第53話 ついに正体がバレる!? (前編)
祥子に夕食を作らせることを防いでから一夜空け、今は朝の九時。多田は昨日に引き続き部屋に篭って資料の確認作業を進めていた。亜莉朱も昨日徹夜したおかげか、無事にイラストの表紙が完成したようで、彼女はそのまま寝ることなく、ちゅうじんの切ったチケットを一緒に持ち、フラフラとした足取りで学校へと向かった。
そうしてちゅうじんは、というと――
「暇だ……。やることない……」
客人用の部屋で、虚無と化していた。多田と亜莉朱はそれぞれ仕事と学校で忙しいため、当然構ってはもらえない。祥子も午前中は買い物に行かなければいけないので、不在だ。加えて、昨日持ってきたゲーム機も充電器を忘れてしまい、その本体の充電もゼロパーセントなため、ゲームをしようにもできないのである。
こんなことなら祥子の買い物に付き添った方が良かったかもな……。
ちゅうじんは内心後悔しながら、ぼーっと壁の一角を見つめる。
「あ、そうだ。ベンジャミンがいたや」
ついさっきまでその存在を忘れ去られていたベンジャミンは、この部屋の隅の方で眠っている。しかし、昨日は徹夜でちゅうじんとゲームをしていたため、起こすのも申し訳ない。でも、このままボーッと過ごすのも気に食わない。
どうしようかと迷った挙句、ちゅうじんは取り敢えずこの場から離れようと、下の階へと続く階段を降りた。
「と言っても誰もいないんだよな……」
ちゅうじんは試しにリビングへと向かう。けど、人は当然いないし、テレビもこれと言って面白いものもない。
これはいよいよ暇人になりそうだな……。
ちゅうじんはソファに腰掛けながらため息をつく。すると、リビングの扉が開いた。突然鳴った音に肩が跳ねるも、音の方向に目線をやるちゅうじん。
「よお、退屈そうな顔してるな」
「あ、一郎。することがなくて、暇だぞ」
「なら、観光でもどうだ? 今なら市内を案内してやれるが」
「おお! 行きたい!」
一郎に提案されたちゅうじんは、前のめりになりながら返事をする。前回の葵祭に行った際、あまり市内観光が出来ていなかったので、この機会に観光できる、しかも地元民のガイド付きとなっては行くしかない。
「なら決まりだな。早く準備して来い」
「分かったぞ!」
一郎にそう言われたちゅうじんは、すぐさま階段を駆け上がり来客用の部屋へと向かう。ちゅうじんが少々乱暴に扉を開けると、隅っこの方で寝ていたベンジャミンの片耳がピクっと上がる。
「……ばふ?」
「あ、ごめん起こしたな」
急いで出かける準備をしていたちゅうじんは、起き上がったベンジャミンに気づくと、軽く謝罪した。
あ、そうだ。どうせなら、散歩がてらベンジャミンも連れて行くか。
ちゅうじんは眠たそうな表情をしているベンジャミンを見て、そう思いつく。
「これから、一郎と市内を回るんだけどベンジャミンもどうだ?」
「ばふばふ!」
ちゅうじんが言うと、ベンジャミンは食い気味に吠えた。これは行きたいということで間違いないだろう。ベンジャミンの同行が決まったので、ちゅうじんは手早く自分の準備を済ませると、ベンジャミンをキャリーケースの中に入れる。
ベンジャミンが入ったことを確認すると、キャリーケースとボディバックを持って多田の部屋へと向かうちゅうじん。多田の部屋の扉をそーっと開けると、何やら忙しそうにパソコンに打ち込んでいる多田の姿が見えた。
「あの、忙しいところ悪いんだけど、今から出かけることになったから留守番よろしくな」
「どこ行くんだ?」
「市内観光だぞ。一郎のガイド付きだ」
「あー、なるほどな。まあ気をつけて行けよ。今の時期、紅葉で観光客多いから」
「? 分かったぞ」
恐る恐るちゅうじんが声をかけてみると、椅子に座りながら黙々と仕事をしている多田に忠告された。ちゅうじんは不思議に思いながらも頷くと、一郎が待っているであろう玄関へと足を進める。
「待たせたな」
「なんだ? 今回はベンジャミンも一緒か」
「昨日は散歩できてなかったしな。今日こそは歩かせてやらないと」
「へえ。ベンジャミンは良い飼い主を持ったな〜」
「ばふ!」
キャリーケースの中で嬉しそうに吠えるベンジャミン。ちゅうじんは、そんなベンジャミンの入ったキャリーケースを落とさないように持ち直すと、一郎に出発しようと声をかけた。
