨を落としてきた。
「喧嘩なら他所でやれ」
「すいませんでした」
二人揃って夜宵に謝罪する。すると、夜宵が眉を下げながらちゅうじんの方を向いた。
「本当に最後まで騒がしい連中ですまんな」
「いや、大丈夫だぞ」
「うーさんともこれで最後か。社員旅行の時もみんなと仲良くしてくれてありがとうな」
「こっちも楽しかったから、全然良いんだぞ」
ちゅうじんの返事を聞いた夜宵は微笑むと、何やらポケットから取り出すとちゅうじんに渡した。見てみると綺麗に包装された小袋だ。
「これは?」
「うちの神社のお守りだ。健康祈願と厄除けの効果がある」
「おお~! わざわざありがとうな!」
「大切に使えよ。落としたりしたら承知しないからな」
「勿論だぞ!」
夜宵はちゅうじんにそう言うと、去っていった。ちゅうじんはそれを見送ると、多田の方に向き直る。すると、多田の頭にたんこぶができているのを発見した。
「だ、大丈夫か?」
「一応な。あの人容赦ないからな……」
多田は夜宵の方をチラリと見ながら、困ったような表情を浮かべる。それを聞いたちゅうじんは多田に聞こえない程度の声量で、今回に限っては自業自得だと呟くのだった。