「時間は有限だからな。のんびりするのも良いが、それで観光する時間がなくなったら元も子もない。行くとするか」
「おう!」
「ばふ!」
元気よく返事をしたちゅうじんたちは、始めの目的地である清水寺に向かうために、バス停へと向かうのだった。
◇◆◇◆
バスに乗車して三十分。バスはあっという間に市街地から清水寺へと続く山道を走っていた。バスの窓から周囲を見渡しても、木しか見えない。清水寺は音羽山という山の中にあるので、そうなるのは当然だろう。しばらく一面緑の景色を堪能していると、バスが停車した。
「ここだな。降りるぞ」
「了解だぞ」
一郎に声をかけられたちゅうじんは席から立つと、ICカードを精算機にかざした。一郎がどうせなら持っておいた方がいいからと、余り物のカードをくれたのだ。ちゅうじんはピッ! と精算される音におお〜、と声を上げると、バスを降りて一郎の後をついていく。
「結構な傾斜だな」
「まあ、山だから仕方ない。もう少し歩いたら仁王門だから頑張れよ」
「はーい! ……仁王門って?」
初めて聞く単語に首を傾げるちゅうじん。すると、一郎が軽く説明を入れる。
「仁王門ってのは、仁王像っていう像が左右に設置されてる門でな。かなり迫力があるから、通る際に見てみると良い」
「分かったぞ!」
仁王門についての説明を受けたちゅうじんは、どんな像なのか想像しながら山道を歩いていく。九百メートルほど歩くと、先ほど一郎が言っていた仁王門が見えてきた。仁王門は朱を基調としており、山の中に佇んでいるので、尚更映えるようになっている。ちゅうじんはポケットからスマホを取り出すと、写真を撮った。
「綺麗だな〜」
「そうだろそうだろ〜。と言っても、俺も来るのは二回目なんだけどな」
地元民ほどこういう観光地には行かないもんだ、と一郎は続けて言う。ちゅうじんはそういうものなのかと頷くと、階段を上り始めた。門の手前まで来ると、二体の金剛力士像が出迎えてくれる。初めて生で見るちゅうじんは目を輝かせながら、一郎の言うとおり迫力があるなと感じた。
「さっさと見て回るぞ〜」
「あ、うん」
ちゅうじんがボーッと金剛力士像を見ていると、一郎が早く中に入ろうと言いたげに口を開いた。ちゅうじんはそれに気づくと、仁王門を潜って中に入る。ちゅうじんと一郎は三重塔や鐘楼などを軽く見てから、清水の舞台へと続く道を進んでいく。
「結構人が並んでるな」
ちゅうじんの目の前にはツアー客らしき外国人が沢山並んでいた。舞台まで行くには三百円の拝観料が必要になるため、それを払うための行列だろう。ちゅうじんが外国人って身長高いな〜と呑気なことを考えていると、一郎が微妙そうな顔をしてこう言った。
「平日でもやっぱり多いよなここは。まあ、仕方ないか」
「でもお金払うだけだし、そんなに待たなくても良いんじゃないか?」
「それはそうなんだけどな」
そのような会話をしていると、ちゅうじんたちの番が来た。スムーズに入れるように事前に準備しておいたお金を払うと、代わりにスタッフの人からパンフレットを渡される。ちゅうじんと一郎はそれを手にしながら、清水の舞台のある方へと向かった。
「おお〜! すごい綺麗だぞ」
「今は紅葉の時期だから尚更、綺麗だな」
舞台に着くと、紅葉や銀杏といった木々と共に京都市内の景色が一望できた。ちゅうじんはさっそくこの景色を写真に収めようとスマホを取り出す。カメラアプリを開けると、ピントを合わせて写真を撮る。綺麗に撮れたちゅうじんは満足そうな表情を浮かべると、再び目の前に広がる景色を堪能し始めた。
「どうだ? 清水の舞台は」
「やっぱり高いところにあるから、市内の景色が見れて良いな。木も赤く色づいてるから尚更綺麗だぞ」
「そういえば、夜になるとライトアップされるらしいな」
「え、そうなのか?」
「ほらこれ」
一郎は、先ほど渡されたパンフレットにある写真をちゅうじんに見せる。夜になると、舞台の下の方からライトが照らされて、お昼時よりもさらに豪華になるようで、それを見たちゅうじんは思わず感嘆の声を上げる。
「機会があれば夜も行ってみたいな」
「けど、夜となるとバスの本数も少なくなるからな。一人では行かないほうが良いだろう」
「そうだな」
ちゅうじんと一郎はある程度景色を堪能すると、次の目的地である祇園に向かうためにバス停へと戻るのだった。




